小島健輔の最新論文

週刊エコノミスト2007年5月15日号掲載
百貨店再編・統合の死角
『巨大化で忍び寄る“没個性”の危機』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

※実際に掲載された文章とは一部、異なります。

  昨年6月のセブン&アイ・ホールディングによるミレニアムリテイリングの買収に続き、07年9月には大丸と松坂屋が持株会社J.フロントリテイリングを設立して経営統合し、10月には阪急百貨店が阪神百貨店を完全子会社化する。大手百貨店の経営統合は03年6月の西武百貨店と十合に始まり、ファンドによる株式買い占めなどを契機に昨年来、一気に気運が高まったように見えるが、その背景はもっと本質的な所にある。経営統合気運が高まった背景は、百貨店業界の長期低迷とSCなどへの顧客流出、米国百貨店業界を一変させた巨大合併にあったと考えられる。

百貨店長期低迷の構図

 全国百貨店の既存店売上は92年以降、96年を除いて前年を割り続けており、総売上も98年以降、9年連続して減少。結果、06年度の総売上はピークだった91年の80.0%、坪販売効率は同61.3%まで低下している。その要因は様々に指摘されるが、大手アパレルのNBを中核とした消化取引制度が肥大して売上の大半を占め(消化・委託が9割以上)、結果として売場の同質化とバリュー(価格に対する価値)の低下が進行したのが最大の要因と思われる。
 バブル崩壊以降の長い売上減少局面で百貨店は歩率(仕入れにおける百貨店の取り分)の拡大に勤め、92年からの10年間で衣料品NBの歩率は9ポイント近くも肥大したと言われる。歩率肥大による利益減少をカバーすべく納入アパレル企業は製造原価率の圧縮に動き、結果としてバリューが低下し割高感が強まった。加えて、これ以上の歩率負担は企業の存亡に関わると見たアパレル各社は00年以降、歩率負担が百貨店の3分の1以下(百貨店36以上に対し12程度)で済む駅ビル/ファッションビルや郊外SCに雪崩を打つように進出。06年までには大半の大手アパレルがそれらの百貨店外立地に多数のショップを布陣し、百貨店ブランドと類似した商品(専用の別ブランド)を百貨店の七掛け程度の価格で販売するようになり、それがまた百貨店からの顧客流出を加速する事になった(駅ビル/ファッションビルでは百貨店の七掛け、郊外SCでは半額程度で販売されている)。
 ここまで状況が悪化しても、消化取引を圧縮して買取の自主MD売場を拡張するなどの動きは遅々として進んでおらず、歩率を圧縮してバリュー感を復活させたいと考える百貨店などまったく存在しない。加えて、駅ビル/ファッションビルとの競合が激しいOL層/若手サラリーマン層をカットして大人客や高級品に特化する動きが顕著で、ラグジュアリーブランドの大量導入が目立っている。高級ブランドを増やしてNB売場を圧縮し、高級ブランドで低下した歩率をNBの歩率に上乗せするというのが一般的な傾向だが、それももはや限界と言われる。
 『大人特化の高級店』を志向すれば高級ブランドの比率が高まり、歩率も低下して収益力の向上も望み難い。突破口は合理化による経費削減とさらなる調達コスト圧縮と考えられており、そのためには経営統合による事業規模拡大が欠かせないというのが経営層の共通した認識のようだ。

