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WWD 小島健輔リポート
『アパレルの「DXファストサプライ」が開くSF的近未来』
(2021年11月10日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

MMDはソフトが無償公開されて多くの公式モデルやユーザー改変モデルがそろう(PizaCG投稿のMMDユーチューブから)

 

 アパレルDX(デジタルトランスフォーメーション)の加速度的普及で、完成度・コスト優先のスローサプライとリードタイム短縮優先のファストサプライの優劣が逆転しつつある。AI(人工知能)とDXを駆使して小ロット生産を高速反復するならリードタイムロスは劇的に圧縮できるし、リアルな3D・CGを使ったSNSやECで販売を先行し越境直送物流時差を活用すれば、リードタイムをマイナス化して需給リスク(=在庫リスク)をゼロにすることもできる。そんなSFチックな仕掛けが広がれば、見込み生産のギャンブルだったアパレルのビジネスモデルも一変するのではないか。

 

スローサプライかファストサプライか

 アパレルのサプライには、リードタイムが長くなって需給ギャップが拡大しても完成度やコスト圧縮を優先する「スローサプライ」、完成度やコストを多少は犠牲にしてもリードタイムを短縮して需給ギャップ圧縮を優先する「ファストサプライ」、この2つのスタンスがある。

 完成度や付加価値を志向する「スローサプライ」では企画〜開発に時間を要して発注までの企画リードタイムが長くなり、バイオーダーのオリジナル素材にこだわれば仕掛かりリードタイムも長引き、大ロット生産でコストを圧縮したければ遠隔地大規模工場の閑散期を狙って生産リードタイムも極端に長くなり、物流リードタイムも長くなる。高級ブランドの国内自社工場生産でも、操業率と生産効率を優先すれば南アジアの大規模工場と大差ない生産リードタイムになってしまうケースも聞く。

 企画から市場投入までのリードタイムに比例して需給ギャップは大きくなるから、見込み生産した商品は販路運用(マルチ販路DB.※1.)や売価変更で売り減らしていくしかなく、トレンドや天候の変動、類似品の氾濫などで値引きや残品のロスが容易に肥大し、粗利益を食い潰してしまう。そのロスを見込んで価格に上乗せすればお値打ちが損なわれ、さらなる消化不振という悪循環に陥る。当然ながら商品のBS計上(国内倉庫納品時または店舗向け出荷時が大半)から販売までの在庫回転も長引き、売掛金回収(商業施設やECモールの売上金預かりとキャッシュレス決済が負担)までのキャッシュフローも遅くなる。

 

 「スローサプライ」でもユニクロの「ジャストサイズ」のように、初期ロットは遠隔地の大規模工場で低コストに大ロット一括生産しても、期中のSKU(色・サイズ)在庫バランス補正追加生産は同一素材を使って近接地(おそらく中国沿海部)の中規模工場で小ロット反復生産する、という「二段構えサプライ」で多少は需給ギャップを埋められる。それでも全て解消できるわけではなく、在庫負担が重く消化に時間を要する先行作りため「ダム型サプライ」の欠点は残る。

 リードタイム短縮を優先する古典的「ファストサプライ」では、(1)汎用素材・部材や出来合いの意匠素材から選択する、(2)手持ちのパターンや生産仕様を活用する、(3)小ロット生産を反復する、が基本で、ソウルの東大門市場の流通素材を選択して一晩か二晩で一反潰しロットを持ち帰るハンドキャリーSPAなどその完璧な原形と言えよう。流通素材と言っても結構、新鮮な意匠性があって値頃だから、韓国や日本のローカル市場で小規模な商売を回すには十分だ。ギャルファッションの発展期には毎週、東大門市場に通うバイヤーも少なくなかったし、韓国では今日も活用するローカルブティックが多く、店舗販売では目立たなくなっても専業ECでシステム化され大規模化している。

 そんな都合の良い「ファストサプライ」が成り立つには現物素材の潤沢な流通と都市市場に近接した縫製工場の存在が不可欠で、わが国でも1980年代前半までは成立していたが、アパレル生産の海外移転とともに意匠素材生産はバイオーダーに移行し、ファストテキスタイルの流通市場は衰退していった。今日でも韓国や中国では汎用素材だけでなく意匠素材も潤沢に流通しており、広東省など中国沿海部では大都市近郊の中小縫製工場集積も健在で、そんな「ファストサプライ」背景から「シーイン(SHEIN)」など中韓の越境ECアパレルが台頭したと思われる。

 ついでながら、「H&M」などグローバルに肥大したファストファッションSPAはコストを抑えた大ロット一括生産が実態で、大ロットゆえ素材調達にも縫製にも時間を要してリードタイムが長く、グローバル企画ゆえに各国市場での需給ギャップも大きく、高頻度に投入しても消化ははかどらず、「H&M」はコロナ前でも3回転に届いていなかった。ロットを抑えた(「H&M」より1ケタ少ない)DX連携垂直分業でファストにサプライする「ザラ(ZARA)」はともかく、ファストファッション=ファストサプライでないのが現実だ。

