小島健輔の最新論文

販売革新2012年11月号掲載
連載『ショールーミング時代のチェーンストア・リテイリング』
第一回『店舗小売業はハイブリッド・リテイラーを目指せ!』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

 リテイラーの競争力は1)低コスト調達による付加価値の創造、2)低コスト提供方法による付加価値の実現、の両輪にかかっている。前者ではより生産段階に踏み込んで低コストに調達しながら売価を抑え、後者では消化回転を極大化する一方で物流コストと店舗運営コストを極小化し、消費者の支持を得て収益を伸ばさんとするものだ。よって、リテイリングの勝者は最も低い運営コストと高い消化回転で最もお値打ちな(売価に対する調達原価率の高い)商品を提供する者であり、敗者は運営コストとロスが肥大して割高な(売価に対する調達原価率の低い)商品提供に陥る者である。その世代交代の必然を提じたのが、かのマルカム・マクネアの「小売の環」に他ならない。  店舗小売業では高コスト体質に陥って割高な商品を提供する百貨店や販売消化力が低下して付加価値を実現出来なくなった量販店が没落し、低い運営コストと高い消化回転で割安に商品を提供するしまむらや生産段階から高い付加価値を創造してお値打ち商品を効率的に提供するユニクロなどが成長して行った。そんな店舗小売業を格段に低い運営コストと高い消化回転で脅かしているのがオンライン小売業であり、有力大手はフルフィルメント投資を競って一段と運営コストを切り下げ、今や店舗小売業をショールーム化しつつある。
 そんな今日のチェーンストアにはオンライン小売業に対抗出来る低コスト運営と高い消化マネジメント力が求められているが、多くのチェーンストアはかつての理想を見失って高コスト低消化回転体質に陥り、オンライン小売業はおろか新手の低コスト小売チェーンにさえ脅かされている。今こそチェーンストアはその原点に回帰し、低コスト運営と高消化回転で競争力あるお値打ち商品を提供出来る体質に再生しなければならない。グローバル化とショールーミングという今日の競争環境を生き抜く新時代のチェーンストア・リテイリングを提唱したいと思う。

ショールーミングが店舗小売業を押し潰す

 今や全米の店舗小売業はもちろんウォルマートさえ脅かしているのが「ショールーミング」。スマートフォンで店頭のバーコードをスキャンすると一発で同商品のオンライン価格が一覧されるというアプリケーションが普及したため、店舗小売業がオンライン小売業のショールームと化すという現象を指すものだ。「ショールーミング」の急激な拡大は小売業者にとって深刻な脅威となっており、昨年6月にはウォルマート社CEOのマイク・デューク氏が『価格は透明な時代になる』と発言して注目され、ターゲット社は自社専用品番商品の提供を取引先に求める事態になっている。
 日本でも「価格.COM」などでウェブ上の最低価格を検索する事が定着しているが、店頭で見た商品のバーコードをスマホでスキャンすると一発で価格比較が出来てしまうとなると、実店舗の売上がオンライン小売業に食われるという事態が広がってしまう。そんな芸当が手軽に出来る無料アプリの代表がアマゾンの「プライスチェック」やeベイの「レッドレーザー」の他、汎用性の高い「ショップサーヴィ」や「ザ・ファインド」などで、今や全米スマホユーザーの46%が使っていると報告されている。
 米国では州税となっている消費税を免れて来たオンライン小売業者に対する店舗小売業者の不公平感に「ショールーミング」の圧迫が加わり、08年以降、ニューヨーク州やペンシルバニア州など6州、そして今年9月にはカリフォルニア州でもインターネット消費税法が施行され、州内アフィリエイト契約者を経由した売上にようやく課税されるようになった。店舗小売業者の悲鳴と批判は全米に広がっており、課税する州がさらに広がっていく勢いだ。日本では消費税は国税なのでそんな不公平は存在しないと思われるかも知れないが、実は米国と同様な事態が懸念される。
 インターネット消費税は「アマゾン税」と通称されるように、11年12月期で年商481億ドルに達してオンライン小売の寡占企業となったアマゾン社を狙い撃ちしたものだが、同社は日本での販売も米国法人(ワシントン州)直販形態を採っている。すでに日本国内でも11年12月期で年間4800億円を販売していると推計されるだけに川向こうの火事とは言えない状況になっている。課税問題とショールーミングによる店舗小売業者の圧迫は米国と大差ない事態となりつつあるのではないか。

