小島健輔の最新論文

販売革新2014年1月号掲載
特集「ネットとリアル 協業と軋轢」
『セブン&アイのニッセン買収に見るパラダイム変化』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

 

オムニチャネル戦略への陣営再編

 セブン&アイ・ホールディングスがカタログ通販首位企業ニッセンの株式50.1%を126億円で買収するというニュースは、直後に発表された同社によるバーニーズジャパンの株式49.99%取得というニュースと相まって業界の注目を集めたが、一連の買収劇はオムニチャネル戦略へのグループ陣営再編の一環に他ならない。
 流通グループのオムニチャネル戦略はグループの持てるコンテンツ(商品やサービス)と提供方法(オンラインストアや店舗)、情報網と物流網を駆使して顧客の利便(情報収集、発注、受け取り、返品など)を極大化し、売上の拡大と提供コストの圧縮を図るインテグレイテッドなシナジー戦略であり、競合グループより優位に立つべく、不足するコンテンツや機能を補完する陣営の再編が競われる。一連の買収劇はその一環と見るべきだが、ニッセンの買収はグループ陣営の何を補完すべく行われたのだろうか。
 新聞報道では買収のメリットとして1)カタログ製作技術、2)ネット販売システム、3)3200万人の顧客データ、4)傘下のシャディの店舗網、などが挙げられていたが、実情を知る者は首を傾げる。
 オムニチャネル時代の今日、長時間を要するカタログ製作はスピードを要するEコマースの足を引っ張るものでしかないし、インスタグラムやピンタレストなどを駆使して同時多重可変アクセスが競われるEコマースのVMDに較べれば実用性を失った化石でしかなく、技術的メリットは見出せない。
 ネット販売比率が60%に乗ったと言ってもカタログ通販企業のそれはカタログを見てのネット発注を含むため、正味のEコマース売上はその7〜8掛けと見なければならない。ちなみにカタログからのネット受注とEコマース売上を分けて公表している千趣会の12年12月期決算に拠れば、売上の55.8%を占めるネット受注の内、Eコマース売上は79%で、実質EC化率は43.9%に留まる。ネット通販を支えるフルフィルメントにしても、90年代に確立されたカタログ通販のアナログな装備とプロセスが今日のスピードに耐えるとも思えない。  ニッセンのオンラインストアを見てもカタログをオンライン化した印象を大きく出ず、リコメンド機能などは見られるものの、最新技術が駆使された先進Eコマースサイトと較べれば画面構成もページ階梯構成も凡庸だ。カタログ時代から在るコールセンター機能もウェブサイトと連動されておらず、チャット接客も行われていない。品揃えは衣料量販店的総花性が色濃くトレンド鮮度も開発のスピード感もないから、コンテンツも評価するに値しない。
 本音はグループが手薄な50〜70代ミセス/シニア層を含む3200万人の顧客データと‘ラスト・ワンマイル’を担えるシャディの店舗網(約3000店)の入手に在ったと推察されるが、赤字転落していたとは言え連結売上1766億円のカタログ通販首位企業の過半株式を126億円で入手出来たのは十分に合理的な買い物であった。
 ついでながら、バーニーズジャパンの株式取得については「バーニーズ・ニューヨーク」のブランド価値はもちろん、同社の取り扱う著名な欧米ブランドをグループの品揃えに取り込むインパクトは大きく、49.99%の株式を60億円という買い物は間違いなくお買い得だった。グループの最上級コンテンツを担うそごう・西武も近年は欧米高級ブランドが手薄になっており、買収によるコンテンツ補完効果は極めて大きいと推察される。

