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商業界オンライン 小島健輔からの直言
『伊勢丹メンズと阪急メンズ東京に何を見るか』 (2019年03月20日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

img_0dd2ee04efd120e2251d983ccd925c47644246写真は阪急メンズ東京 6F「クリエイターズ」

     

 阪急メンズ東京が3月15日、新宿伊勢丹メンズ館は翌16日と、東京を代表する百貨店のメンズ館が相次いでリニューアルした。阪急メンズ東京は11年10月の開業以来、新宿伊勢丹メンズ館は03年9月の開業以来の大規模リニューアルとなるが、なぜ今、百貨店メンズ館のリニューアルが相次ぐのだろうか。

阪急メンズ東京は『クリエイターの冒険基地』へ

 03年の開業時には『世界が舞台の、男たちへ』をテーマにジェットセッターなビジネスマンをターゲットとした阪急メンズ東京。今回のリニューアルでは『クリエイティブコンシャスな男たちの冒険基地』をテーマにIT関連などスマートクリエイティブ層、自営業など成功ライフスタイリスト層、スペシャリストなど個性クリエイティブ層にターゲットを転じた。その分、ビジネスクロージングの売場が圧縮され、ストリートブランドやヴィンテージアイテム、靴を中核とした服飾雑貨が拡充され、レコードやインテリア、アートなど男たちの趣味の世界が展開されている。

 B1「トラベラー&アクセサリー」は従来と変わらないが、1F「デザイナー&コスメティクス」は化粧品が拡充され、ブランドショップもコムデギャルソンやルブタンなどクリエイターに入れ替わった。2F「デザイナー」は大枠は変わらないものの、クチュール系からクリエイター系に幾つかブランドが入れ替わった。3F「ラグジュアリーブティック」はほとんど変わっておらず、4F「オーセンティック」は旧5F「モダントラディショナルスタイル」から追いやられたクロージングブランドが詰め込まれて旧態臭がきつい。

img_ecfa8698c3ac297b0927c0d814a9363c6631951F「デザイナー&コスメ」のコスメの売場

 全くの新設となったのが5F「シューズ」でクリエイター系やストリート系もそろうが、堅苦しいオーセンティック系やクロージング系も少なからず並ぶのは違和感がある。6F「クリエイターズ」は「エーエイプ バイア ベイシングエイプ」などストリート系もちらほら導入されているがバラエティが限られ、大半は他フロアから移動したクリエイター系やコンテンポラリー系が占めてインパクトは限られる。

img_470636be5f8a8145a2a54cdd764ad2593884795F「シューズ」

 最も新鮮だったのが7F「ヴィンテージ&リバイバル」で、駅ビルまがいのキャラクターカジュアルが一掃されてヴィンテージカジュアルブランドやクロージング古着、LPレコードやミッドセンチュリー家具、レアものトイやアートギャラリーなど趣味的世界が広がる。百貨店メンズ館という枠からは逸脱しているが、『男たちの冒険基地』というコンセプトを最も体現している。

 5Fと7Fは全くの新設でリニューアルの目玉となっているが他フロアは大きくは変わらず、従来のビジネス客も捨てず新たなクリエイティブコンシャス客も取り込みたいという二正面作戦が奏功するかは予断を許さない。リニューアルによる売上げの積み増しは大きくないと思われる。

伊勢丹メンズは既定路線の『継承と進化』

 伊勢丹メンズのリニューアルは既定路線を一段と進化させるもので阪急メンズのような路線転換はなく、顧客向けの案内でも『継承と進化』とうたっている。これまでの「ラグジュアリー」「クリエイティブ」を深耕するとともに「パーソナライズ」「リアル」を加え、デジタル時代の消費スタイルにアップデートするものだ。

 B1では靴下が肌着側に移ってビジネスバッグが拡充され、ラゲッジコーナーでリモワとグローブトロッターのカスタマイズができるようになったぐらいで(靴のオーダーは18年9月から先行)、変化は限られる。1Fではコスメを移動・拡充してシンク付きのトライアルスペース加え、本館と同じようなラグジュアリーブランドのレザーグッズ編集平場を設け、シャツ売場にビスポーク専門店(ミナミシャツ)を導入。2F「メンズクリエーターズ」ではストリートブランドも導入し、一部ブランドを入れ替えている。3F「メンズデザイナーズ」にはセリーヌを導入、一部ブランドを入れ替えたにとどまる。

