小島健輔の最新論文

繊研新聞2021年12月01日付掲載
『中韓越境ECファストアパレルが日本市場を席巻
アパレル事業者はDX無在庫商法に学べ』
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 見込み生産で過剰在庫と値引き・残品のロスに苦しむ我が国のアパレル業界を尻目に、中韓の越境ECファストアパレルが実質無在庫商法で日本市場を席巻している。その急先鋒たる「SHEIN」は今年第2四半期、米国でアマゾンを抜いて最もダウンロードされたショッピングアプリとなったが、日本でもアパレル大手各社を引き離しユニクロ(21年8月期国内EC売上1269億円)と競っているから、すでに日本市場売上も1000億円を超えていると推察される。

 

■爆発的急成長でZARAに迫り日本市場に浸透する「SHEIN」

 2012年にレディスアパレルの自社サイトを立ち上げた「SHEIN」はローカルSNSとDX(Digital Transformation)高速大量企画・小ロット反復高速生産、国際郵便小包を活用したファストサプライ越境ECで加速度的な急成長を続け、ユーロモニターによれば19年売上は18億ドルに迫り、コロナ禍の20年は68億ドル超と爆発的に伸びた。21年も急成長を継続して上半期は年商150億ドルペースで、下半期はさらに加速していると思われるから、22年には「ZARA」(コロナ前19年の業態売上195億6400万ユーロ/2兆3760億円)を抜くと言う経営陣の目標も現実味を帯びてきた。

 「SHEIN」は世界共通の店舗展開で成長した「H&M」や「ZARA」など旧世代のグローバルSPAとは異なり、ローカル(国)市場毎の商品投入、地場で人気のインフルエンサーを活用したSNSマーケティングでスマホネイティブなZ世代の若者を捉え、18年に中国から海外の消費者に直接販売する企業の輸出税が免除されたことも追い風になり、越境ECで個別市場売上を積み上げ成長を加速させて来た。ローカル特性の強い中東市場で成功を収めて220カ国に広がり、米国や欧州、東南アジアや日本でも売上を拡大している。

18年段階で米国30%、欧州20%、中東20%の売上構成だったと伝えられるが、16年から800ドル未満の小包が免税となったことも後押しして米国が伸び、20年には過半に迫ったようだ。越境ECに特化して中国国内向けには販売していないところにビジネスモデルの秘訣が伺える。

 日本市場にどこまで浸透しているかだが、「SHEIN」の各国向けインスタグラムのフォロワー数を比較すると、前述したショッピングアプリのダウンロードランキングより浸透が進んでいる。21年の売上が80億ドルに迫ると推察される米国市場のフォロワー数141万人に対して日本市場のフォロワー数は22.4万人(11月23日段階)だから、単純計算すれば日本市場での売上は今年1400億円を超えることになる。類似したアパレル越境ECは中国より韓国が先行しており、主なものだけでも40近いサイトが犇いているから、中韓アパレル越境ECへの流出額はコロナ禍で八掛けに激減した国内アパレル市場の3%を超えるのではないか。

 これまでアパレルの越境ECと言うと日本からアジアや欧米への浸透だったが、国内アパレル事業者の進化が永らく停滞しコロナ禍で専守防衛を強いられる中、強力な地場産業集積を背景にDX革命でSFチックなビジネスモデルに変貌した中韓の越境EC事業者が逆侵攻をかけてくる様は、あたかも白村江敗戦後の倭国を思わせる。このままではアパレルも半導体や液晶パネル、パソコンやスマホと同様な運命を辿るのではないか。

 

■越境ECファストアパレルのビジネスモデル

 「SHEIN」は企業情報を開示しておらず、様々な調査会社の推計や識者の報告に頼るしかないから、中韓の最先端DX越境ECファストアパレルに共通するビジネスモデルとしてまとめてみた。細部は私の推測であることをお断りしておきたい。

 

1)ローカル市場毎のトレンド対応とAI&DX高速商品企画

 ローカル市場でベンチマークするECサイトやSNSをクローラが巡回してトレンド(売れる要件)を自動収集し、AIが自動で大量作成するプロトデザインをデザインチームが選別して3D・CADのデータベースから俊速で3Dパターンを作成。AIによるコスト計算と売上予測でスクリーニングを通ったデザインに素材データと物性を加えて自社イメージ&体型のCGモデルに着せ、音楽とモーションを付けてインスタントなランウェイアニメーションを作成すれば、実物サンプルを作って検証することなく企画開始から決定までのプロセスが数日で終わる。