第三の‘流通革命’が迫る

 ニッセンの買収は顧客データとシャディの店舗網、バーニーズジヤパンの買収は欧米高級ブランドというコンテンツとブランド価値が狙いだったと思われるが、巨大流通グループのオムニチャネル戦略はクリック/モルタルを問わず多様な購買チャネルに多様なコンテンツを乗せて選択・発注・決済・受け取りのプロセス毎に隔てなく利便を提供し顧客を囲い込むものだから、コンテンツと顧客、提供利便と決済が肝になる。
 セブン&アイ・ホールディングスにはGMSやSM、百貨店や専門店からフードサービスやCVSまで二万店を超える様々な提供拠点に加え(13年9月末で20,539店)、セブンネット・ショッピングやセブンドリームドットコムなどのEコマース、セブン銀行やセブン・カードサービス(‘nanaco’の発行会社)などの金融・決済機能、そして「セブンイレブン」1万6000店に毎日三回、配送する全国ネットの物流機能が在るが、‘ラスト・ワンマイル’の提供利便や決済機能はともかく、顧客データベースとコンテンツには補完すべき領域が残るし、Eコマースのアプローチやオムニチャネル関連のITサービス機能にも空白の領域が見られる。
 これら空白領域の補完を急ぐ中で今回の買収劇が在った訳で、今後も顧客とコンテンツ、EコマースやITサービスについては新たな買収や提携による陣営補完が進むと見るべきだ。それは直接のライバルたるイオングループはもちろん、アマゾンや楽天、ヤフーとて同様で、それぞれのグループが四つの肝を補完・拡充すべく買収や提携を競う事になる。モルタル流通グループという際を超えたグローバル&オムニチャネルな再編の嵐が吹き荒れ、前世紀のチェーンストアや90年代以降のSPAに続く第三の‘流通革命’が現実のものとなるに違いない。

ゲームのルールが一変する

 セブン&アイ・ホールディングスの矢継ぎ早の陣営再編とオムニチャネル戦略を目の当たりにすると、この20年間、すっかりイオングループに引き離されたモール戦略の失策も帳消しになるとさえ思えて来る。
 振り返って見れば90年以降、開発規制緩和の波に乗って巨大モールを作り続けて来たイオングループに対し、出遅れたセブン&アイ・ホールディングスの「Alio」シリーズは勝ちパターンを確立出来ず、近年は開発数も規模も萎縮した感があった。このまま両者の格差が開いて行くのかと見えたのも束の間、オムニチャネル時代の到来でゲームのルールは一変しつつある。
 オムニチャネル戦略はイオングループも急いでいるが、Eコマースはセブン&アイが先行しているし、‘ラスト・ワンマイル’の拠点となる近隣店舗数も全国1万6000店に迫る「セブンイレブン」を擁するセブン&アイが大きく凌駕し、そのルート配送網はアマゾンの優位を揺るがしかねないポテンシャルを持つ。
 イオングループとて合併や買収を繰り返してGMSやDS、SMやCVS、ドラックストアから専門店やフードサービスまで11,487店(13年8月末)の提供拠点を有し、金融・決済機能はイオン銀行やイオン・クレジットサービス、Eコマースはイオンダイレクトやイオンモール・オンライン、Eコマース支援はイオンリンクと遜色ない陣営を構築しているが、オムニチャネルな連携や物流ルートの統合はようやく始まったばかりだ。
 巨大モールに投資を集中しオムニチャネルより海外市場を重視して来た感のあるイオングループと、モール戦略や海外市場には出遅れたもののCVSとオムニチャネルな流通システムで先んじたセブン&アイの形勢が逆転しかねない状況なのだ。
 イオングループは‘コト消費’をテーマにグループの総力を結集して巨大商業施設「イオンモール幕張」を開業したが、オムニチャネル消費がもたらす第三の‘流通革命’が現実感を増す中、何とも言い難い違和感が在った。いったい巨大モールは何時まで消費の中核で在り続けられるのだろうか。
 巨大戦艦群が航空機を先兵とした機動部隊にあっけなく敗れ去ったように、垂直統合ビジネスモデルの神話を追って巨大自社工場に投資して来た我が国の家電・半導体業界がグローバル水平分業ビジネスモデルのスピードとコスト革新の前にあっけなく挫折したように、オムニチャネル革命は流通業のゲームのルールを根底から変えてしまうのではないか。

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