 大きく変わったのが4F「メンズラグジュアリー」で、エスカレーターサイドにクリスチャン・ルブタンやジミー・チュウなどモードシューズブランドをそろえ、オーセンティックなクロージングブランドやファクトリーブランドを5Fに移動するなどしてコンセプトを明確にしている。

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 5F「メンズテーラードクロージング」では4Fと6Fからクロージングブランドやファクトリーブランドを移動して集約、ビジネス系でまとめている。6F「メンズコンテンポラリー」でもビジネスブランドを5Fに、トラッドブランドを7Fに移動して圧縮、クリエイターやコンテンポラリーカジュアルを拡充している。7Fではスーパーメンズは変わらないがゴルフ関連を圧縮し、トラッドブランドを移動してまとめている。8Fでは1Fからフォーナインズを移動してアイウエアをまとめている。

 近年の変化に対応してブランドを移動しフロア編成を明確化しただけで大きく変えたという印象はなく、ブランドの入れ替えも10%ほどにとどまる。プロモーションスペースを1.5倍に広げて30カ所で展開、陳列面積を8%圧縮して25カ所のコミュニケーションスペースを設置、2FにはDJブースも設けるなど、実店舗ならではのリアル・コミュニケーションを強化したインパクトの方が大きい。変化でなく『継承と進化』を選んだのは、メンズ専門館として関東圏のみならず世界でも突出した圧倒的一番店という実績の重さがあるのだろう。変化のリスクは「10%」に抑えて着実な積み増しを狙ったという印象だ。

img_8de3572f1695c87eef8c42103f9550e49394812FにはDJブースを設けた

対極的な両館のリニューアル事情

 阪急メンズ東京が「変化」を、伊勢丹メンズが「継承と進化」を選択して両極のリニューアルとなった事情は両館の売上推移を見れば想像がつく。18年3月期で伊勢丹メンズが450億4000万円を売り上げたのに対し、阪急メンズ東京は143億7000万円と32%にとどまる。売場面積は伊勢丹メンズが1万平米、阪急メンズ東京が1万1000平米と似たようなものだから、販売効率は3倍強の大差がある。

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 伊勢丹メンズがピークの07年には476億円も売り上げ、バブル崩壊後の09年には390億円まで落としたものの、その後は着実に売上げを積み増して450億円強まで戻したのに対し、阪急メンズ東京は開業当初から低迷し、年間営業初年度の12年3月期の91億円から16年3月期の145億円強まで伸ばしたものの以降は頭打ちになっていた。有楽町マリオンの家賃負担は重く、11年10月に有楽町西武跡に出店したルミネ有楽町店の損益分岐点は180億円といわれながらフル稼働初年度は164億円にとどまって苦しいスタートとなったことと比較しても、阪急メンズ東京はリニューアル後の売上目標170億円を何が何でも達成する必要がある。

 伊勢丹メンズが実績を背景にリスクを避けて確実な売上げの積み増しを狙ったのに対し、阪急メンズ東京はリスク覚悟で突破口を切り開かざるを得なかったという対極の事情がうかがえる。リニューアルした両者の売場を一巡した印象は、伊勢丹メンズは手堅く目論見通りと見るが、阪急メンズ東京はマニアックにすぎる面とビジネス客も残したという二正面作戦が空振りそうな不安を否めなかった。

捨てたマーケットと広げたマーケット

 リニューアル事情は両極でも、両館の変化の方向はかなりの部分が共通している。それは従来の百貨店紳士服を支えてきたビジネス客向けクロージングブランドの圧縮、ラグジュアリー/デザイナーズ/クリエイターズの拡充、ストリートやヴィンテージの取り込みであり、狭間となったファクトリーブランドやコンテンポラリーブランドは集約され絞り込まれた感がある。

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 その背景は後述する3点だと思われるが、当社で作成した「メンズマーケットの構図」を見れば明らかなように、それは変化の片側しか捉えていない。アメカジ軸からスポーツ/アウトドア軸へアスレジャーシフトするカジュアルマーケットにも、エクストリームなスポーツミックスへシフトするストリートマーケットにもほとんど対応していない。それらはお手頃なSCや駅ビル/ファッションビルに任せ、コストがかさむ百貨店は高価格な分野だけ選択すればよいという売り手都合の論理が見え隠れする。それでも両館の東京地区百貨店紳士服・洋品売上げに占めるシェアは11年度の39.5%から18年度の45.9%へと着実に伸びてきたのだから、他百貨店紳士服の保守性は推して知るべしだろう。

