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商業界オンライン 小島健輔からの直言
『EC無防備のままで「百貨店の夏セール」は盛り上がるのか?』 (2018年06月25日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 2012年夏セール以来、三越伊勢丹の後倒しで混乱していた百貨店の夏セール時期がようやく統一される。日本百貨店協会とアパレル・ファッション産業協会が連携して6月末と7月末の2段階での実施になるそうだ。6月末からの第1回は春物や初夏物、7月末からの第2回は盛夏物の衣料品が中心になると解説されているが、これで“一件落着”となるのだろうか。

季節別2段階実施は消費者には分かりにくい

 バーゲンの多段階実施は昔からあるやり方で、消費者に分かりやすければ問題はないが、春物や初夏物と盛夏物という区分は「分かりやすい」といえるのだろうか。

 半世紀も前ならともかく、デザインも素材も多様になりレイヤードが定着した今日、業界人でも春物、初夏物、盛夏物を区分するのは容易ではないから、一般消費者がすんなり理解するのは難しいかもしれない。投入時期や販売期間から見た業界側の“在庫区分”であり、消費者も「鮮度感があるか否か」で直感的に判断することになる。

 バーゲンに限らず値引き販売は「需給ギャップを埋める在庫調整」だから、半世紀も前にはやった「自動割引」(週ごとに値引き率を加速するセール手法)も今日の52週在庫運用に基づく「キックオフ」⇒「期中値引き」⇒「期末一次値引き」⇒「期末二次値引き」も似たようなもので、消費者にも分かりやすい。人気品はセール前に欠品してしまうのも、不人気品は早くセールになり、売れ残ればさらに値引きされるのも、消費者は経験的に理解している。

 ならば1980年代のファッションビルで定着していたブランド人気(?)別多段階実施の方が消費者には分かりやすいのではないか。お手頃なSPAブランドやカジュアルブランドが口火を切り、次にNBやお手頃キャラクターブランドが続き、最後にテザイナー/クリエーターブランドやラグジュアリーブランドが参戦するという分け方で、春物や初夏物と盛夏物という区分より断然、分かりやすい。

ECセールやファミリーセール先行の中、本当に盛り上がる?

 百貨店とアパレル業界が『6月末と7月末から2段階でセールする』といっても、既に春物や初夏物の不振品はゴールデンウィークから値引きされ、5月末からはECでのセールやファミリーセールも氾濫しており、ラグジュアリーブランドとて6月上〜中旬からシークレットセールを始めている。

『春物や初夏物は6月末からセール』といってもマーケットでは既にセールは一巡しており、どこにそんな在庫が残っていたのかといぶかられる。まさか6月末からのセールにかけるために別途に残しておいたわけではあるまいとお思いだろうが、その“まさか”がまかり通るのが百貨店取引の世界だ。三越伊勢丹がセールを後倒ししていた前シーズンまで、アパレル業界は他百貨店でセールが始まる中、三越伊勢丹用のセール在庫を保管していたのは“神話”でなく“実話”だった。

『盛夏物だけは別で7月末からセールになります』といっても消費者は既にセール疲れしており、財布も空になりかけている時期だ。人気デザイナーブランドなら予算を残して待つ顧客もいるだろうが、ラグジュアリーブランドでは顧客向けシークレットセールが定着しているから、7月末まで待っては禄なものは残っていない。

 アパレル側とてそんな実態は百も承知だから、百貨店のセールなど待ってはいない。夏は5月末、冬は11月末からファミリーセールやECセールで在庫をさばくのが近年は定着している。6月をプロパー販売する盛夏物(実質は晩夏物)はともかく、早くは4月末、遅くも5月末から値崩れしている春物や初夏物を6月末からの百貨店セールのために売らないで確保しておくなど、もはや極めて例外的だ。ファミリーセールやECセールでの売れ残りが百貨店のセールに回るとしたら、盛り上がりを期待するのは難しいのではないか。

EC無防備では“一件落着”には遠い

 せっかく百貨店業界とアパレル業界が連携して曲がりなりにもセール時期を統一したのに、前述した理由で盛り上がりには不安が残る。有力アパレルは既に百貨店での販売を見限ってEC拡大に注力しており、ECでの売上拡大が明らかに百貨店売上げを食っているブランドも少なくない。このままECやEC軸のD2Cが拡大すれば百貨店の地盤沈下に加速度がつき、インバウンドで補っても底割れする事態が懸念される。

 セール時期を統一しても、ECセールやファミリーセールの先行を食い止めるわけでもセール在庫を優先確保できるわけでもなく、“建前”を大きく出るものではない。個店帳合いの消化仕入れに留まって在庫の運用も確保もままならない百貨店業界はECへの売上流出を食い止める有効策を何ら持たず、ECプラットフォーマーが仕掛ける経済圏侵略に対しても無防備なままだ。

 このままではアパレル業界との関係もますます“建前”になってセールも形骸化し、内外のECプラットフォーマーに顧客や経済圏を切り崩されて草刈り場になるのではと危惧される 

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