小島健輔の最新論文

商業界オンライン 小島健輔が喝破
『小売業失速の構図』(2019年11月13日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 10月23日の本サイトで『組織は自重で壊死していく』と喝破したが、かつては勝ち組とされた有力小売業の失速や低迷が相次いでいる。マーケットや競争環境の変化もともかく、企業側の経営論理が顧客や現場と乖離していったことが根本的な要因ではないのか。以下、事例を挙げて論証しよう。

顧客も自分も見えなくなったしまむら

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 以前にも指摘したが、しまむらは経営効率の改善を図る施策がことごとく顧客とすれ違い、ズルズルと業績を悪化させてきた。わずかな客単価アップや効率化と引き換えに失った顧客の重みは計り知れない。

 利幅と単品量販を狙ったPB拡大はバラエティを損ない宝探しの楽しみも奪って顧客を失望させ、執拗な単価アップ政策は決して裕福とはいえない顧客の離反を招いた。生活と生計に追われるしまむらの顧客が求めているのは『生活に必要な衣料品を、絶対的な低価格で、気楽に立ち寄れる近所で、ストレスなく購入すること』であり、企業都合で効率的に絞り込んだ品揃えやPBを押し付けられることでも、夢のない売場で店を煩わせることなく粛々と買物を済ませることでもない。

『落とす金は少なくとも、来店してくれる顧客にストレスなく買物を楽しんでもらいたい』という“ホスピタリティ”をしまむらの店舗に見いだすのは難しい。レジ前の集中フィッティングの前に小さなソファーさえ置かず、試着姿へのハイライト照明も省く顧客への距離感は理解を超えている。

「絶対的な低価格」と言ったのは、しまむらの顧客にとってストレスなく支払える値札は「ジーユー」や「ハニーズ」「ベルーナ」の下を潜る“チーププライス”だからだ。それら計画生産のSPAでは難しい“チーププライス”も流通在庫のオフプライス販売なら容易に実現できる。昔日のしまむらには、単品なら三桁価格からバラエティに富んだ流通在庫があふれていた。しまむらの本質的な魅力は絶対低価格の「プライスラインOPS」※1だったのではないか。

 後手に回ったECは的外れなZOZO出店と1年足らずでの撤退という“お勉強”を経て、お取り寄せアプリ「しまコレ」によるC&Cというあるべき方向に舵を切ったが、一部の自社商品を店舗に取り寄せて渡すにとどまり、店在庫を引き当てるわけでも店から近隣配達するわけでもない。しまむらはSPAでなく生活立地の購買利便プラットフォーマーなのだから、『ラストワンマイルの顧客利便』という最大の強みを生かして他社EC品も試して受け取れるウェブルーミングサービス(TBPP)※2というオープンC&C※3に活路を見いだすべきではないか。それはZOZO出店以前から私がしまむらに提じてきたものだ。

 顧客の生活実態にも寄り添えないしまむらは自社の本当の強みも見えていない。庶民の生活圏に有能な主婦パートがそろい、レジカウンター周りに余裕のある2155もの大きな店舗を持ち、自社ルート便でデイサイクルに物流するリアルな流通プラットフォームがどれほど代え難い価値があるものか、見えていないのはしまむらの経営陣だけで、アマゾンや楽天が一番買収したい小売りチェーンであることは疑う余地もない。

※1 プライスラインOPSとは、著名ブランド品の“オフ率”を訴求する広域立地の「ブランドディスカウントOPS」の対極にある、無名ブランド品の絶対低価格を訴求する生活圏立地のOPS業態。

※2 TBPPとは、ネットで注文したり取り寄せてお試しやお直し、決済や返品が手軽にできるフィッティングサロン。

※3 C&C(クリック&コレクト)とは、EC注文品を店舗や受け取り所で渡したり、注文者に近い店舗の在庫を引き当てて店から出荷したり自社で近隣配達する方式で、店舗まで大量一括のB2B物流で運び、店舗からは低コストのローカル運送業者や個人事業者を使えば宅配費用を大幅に圧縮できる。