 加えて、狭間に追いやられるファクトリーブランドやコンテンポラリーブランドのマーケットが縮小しているわけでもない。顧客は減っていないのに流通の仕組みや収益性といった業界事情で売場が次々と縮小されたり無くなっていけば顧客は“ブランド難民”となってさまよい、販路を失ったブランドはやがてマーケットから消えていく。フィッティングが難しいメンズウエア、とりわけファクトリーやコンテンポラリーのアウターやパンツは実地のフィッティングが不可欠で、EC頼みには限界があるからだ。

メンズマーケットの変貌を反映

 17年以降は減速しているものの12年から東京地区百貨店紳士服は景気の浮揚もあって回復基調にあった。90年代まで膨張を続けてきた婦人服が萎縮を続けたこともあって、婦人服・洋品売上げに対する紳士服・洋品売上げの比率は11年度の39.8%から17年は48.1%と8.3ポイントも押し戻している。全国百貨店売上げで見ても04年の30.0%という大底から18年には34.1%まで4.1ポイント押し戻しているが、東京地区紳士服の勢いは突出している。東京圏外や海外からのお客も取り込んだ両メンズ館の功績は小さくなかったということだろう。

 全国百貨店の紳士服・洋品と婦人服・洋品の売上前年比を比較しても、13年秋期から18年春期まで19シーズン連続して紳士服・洋品が優っていたし、当社で集計している全国主要100商業施設のブランド別売上前年比で見ても、メンズブランド平均は11年冬期以降の29シーズン中26シーズン、レディスブランド平均を上回っている。景気が減速してきた18年夏期以降は百貨店紳士服も減速しているが、百貨店より若向けなブランドが多い商業施設では18年冬期までメンズブランドが上回り続けている。

 メンズマーケットが復調している背景は、継続性が読めないインバンドを除けば以下の3点だと思われる。

1)世代交代による客層の変化

 働き蜂な団塊からポスト団塊世代がリタイアして中間世代や団塊ジュニア世代が大人マーケットの主力となるにつれ、ビジネスよりプライベート、服よりライフスタイルやカルチャーへと消費の軸が移り、スマホ世代が主流となったカジュアルマーケットはエクストリームやアスレジャーに流れている。ファッション消費に積極的な若い世代への交代が進む中、メンズブランドも世代交代を迫られているが、新世代ブランドが出そろうにつれ、販売も回復しているのではないか。

2)社会構造・家族構造の変化による男性像の変貌

 少子高齢化と未婚・離婚で「夫婦+子供」家族自体がマイナーとなり(20年推計で全世帯の26.1%)、女性の社会進出(18年で69.6%)が進んで家庭の男女分担も崩れる中、労働者としての男性像も崩れて多様化し、モードやアート、ストリートやカルチャーに遊ぶ(支出する)男性も珍しくなくなった。『働いて家族を養う』という男性像が一般的なものでなくなる日も遠くないのかもしれない。

3)開き過ぎた男女格差の是正

 04年には100対30まで開いた百貨店の婦人服・洋品売上げと紳士服・洋品売上げの格差も18年には100対34.1まで縮まったが、家計支出における比率は100対55とまだ乖離が大きく、百貨店紳士服・洋品が客層やライフスタイルの変化に対応していけば家計支出における比率に近づいていくと思われる。欧米に比べればわが国百貨店の男女格差は異例に大きく、社会変化に伴う男性像の変貌(女性像の変貌はさらに大きいが)とともに格差も縮まっていくはずだ。

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 2つのメンズ館のリニューアルはメンズマーケットの変貌のみならず、少子高齢化と核家族の崩壊、男女の家庭内・社会的分担の変化という社会状況を色濃く反映したものと見るべきだ。店舗販売からECへの急激なシフト、C&Cやニューリテールの広がり、中食やサプスクリプションの拡大も同じ背景から生じている。ならば、百貨店婦人服は紳士服以上に社会状況やライフスタイルと乖離しているのではないか。次は婦人服のリニューアルが急がれよう。

 

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