小島健輔の最新論文

現代ビジネスオンライン
『社会貢献か、便乗商法か…? 大流行中「ファッションマスク」の功と罪』
(2020年05月22日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

著名なラグジュアリーブランドから無名の縫製工場までファッション業界のマスク生産が広がっているが、医療関係者への無償提供からそれなりのプライスを付けた“ファッションマスク”のビジネスまで様々で、医療従事者の支援や感染防止という本来の目的から外れたものも見受けられる。

マスク不足もピークを過ぎようとする今、冷静に見直してみる必要があるのではないか。

ノブレス・オブリジュな社会貢献

コロナ・パンデミックに一早く向き合って、医療用の防護マスクや防護ガウン、消毒用アルコールジェルなどの生産に踏み出したのはラグジュアリービジネスだった。

ディオールやジパンシーのLVMHパヒューム&コスメティクスがアルコールジェルの生産で先鞭をつけ、同グループのルイ・ヴィトンは自社アトリエで医療用の防護マスクとガウンを、ディオールはベビー・ディオールのアトリエで防護マスクの生産を始めた。

ブルガリはハンドサニタイザーを、プラダは医療用防護服とマスクを、ケリングのサンローランやグッチも防護マスクや医療用防護服の生産を開始。シャネルも自社の職人たちを組織して防護マスクと防護服の生産を始めている。

これらはファッションデザインを訴求するものではなく医療用の品質基準に従った機能的なもので、市販商品にありがちなブランドのロゴなども入っておらず、すべて医療機関などに無償で寄付される。

ロックダウン休業の苦境にあっても機に乗じて商売にすることなく、ノブレス・オブリジュに徹しているのはブランド帝国のプライドなのだろう。

それに対して、我が国のファッションマスクは一部には苦し紛れの時流便乗が疑われるものもあり、機能性でも課題が指摘される。

ファッションマスクの「脆い防染機能」

不良品が続出して国民への給付が遅れたアベノマスクは「気休めだけの代物」との批判を浴びているが、ファッション業界が我先に売り出している“ファッションマスク”もデザイン先行で肝心の防染機能が心許ないという指摘がある。

一部には抗ウイルス加工を施したり高機能フィルターを内蔵するものもあるが、“ファッションマスク”の多くはアベノマスクと同様なマスクであり、防塵マスクとしての性能は高くないからだ。

マスクの防塵性能は米国規格/欧州規格/日本規格とそれぞれだが、3ミクロン防護のBFE規格/DS1規格のサージカルマスクは装着者からの飛沫拡散防止が主な役割で、エアロゾル化したウイルスから装着者を守るには0.1ミクロン防護のPFE規格/DS2規格の性能が必要だ。医療従事者用の米国規格N95マスクや中国規格KN95マスクなどが後者に相当する。

ドラッグストアなどで売られている三重構造の不織布サージカルマスクのほとんどは3ミクロン防護のBFE規格/DS1規格で、マスク不足に乗じて粗製乱造された中国製の“ナゾノマスク”など、その規格も満たしていないと疑われる。

残念ながら、ガーゼやジャージ、織物の布マスクの防護性能はBFE規格/DS1規格にも届かず、装着者からの飛沫拡散防止とて必ずしも十分とはいえない。ましてやコロナウイルスのエアロゾルを防ぐ性能など期待すべくもない。

アベノマスク同様、気休めでしかないと言ったら叱られるだろうか。ファッション性を主張するならバンダナやアフガンストールを巻いても良いわけで、それと五十歩百歩というファッションマスクが少なくない

マスクは健康を守る衛生商品であり、コロナ・パンデミック下においては命を左右するかもしれず、ファッション性以前に最低限の防塵性能が担保されるべきではないか。ディオールやシャネルのシンプルなマスクが却ってエレガントに見えるのは邪心のない機能美の輝きなのだろう。

「便乗商法」は早々に行き詰まる

ラグジュアリービジネスの医療用マスクや防護服のほとんどが自社工場生産で、医療関係者などに無償で提供されるのに対し、我が国ファッション業界のサージカルマスクやファッションマスクはマスク不足の解消や原価での提供を謳うばかりで無償提供は例外的だ。

繰り返し使うファッションマスクは肌シャツより高価でTシャツ並みのプライスを付けたものもあり、ウイルス防御よりファッション性を訴求しているように見える。

デザインもディオールやシャネルのようにシンプルではなく、プレッピーだったりカジュアルだったりはともかく、レースをあしらったランジェリーメーカーのマスクは女性であっても公衆の面前では装着が憚られる。もちろんデザインの力でマスク装着を奨励したいしたいという想いもあるだろうが、ファッション業界の方々の『ファッションセンスを教えてあげる』感覚は時として一般消費者の感覚とはすれ違うようだ。

マスク不足の解消や原価提供を謳ったファッション業界のサージカルマスクは、中国製品の供給急回復や異分野大手企業の本格的製造進出などで近々に供給過剰に転じ、ナゾノマスク同様、値崩れして収益性も存在意義も失うだろう。

供給が潤沢になって価格が下がれば防染力の高い高品質マスクに需要が移り、機能が不十分で高価な布マスクは洗濯して繰り返し使用する煩わしさも疎まれ、いつの間にかマーケットから消えていくのではないか。

時流便乗という一面もあり、アイリスオーヤマやシャープなどのように事業の一角に育てるという長期展望があるわけでもないから、ファッション業界のマスクは需要の引き潮とともに泡と消えていくに違いない。“ファッション”とは所詮、そんなものなのだろう。

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