顧客とも出店者ともすれ違い自分を見失ったZOZO

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 私の再三の指摘通りの結末となったZOZOにしても、顧客が何を評価し何を求めているか見えないまま創業経営者が暴走した挙句、ヤフー(Zホールディングス)の傘下に落ちた。

 ZOZOに限らず、元よりECの魅力はフロントの使い勝手と受け取り利便にあり、宅配料金の大幅値上げによってコスト倒れに陥ったフルフィル(倉庫運用・出荷業務)は足を引っ張るだけだ。にもかかわらず、在庫を預かる「フルフィル方式」に固執して過大な倉庫投資を続け、増収を図って低価格ブランドを広げ、宅配料金値上げを顧客の送料負担に転嫁したのは致命的な過ちだった。

 ZOZOの顧客が求めていたのは「かっこよくて使い勝手の良いフロント」「タダで速く届く宅配」であり、低価格ブランドやアウトレット品が増えてかっこ悪くなり、一律に送料を徴収されるようになったのはドン引きだったに違いない。振り返ってみれば、前澤氏が『ただで商品が届くと思うんじゃねぇよ』と言い捨てた2012年10月20日20時56分でZOZOは顧客とすれ違い始めたのだろう。

 ヤフー傘下になってPayPayモールに出店するようになれば顧客層は広がるだろうが、その分、イメージは拡散し、人気の原点となった「かっこよさ」は色褪せていかざるを得ないだろう。

 ZOZOは有力出店ブランドともすれ違っていった。売れ筋を確保すべく在庫を預かる「フルフィル方式」に固執しては、店舗とECを一元化してC&Cを進めたい有力出店者とは相容れなくなっていく。出店者にしては在庫を人質に取られているようなもので、ZOZOに預けた在庫はC&Cに引き当てようがない。ZOZO離れの本質的な背景は「フルフィル方式」への固執にあったわけだから、そのサービスに特化したFBZ(FulfIll By ZOZO)に偏れば、コスト割れになるばかりか有力出店者を離反させてしまう。

 前澤氏が去ってヤフー(Zホールディングス)傘下となっても、顧客や出店者とのすれ違いを抜本から解消しない限り、ZOZOに昔日の勢いが戻ることはないだろう。澤田宏太郎新社長がそのことを肝に銘じ、ヤフーの経営陣を説得できなければZOZOは競争に埋没してしまう。PayPay普及キャンペーンに百億円単位のキャッシュを突っ込むヤフーだから、ZOZOTOWNの送料無料化ぐらいは聞き入れてくれるのではないか。アスクルのような支配権の強行とならぬよう、ヤフー経営陣の慧眼と度量に期待したい。

時代錯誤のこだわりで顧客の離反が止まらないライトオン 

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 06年までのブームから一転してジーンズマーケットの縮小が続く中、「ジーンズの量販店」を脱して「ジーンズのセレクトショップ」を標榜し、『NBジーンズとアメカジに原点回帰する』という路線をひた走るライトオンだが、客数減少が止まらず業績は刻々と悪化している。

 19年8月期も売上高が前期から3.7%減少(計画比92.5%)、粗利益も4.9%減少したのに対して販管費は4.3%増加し、営業利益は前期の12億円の黒字から21億7500万円の赤字に再転落している(17年8月期も28億4900万円の赤字)。期末在庫は前期比82.7%と圧縮が進んだが品揃えの間口も狭まり、既存店の客単価は101.3%とプラスでも客数は96.3%と減少が止まらず、売上高も97.6%と落ち止まっていない。

 通期の既存店客数は96.3%と前期の91.1%から改善されたように見えるが、セールの1、2月を除けばマイナスが続いており、今期に入って9月は68.1%、10月も67.0%と一段と客離れが進んで売上高も78.6%、82.7%と落ち込みを深めている。