 予めCLOなどの3D・CGシステムに人物写真やMMDモデルなど外部テクスチャーをインポートして細部のサイズや物性を調整して自社のCGキャラクターモデルを作り、ランウェイのステージやモーション、音響やライティング(これらのほとんどは豊富なフリー配布ツールが使える)を設定しておけば、それほど手間取らずランウェイアニメーションを仕立てられる。全くの新デザインなら、そこから実サンプルを作成して細部を詰めるプロセスが必要になる場合もあるが、手持ち3Dパターンのリファインで済むようなデザインならCGサンプルだけで企画を決定できる。

 大量のデザインをハイピッチで企画し素速く決定して生産に仕掛かれるメリットに加え、リアルな3D・CGサンプルや3D・CGアニメーションは量産に先駆けてECやSNSに使えるから、後述する無在庫販売の武器ともなる。CGモデルも精緻に作り込まれたRPGのアンドロイドなら、ほとんど人間と見分けがつかない。

※クローラ・・・Webサイトを巡回して情報を自動収集するロボットアプリ。

※CLO・・・韓国で開発され世界に広まったアパレル3D・CADソフトで、我が国の代理店はユアアンドアルファ社。

※MMD(MikuMiku Dance)・・・樋口優氏が開発して無償公開した、3D・CGキャラクターをボーン操作(骨格パーツの回転)してアニメーションを作成する3D・CGソフトで、初音ミクなどデフォルトのボーカロイド・キャラクターに加え、ユーザーが独自のキャラクターや衣装、モーションやカメラワークを創作してユーチューブやTikTokなどに大量に投稿している。

※RPG(ロールプレイイングゲーム)のアンドロイド・・・スクウェア・エニックスが2017年にリリースした「ニーア オートマタ」の主人公アンドロイド、ヨルハ二号B型をモデルに使ったMMDのリアリティには息を呑む。

 

2)DX連携で小ロット高速反復オンデマンド生産

 AIと 3D・CADで俊速企画しても、俊速生産するには二つの障壁がある。それは手間取りがちな仕掛かり前工程と最適素資材の調達だ。

3D・CAD企画を工場のCAD・CAM機器に繋ぐには工業パターンを軸とした生産仕様のデータベースを共有する必要があるし、それ以前に仕様やコスト、工程や納期などの交渉を記録に残してオンラインするプロトコルが統一されていないとスムースに進行しない。サプライチェーンの盟主が企画・開発から生産、流通・販売まで製品をライフサイクル管理するPLM(Product Lifecycle Management)システムで工場などサプライヤーを一元管理するのが理想で、「SHEIN」も独自のPLMで工場群をマネジメントしているが、そんな大仕掛けでなくても生産仕様のデータベースとプロトコルが共有されていれば企画と生産の連携は成り立ち、仕掛かり前工程を短縮できる。

 もう一つの最適素資材調達は、現物素材の流通が潤沢であるか否か産地のインフラに左右される。逐一、バイオーダーのオリジナル素材を開発・調達していては、リードタイムが長引いてファストから遠のいてしまう。汎用合繊素材や裏地、付属は現物が流通しても、意匠素材が豊富に現物流通(ファストテキスタイル)するには産地総体の活力が必要で、広州など中国沿海部や韓国では成り立っていても、我が国では80年代で崩れている。越境ECファストアパレルが中韓で台頭したのは、ファストテキスタイルと小回りの効く中小工場群という産地基盤にDX革命が火を点けたからだ。

 小ロットの俊速生産ゆえ企画決定から初期生産品の出荷まで最長でも一週間、速ければ企画開始から一週間で完了するから、初期生産に先行してECやSNSに実サンプルや3D・CGサンプルを掲載し、初期数日の受注数やウィッシュリスト入れ数、SNSの「いいね」数からAIが受注数の推移を予測し、週サイクルで修正して必要数量のオンデマンド生産を反復するなら、ほとんど在庫リスク無しに販売を伸ばせる。

※CAD・CAM・・・コンピュータ・グラフィック支援の設計と製造。

 

3)ローカル・インフルエンサー活用のSNSマーケティング

 越境ECファストアパレルはローカル(国)市場毎にマーケティングして商品を企画・投入し市場を獲得していくからSNSもローカル対応が不可欠で、「SHEIN」もローカル市場毎にインフルエンサーとの連携と育成に注力している。初期生産品が完成してからインフルエンサーに提供したのではEC掲載から遅れてしまうから、今後は3D・CGサンプルをCGスキルのあるインフルエンサーや世界中に広がるMMDユーチューバーに提供してタイムリーなSNS訴求を仕掛けるようになるだろう。