店舗はショールームに帰着する

 課税問題は別としても店舗小売業のような不動産費や店舗運営費がかからない(フルフィルメントと称される物流費と代金回収費などに限定される)オンライン小売業は低コスト運営が可能で、米国アマゾン社も日本のスタートトゥデイ社も小売売上対比販管費率は20.6%、マガシーク社も23.3%と店舗小売業者とは格段に低い。それを下回るのはウォルマート社の18.5%、ターゲット社の20.1%ぐらいで、あのしまむらでも23.3%、米国のしまむらたるコールズ社でも26.6%、国内ユニクロは31.4%、イオンリテールは33.6%、米国ギャップ社は34.5%に達する。
 店舗小売業の高コスト体質の元凶となっているのが店舗不動産費に加えての店舗運営費と物流費だが、それらを圧縮する手法は逆説的だがオンライン小売業の活用に他ならない。
 ひとつはコストの低いオンライン売上比率の拡大で全体コストを下げる方法だ。米国ではアバークロンビー&フィッチ社が全社売上の13.29%、ギャップ社も10.72%をオンラインで売り上げているが、ギャップ社オンライン部門の営業利益率は22.0%と店舗小売部門の8.4%より13.6ポイントも高い。それだけ低コストに運営出来るという事なのだろう。日本でもユナイテッドアローズが11.11%、バロックジャパンリミテッドが10.29%に達してなお比率が高まっているというし、中堅アパレルでは15%、20%に達する例もある。
 もうひとつの方法がAR(ディスプレイ画像にバーチャル情報を重ねて表示する技術)やオンライン決済など、オンライン小売業テクノロジーの店舗への導入だ。デジタルサイネージでARを活用すれば多様な商品表現が可能で、演出技術の店舗間格差を回避出来るし、ディスプレイヤーの人件費も削減出来る他、店舗にない在庫を自社のオンライン店舗に発注してもらう事も出来る(今や米国SPA業界ではオンライン端末の店舗配置は常識だ)。何より大きな革新がチェックアウトコストの削減で、モバイル端末でオンライン決済すればキャッシャー人件費は不要となる。RFIDタグを導入すればチェックアウトも物流管理も棚卸しも店間移動のピックアップも格段にスピーディで低コストになるし、顧客が商品を手にして姿見の前に立てばオンラインストアのAR画像を映し出す事も出来る。
 米国から始まったセルフ・チェックアウト・レジは日本でもIKEAや一部のSMで広がり始め、スマホでバーコードをスキャンするセルフ・チェックアウトも実験が始まっているが、キャッシャー人件費の削減が期待される一方で盗難(万引き)の増大というリスクも指摘されている。その壁を超えるのがオンライン小売業のような決済と商品渡しの分離であり、物流費と店舗人件費の画期的な削減を可能にするマジックと期待される。
 モバイル・チェックアウトにしてもスマホ・チェックアウトにしても、売場でチェックアウトして商品を受け取る手順では万引きリスクが避けられないし、二重物流の無駄も回避出来ない。店舗小売業では、商品はベンダーやメーカーあるいは小売業者の物流センターから店舗の搬入口に配送され、一時的に後方にストックされた後、店舗要員によって陳列棚に品出しされる。それを顧客がピックアップしてレジまで運び、チェックアウトして持ち帰る、という物流手順が一般的だ。そこには店舗要員による品出しと顧客によるピックアップ、さらには物流センターから店舗、店舗から顧客による持ち帰りという二重物流の無駄がある。
 IKEAでは家具の売場陳列をサンプルに限定し、顧客がストックヤードからフラットパック状態の商品をピックアップしてレジに運ぶという「品出しのセルフ化」でコストを抑制しているが、店舗への物流と店舗からの持ち帰りという二重物流までは解決されていない。その壁を超えるのが通販で、商品は店舗を経由しないで顧客に直送されるから物流は片道で品出しの手間も不要となる。
 店舗小売業におけるセルフ・チェックアウトを実現するには決済と商品渡しを分離し、決済後に店舗要員がピックアップして顧客に手渡すか(中国の百貨店では一般的な手順)、物流センターから顧客に直送すべきと思われる。店舗への物流コストや店舗のスペースコスト(賃料)、店舗要員コストを考えれば後者の方式がはるかに合理的で、店舗はまさしく‘ショールーム’と化してしまう。スマホ時代のショールーミング現象は究極、店舗のショールーム化に帰着するのではないか。

小売業経営は一変する

 こんな革命的変革が近未来、それもほんの2〜3年で現実になるとすれば、出店政策や店作りから店舗運営や物流まで、小売業の経営は一変してしまう。ロン・ジョンソンによるJCペニーの革命が成功するか否かは別として、RFIDタグをキーにARやモバイル・チェックアウトを活用してレジスターも消え失せた近未来店舗の姿は来年中にも現実のものとなる。それが36.0%という販管費率をコールズ並みの26.6%にするというマジックが成り立つには計画通りに販売消化が進む事が前提だが、有力NBの独占PB化を進めた前CEO時代の戦略が毎日バーゲンセールという体たらくに終わった事を思えばハードルは極めて高い。
 現実問題として、ショールーミング時代の店舗小売業はオンライン小売業の利点とテクノロジーをフルに活用してハイブリッド小売業を目指すべきと思われる。RFIDタグをキーにチェックアウトや品出し/棚卸し業務、物流の無駄を極小化し、ARを活用してオンライン小売業のプレゼンテーションを駆使する一方、店舗小売業ならではのハイタッチなサービスを再構築し、オンライン小売業に負けないコスト競争力と提供方法の便宜性を兼ね備えるのがハイブリッド小売業の到達点なのではないか。そんな視点に立って、近未来のチェーンストア・リテイリングを基本から組み直してみたい。『ショールーミング時代のチェーンストア理論』と打ち上げても良いだろう。

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