 

※1.マルチ販路DB.…店舗とEC、EC内でも自社ECとECモール、店舗内でもプロパー店舗間やアウトレット店への在庫の移動や集約で最速消化を図る在庫運用

 

リードタイムを短縮するDX連携と3Dモデリング

 

 PizaCG投稿のMMDユーチューブから

https://www.youtube.com/watch?v=Y-lYuGIWqu0

 

 リードタイムを短縮すれば需給ギャップとロスを圧縮して粗利益率も在庫回転もキャッシュフローも確実に改善できるが、それには企画リードタイムと仕掛かりリードタイム(生産リードタイムは工程設計と分業管理など別ノウハウ)、物流リードタイムの短縮が必要だ。

 仕掛かりリードタイムはDX連携で容易に短縮できる。企画が確定して発注されても、実際の生産に入るには企画仕様を工場の設備機器に対応する生産仕様に変換し、布帛ならマーキングから裁断、ニットなら編み図設計して機器に糸掛けする必要がある。これら手間取る前工程を短縮するには企画段階とデジタルにプロトコルを統一してDX連携するが、アパレル側では東レやユカアンドアルファ、レクトラや島精機製作所などの3D・CADが急速に普及しており、工場側でもIT導入助成金やものづくり補助金を活用して対応するCAD/CAM機器の導入が加速している。欧米や中国の大手アパレルはPLM※などDXプロトコルと独自の3Dパターン・データベースで縫製工場をサプライチェーンに組み込んでいるが、わが国では商社がその役割を担おうとしている。

 DX連携で仕掛かりリードタイムが短縮されても、企画から発注までのプロセスが手間取れば企画リードタイムが長引いて需給ギャップが大きくなる。実物サンプルを何度も修正し、コスト計算して上代を設定し販売量を予測して発注数量を決め、組織の決定プロセスを経ると何週間もかかるが、AIで販売数量を予測してコスト計算し、3Dパターンから3Dモデリングしてブランドイメージに合った3D・CGモデルに着せ、音楽とモーションやエフェクトを設定すれば(パターン化しておけば手早い)、短時間で容易にシルエットや物性が判るバーチャル・ファッションショーを見せられるから、企画の意思決定も劇的に速くなる。

 バーチャル・ファッションショーはデフォルトの3D・CGアバターモデルにCLO※2.などで作成した3D衣装データを着せてCGでモーションを組む味気ないものが多いが、ソフトが無償公開されて多くの公式モデルやユーザー改変モデルがそろう「MMD」(MikuMiku Dance、ミクミクダンス)やアドビのゲームキャラクターCGアニメーション作成フリーサービス「mixamo(ミクサモ)」を使えば容易にインパクトあるバーチャルショーが組める。

 MMDは樋口優氏が製作して無償公開した、3D・CGモデルキャラクターをボーン操作(骨格パーツの回転)してアニメーションを作成する3D・CGソフトで、初音ミクなどデフォルトのボーカロイド・キャラクターに加え、Blender※3.ベースでユーザーが独自のキャラクターや衣装、モーションやカメラワークを創作できる。肌や髪の毛、衣装の表面感や物性、瞼や瞳孔の開閉や目線、口元の表情の詳細な設定、歌詞に合わせた口パクの自動設定に加え、モーションやカメラワーク、背景や照明などエフェクトアクセサリーも豊富に無償配布されており(ブランドが衣装データをフリー配布することもできる)、単数あるいは複数キャラクターによる自在なダンスアニメーションがユーチューブやTikTokなどに多数、フリー投稿されている。

 3D・CADで作成した衣装データを好みのMMDモデルに着せてイメージに合った音楽とモーション、背景やエフェクト、カメラワーク(全てフリー配布)を組み合わせBlenderで物性やタイミングなどを修正すれば、かなりの完成度でバーチャルショーを創作できるのではないか(内部使用や個人投稿は自由だが商業利用には規制がある)。

※PLM(Product Lifecycle Management)…製品の企画・開発から生産、物流、販売、リユース・リサイクルまで一貫する情報管理システム

※2.CLO…韓国の企業が開発して世界に広がった衣類や装身具の3D・CADアブリで日本ではユカアンドアルファが販売している

 

※3.Blender…3D・CGアニメーションを作成するオープンソースのフリーウエア統合型アプリケーションで、MMDもmixamoも連携できる

 

 

(動画2入る)ユーザーが独自のキャラクターや衣装、モーションやカメラワークを創作できる

https://www.youtube.com/watch?v=E98qd8R_hRM

 

オンデマンド生産がアパレルビジネスを変える

 