 

4)国際郵便小包の配送時差を利用するタイムマシンマジック

 越境ECファストアパレルの商品は通常、国際郵便小包(追跡サービス付きだが非優先扱いのSAL便)で送られてくるが、出荷から到着まで2〜3週間かかる。国際宅急便より料金が格段に安く、ローカル(消費国)の倉庫から宅配するのと大差ないか国によっては安いぐらいだが、もう一つのメリットがある。

 通常配送(SAL便)で注文して届くのに日数がかかると覚悟していたのに、なぜか数日で届くことがある。先行サンプル(あるいはCGサンプル)でさ・さ・げしてECに上げ、最初の数日間の反応でSKU(色・サイズ)別の初期生産数を決め、商品が数日で完成するまでの受注分は国際郵便小包の航空便を使って一週間強の時差を稼ぐ、というタイムマシンマジックが使われているからだ。初期ロット完成直前に注文した顧客は通常配送でも航空便で数日で届くという恩恵に浴するわけだ。ECにおける無在庫販売(売れてから仕入れる)はソーシャルバイヤーの世界では一般的に行われる小細工で、それにヒントを得て編み出されたマジックと思われる。

 日本郵政では越境EC向けに「国際eパケットライト」という追跡付きのサービスを提供しているが、安いSAL便と速い航空便の料金差は500gで120円、1kgでも255円に過ぎない。新規投入の第二週以降は週サイクルで必要数量がオンデマンド生産され、タイムマシンマジック無しで無在庫販売が回るから、航空便との差額負担は最初の一週間だけで済む。EC掲載を先行して一週間強の無在庫販売期間を確保するタイムマシンマジックの対価としては十分に見合うのではないか。

※さ・さ・げ・・・撮影・採寸・説明原稿作成というECに商品を掲載する基本手順。

 

■我が国アパレルECの限界と突破口

 AIとDXを駆使した大量高速企画・小ロット反復高速オンデマンド生産に加え、国際郵便小包の配送時差も活用して実質無在庫販売を実現している中韓の越境ECファストアパレルに対し、我が国のアパレルECは在庫を抱えて高い宅配料金を負担する決定的な不利を否めない。

 コロナ禍でアパレル業界の救世主となったECだが、有力モールの在庫抱え込みで店舗在庫が圧迫され、それがまた店舗からECへの消費流出を加速する構図はカニバリを否めず、『在庫在りき』の固定概念に囚われた我が国EC事業者の時代錯誤なビジネス感覚には目を覆いたくなる。これでは在庫効率はもちろん、コストでもスピード(=ファッション鮮度!)でも中韓の越境ECファストアパレルには太刀打ちできず、彼らの侵攻を食い止めることは出来ない。

 では、国内のアパレルEC事業者が「SHEIN」のようなビジネスモデルを構築出来るかというと、残念ながらこの国にとどまる限りは不可能だ。AI&DX高速商品企画とDX連携小ロット反復高速オンデマンド生産は多少のシステム投資は要しても技術的には難しくないし、ローカルなSNSマーケティングも一般化した方法だが、潤沢に流通する意匠素材と小回りの効く中小工場群、国際郵便小包の配送時差を使ったタイムマシンマジックはどうやっても成り立たない。「SHEIN」も繊維・アパレル産業が周辺に集積する広東省広州市に本部を置いて西に隣接する佛山市に巨大な出荷センターを構えているが、深圳まで80km強、香港まで約100kmと複数の国際郵便交換局が使える越境ECファストアパレルにはベストな立地だ。

 30年も経済が停滞して各分野の生産基盤が崩れ、労働力不足と貧困化が進む我が国にとどまる限りは不可能でも、ファストアパレルの基盤が揃った広州や深圳、或いはSEOULから日本など海外市場を攻めるなら成算は十分にある。ノウハウを確立した現地の越境ECファストアパレル事業者を買収して短期に事業を拡大するのが賢明ではないか。

 国内アパレル事業者も中韓越境ECファストアパレルの無在庫商法に学び、在庫を抱えて四苦八苦する旧態な事業感覚を捨て、AIとDXによるSF的ハイテクと物流のアナログなマジックで無在庫商法の旨味を手に入れてはどうか。守る側から攻める側に発想を切り替えれば無限の可能性が広がるに違いない。

論文バックナンバーリスト