 前期決算を受けての今期方針でも「NBジーンズとアメカジのセレクトショップ」という路線は変わらず、「価値訴求・プロパー販売」「在庫・アイテムの絞り込み」を挙げているが、それでは顧客の離反が加速するだけだ。「高品質・高コスパ」「高回転・高粗利」など両立しえないスローガンもともかく、企業としての経営効率追求ばかりで顧客にとっての魅力が考慮されていないし、ベンダーのサプライ体制にも粗利ミックスにも踏み込んでいない。これでは顧客離れが止まらず、業績の回復も到底見込めない。

 業績を回復させるには、まず「NBジーンズとアメカジ」という時代錯誤な思い込みをやめ、今風のアスレカジュアルも加えて顧客の間口を広げ、NBベンダーの企画・生産プロセスまで踏み込んで鮮度とお値打ちと補給力を高め(VMI)、調達手法による粗利ミックスで稼げば収益もついてくる。なのに顧客利益に逆行するような経営効率優先の施策ばかりで、NB依存かSPAかというマーチャンダイジング手法も旧弊を出ず、業績を改善する経営能力は期待できそうもない。

 ジーニングからアスレジャーにカジュアルの主流が移ってジーンズ需要の過半がトラックパンツやジャージパンツ、Gジャンやスタジャンがマウンテンパーカやトラックジャケットに転じ、NBの価格帯とシーズンサイクルが需要と乖離しているという現実に目を背け、「NBジーンズとアメカジのセレクトショップ」という思い込みと旧態なマーチャンダイジング手法にしがみつくライトオンが顧客に見捨てられるのもやむを得まい。顧客も取引先も見えなくなったら商売人は終わりなのだ。

経営陣は泳いではいけない

 勝ち組から一転して失速、あるいは頂点からズルズルと落ち込んでいく有力企業に共通しているのは、経営陣が時流や経営理論に泳いでリアルな現場観や顧客観を失ったことに尽きる。「泳いで」というのは地に足がついていない状態を揶揄したものであることは言うまでもない。経営は走っても歩いても良いが、止まっても泳いでもいけない。

「泳ぐ」という経営感覚は優先すべき順序もわきまえず、その時々の業界の「かっこいい」時流に飛びついたり、スマートな経営理論に遊んだり、親会社や株主の受けを狙ったり、目先の経営効率にとらわれ、顧客を裏切り現場を犠牲にする浮ついたものだが、今や大手企業では主流となった感がある。ネットワーク・エンジニアリングのリテラシーも怪しいのにデジタル・トランスフォーメーションを誇らかにうたいあげる経営者など、見るからに目が泳いでいるではないか。だから7payの挫折や公式サイトの長期停止などシステム・クライシスが頻発するのだ。

 親会社や投資家、興味本位なマスメディアの価値観に媚びて企業統治の本質を見失い、顧客や現場と乖離していけば、ある日突然にトラップに落ちるか、ズルズルと滑り落ちていく。経営陣はいかなるときも決して泳いではいけない。

 企画書づくりが上手で会議をスマートにリードする「キャリア」が現場で叩き上げてきた「ノンキャリア」を抑えて経営を主導するようになったら、現場を回らないで数字で判断し人事で組織を操るエリートが経営を主導するようになったら、現場は意欲とスキルを失って組織のケイパビリティが崩れ、顧客は裏切られたと感じて離れていく。あまりに当然の理なのだが、顧客に向かい合うべき小売業とて組織が巨大化すれば必ずといってよいほど陥る病弊だ。

  ちなみに「ケイパビリティ」(capability)とは「organizational capabilities」の略で、組織の全体的遂行能力をいう。経営陣の理解や認識を意味する「リテラシー」よりもっと現場スキル寄りの概念で、「組織総体でやり切る力量」「現場の底力」と捉えられる。経営陣がミスを犯しても現場がカバーしてダメージを最小限に抑える、あるいは経営陣の戦略を最大限に発揮させる「企業の足腰」だ。

 経営が顧客と現場から乖離して泳ぎ出さないよう、企業統治が組織擁護の盾に変じて顧客と現場を裏切らぬよう、現場のケイパビリティを損なわぬよう、日々戒める必要がある。

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