 これまでの業界の常識は手間と時間をかけて企画し、バイオーダー(オリジナル)素材を開発して完成度の高い商品を作るか、遠隔地の大規模工場で大ロット生産してコストを切り詰めた商品を作るかで、どちらにしても企画から市場投入まで数カ月から半年以上もかかるのが当たり前だった。完成度や低コストが得られても、長いリードタイムの間にはトレンドも競合関係も変わるから需給ギャップも拡大し、市場投入の遥か以前に発注して一括納品された商品を売り減らしていくリスクには見合わなくなった。

 スーパーやコンビニの日配食品は毎日の販売状況や局地天候予測に即してオンデマンドに消費地生産されているし、惣菜や弁当は日に2回、3回のサイクルで消費地生産して値引きや廃棄を最小に抑えている。大規模工場で生産されるグロサリー(菓子や加工食品)でさえ、流通在庫のクッションが入るものの週サイクルでオンデマンド生産されているし、葉野菜さえ工場生産では規格化されたF1種子※4.で週サイクルで生産調整されている。

 全国スーパーマーケット協会の19年の集計では食品のロス率(売上対比の値引きロスと廃棄ロス)は一般食品(グロサリー)で1.4%、日配品で4.0%、青果で3.2%、水産でも8.2%、惣菜でさえ10.3%に過ぎないが、アパレルのロス率は値引きで10〜15%、期末残品で5〜15%とケタ違いに多い。曲がりなりにもオンデマンド生産される食品に対し、アパレルの大半はギャンブルな見込み生産でオンデマンド生産は極めて限られることが、その最大要因と思われる。

 

 アパレルでオンデマンド生産を実現するには、3D・CAD企画&モデリング、DX連携CADCAM生産によるリードタイムの劇的短縮に加え、流通素材・部材の供給が不可欠だ。アパレルでは多様な意匠素材が必要だから、大量生産の汎用素材に加えて小ロットで見込み生産される意匠素材の潤沢な供給(ファストテキスタイル)が欠かせない。

 わが国のアパレルビジネスがオンデマンドなファストサプライを可能にするには、韓国や中国のファストテキスタイルを活用して現地生産するか、国内に70年代のような意匠素材流通を再構築するかだが、前者では国内市場への短サイクル投入に加えて「シーイン」流の越境直送ECも旨味があり、後者では近年のB2B素資材マッチングサイトの拡大に加えてファストテキスタイル事業者への資本投入が望まれる。

 ECがアパレル販売の主役となってDX武装のオンデマンドアパレルが台頭する中、3D・CG駆使の先行販売や越境直送物流時差利用の無在庫販売が拡大すれば、製販の時差は限りなくゼロに近づき、時差逆転のマジックを仕掛ける事業者も台頭するだろう。そんな近未来ではリードタイムの長い見込み生産のアパレルビジネスは採算が採れなくなり、インベスティメントクローズ※5.やラグジュアリーブランドを除き、いずれ消えて行かざるを得ない。我が国アパレル業界にとって、DX革命とファストテキスタイル事業者育成、製販時差逆転・無在庫販売のマジック確立が命運を分けることになるのではないか。

 

※4.F1種子…雑種強勢を活用して大量生産された一代交配種で、一世代に限って規格化された作物が安定して収穫できる。スーパーに並ぶ野菜の大半は規格がそろって育成管理しやすいF1だ。自然淘汰あるいは人為的に選別されて形質が固定された「固定種」(在来種とほぼ同義)と対比される

 

※5.インベスティメントクローズ…1シーズン使い捨ての「ファストクローズ」と対比する、愛着価値や投資価値まで加わる完成度の高いブランド衣料

 

消費者は時空を超えた選択へ

 

 手頃な新商品の開発はオンデマンドを志向して極端に短サイクル化していく一方、消費者の選択はオフプライス品やリユース品まで時空を超えて広がっていく。経済の停滞が30年にも及んで勤労所得が伸びず、社会負担増で手取りが目減りして消費を抑制せざるを得ず、サステナブルな(地球と人類以前に生計が)消費行動が問われる中、消費者にとってはオンデマンド生産のファストサプライ商品(使い捨てのファスト商品とは限らない)、手間かけた見込み生産のインベスティメント商品に加え、オフプライス品や時空を遡ったデッドストック品、ユーズド品やリメイク品も選択肢になる。アパレル事業者にとって競合は新品だけではないのだ。

 トレンドやフィットはもちろん、完成度やお値打ち感で時空を超えて選択するなら、同質化しコストを切り詰めて割高になった新品にどれほどの魅力があるだろうか。需給ギャップによる流通ロスと肥大する流通コストをたっぷり乗せた新品の競争力が危ぶまれるのは必然だから、新品事業者はオンデマンド生産や製販時差逆転マジックによる「実質無在庫ビジネス」の確立を急ぐしかない。

 過剰供給の新品に加えてオフプライス品やユーズド品があふれ多くの消費者が選択肢を広げる中、アパレルビジネスはオンデマンド生産でロスを抑えOMOやD2Cで流通コストを抑制してお値打ちと顧客利便を高めるか、時空を超えたインベスティメント商品やユーズド品で顧客の選択肢に応えるか、抜本から選択を迫られている。

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