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ブログ(アパログ2019年09月04日付)
『10月への怖い予兆』
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 「しまむら」の8月(20日締め)既存店売上が前年比0.6%増と16ヶ月ぶりに浮上したが、客数は3.8%減と下げ止まっておらず、客単価の5.4%増が押し上げた。3〜8月(上半期)通算でも客単価が1.2%増加した一方で客数が6.1%減っており、売上は6.0%減っている。
 17年秋期以降の販売不振から抜け出せない「しまむら」は低価格品の投入を抑制しセールも後倒しするなど販売単価の上昇を図っており、それが客単価増と客数減を招いているが、客単価増が客数減を補って既存店売上が増加するという目論見通りには進んでいない。過去27ヶ月の客単価と客数、既存店売上前年比の関係を振り返ってみても、客数増が客単価減を補って既存店前年比がプラスになった月は3回あるが、客単価増が客数減を補ってプラスになった月は一回もない。
 客数が減っても単価を上げたいという政策の根拠は一体どこにあるのだろうか。景気が急速に冷え込む中、売り手都合の単価アップを目論むなど狂気の沙汰で、決して生計が楽ではない「しまむら」顧客の懐を考えれば無謀に過ぎる。
 家計調査の衣料品購入単価は16年の1.1%減から17年は2.5%減、18年は2.9%減と三年連続して低下し、19年上半期も2.7%減と下落を続けている。その一方で上場アパレルチェーン平均の客単価はほとんど横ばいを続けており、家計の衣料品購入単価との乖離は18年で3.3ポイントまで広がり、19年上期も2.5ポイント開いている。こんな状況で10月に消費税が増税されれば乖離は4.5ポイントに広がり、消費は一気に冷え込んでしまう。
 20日締めで0.6%増と例外的に低い「しまむら」や自社ECのシステムダウンが響いたアダストリアはともかく、8月のアパレルチェーン売上は54.7%増というワークマンを筆頭に軒並み好調だったが、冷夏だった7月の反動と10月の消費増税を控えた駆け込み需要が乗ったためで、状況を楽観すべきではない。
 価格政策と在庫政策をテクニカルに組み合わせると客単価増が客数減を補って既存店売上が増加し、値引きロスも抑制されて収益も上向く、というロジックは短期的には成り立たないでもないが、2シーズンも続ければ顧客離れが重なって分母が萎縮してしまい、何をやっても縮小均衡のスパイラルを抜け出せなくなる。顧客離れによる事業の衰退は致命的で、こんなことを目論むのは現場と顧客から乖離したスマートなエリート経営層に違いない。
 顧客や現場から乖離するといずれ墓穴を掘るのは小売業の宿命で、「しまむら」に限らない。家計の衣料品購入単価とアパレルチェーンの客単価の乖離という「怖い予兆」を甘くみない方が良い。10月に何が起きるか、考えただけでも身震いがする。

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