米国百貨店業界最大の合併

 80年代初期までに大人特化のソフトライン・デパートメントストアへの変質とローカルチェーンの経営統合が一巡していた米国の百貨店業界では、「ニーマン・マーカス」「サックス・フィフス・アベニュー」の両高級店チェーン、独自のセレクト編集売場複合スタイルと顧客本位の販売姿勢で人気の「ノードストロム」を別格に、都市百貨店グループの「フェデレイテッド・デパートメント・ストアーズ」、地方百貨店グループの「メイ・デパートメント・ストアーズ」「ディラード」、量販店から大衆百貨店に変貌してNPB戦略に動く「JCペニー」、NBのディスカウントを核に巨大しまむら的展開で急成長する「コールズ」、の多層構造市場分割が確立していた。
 しかし、今世紀に入っての長期景気拡大下で階級分化が一段と進行して中産階級が崩壊していく中、NBを中核とした百貨店の売上が伸び悩む一方、高級百貨店だけが活況を呈するという状況となった。過去6年間で米国小売業総売上が37.1%も増加する中、百貨店業界の総売上は8.7%も低下したのだ。
 そんな中で05年8月、都市百貨店首位の「フェデレイテッド・デパートメント・ストアーズ」が地方百貨店首位の「メイ・デパートメント・ストアーズ」を買収。「メイ」全店を都市百貨店の「メイシーズ」に転換して861店の巨大百貨店チェーンが生まれ、企業名も07年6月1日付けで「メイシーズ」と改められる。同じSCに「メイシーズ」が二つというWメイシーズ現象も85ケ所で発生したものの、新「メイシーズ」は巨大な調達力を背景に合理化と取引関係再編に乗り出し、米国の大手アパレル業界は再編の嵐に巻き込まれていった。このパワーを目の当たりにし、日本の百貨店業界も一気に統合気運が高まったのではないか。

統合効果の死角

 統合でバイイングパワーによる調達コストの圧縮、物流コストの削減、管理コストの圧縮などが期待されるが、果たして良い事ばかりであろうか。
 統合によって品揃えが統一されれば個店の魅力が損なわれ、同質化は一段と深刻になる。調達コストが圧縮されれば、NBのバリュー感もさらに損なわれる。幾つかの統合が重なっていけばNB業界の収益力は根本から圧迫され、開発力が低下してNBの魅力、強いては百貨店の魅力自体がさらに低下していく事になる。百貨店としても魅力を失ったNB売場を圧縮せざるを得ず、替わりに歩率の薄いラグジュアリーブランドなどを拡大すれば収益性も低下していくし、ラグジュアリーブランドによる同質化も無視出来ないものとなっていくだろう。バイイングパワーに巻き込まれない個性的なCB(キャラクターブランド)も魅力の低下した百貨店に見切りを付け、駅ビル/ファッションビルへの脱出を一段と加速する。結果、百貨店は魅力と収益力の両方を失う事になりかねない。
 『大人』『ラグジュアリー』は最近の百貨店リモデルに共通するキーワードだが、それは駅ビル/ファッションビルへ脱出するOL層/ヤングサラリーマン層からの撤退、収益の根源であるNB売場の圧縮を意味するものでもある。若者を切り捨てて若々しい華やぎを失い、NBを圧縮して収益の柱を損ない、大人のラグジュアリーなストアになったとして、百貨店にはいったい何が残るというのだろうか。
 では、魅力と収益力の両方を向上させる統合戦略はないのだろうか。それはNPB戦略だと考えられる。統合による調達規模拡大を背景に、有力NBや魅力的なCBに専用ブランドや独占商品ラインを開発させて買取調達し、抜本から差別化するとともに値入れを飛躍的に拡大して魅力と収益力の両立を狙うというものだ。既に伊勢丹は多くのNB/CBで実質的なNPB化を進めており、伊勢丹にしかない商品ラインが少なからず投入されている。それが伊勢丹を差別化し魅力を高めている一因である事に異論はあるまい。
 ただし、NPB戦略には大きな障壁がある。独占調達のNPBは買取が鉄則で、百貨店が自ら販売組織を確立して売場を自主運用し売り切って行かなければならない。月度/週度の品揃えから消化を促進する編集運用まで専門店並みの精度で運営出来なければ、売れ残りが値入れを食い潰して収益確保が難しくなる。NPB戦略は自主販売体制と両輪を為すものであり、百貨店は自らの体質を抜本転換しない限り如何なる突破口も見出せないというのが結論だ。

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