小島健輔の最新論文

商業界オンライン 小島健輔からの直言
『オワコンを引きずったバーニーズNYの迷走劇』 (2019年07月17日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

img_5118cda8dc16df2a060227cf73ed84401929402バーニーズNYのマディソンアベニュー旗艦店

     

 あのバーニーズNYがまたもチャプター11(民事再生法)を申請かというニュースが流れているが、同社は96年にもチャプター11を申請して以降、幾度も転売されてきた札付きの“オワコン”でありながら、なぜ今日まで生き永らえてきたのだろうか。70年代から米国ファッションビジネスをウォッチしてきた小島健輔の評価は厳しい。

引き金は旗艦店家賃の大幅値上げ

 今回のチャプター11が本気かどうか眉唾という見方があるのはマンハッタン・マディソンアベニュー旗艦店の家賃交渉の駆け引きが背景にあるからだが、既に年家賃1600万ドルの10年契約から19年2月1日付で同3000万ドルの契約に改定されている。

 表面家賃の3000万ドルに固定資産税の負担などを加えると4400万ドル以上になるとアナウンスされているから、1ドル108円換算で47億5200万円。賃貸面積がメンズ館(1〜9F)とウィメンズ館(B1〜9F)合わせて27万5000sqf(2万5575平米/7750坪)だから、月坪5万1000円ということになる。

 多層階の大型2館店舗とはいえ、マディソンアベニユーの一等立地で高いか安いかといえば、この家賃ならオフィスに貸した方がもっと稼げる。同じマンハッタンでも超一等地の5th.Ave. 711のラルフローレン旗艦店は5万3000sqf(1493.6坪)で年間2500万ドルを払っていたから、月坪家賃にすれば15万円強になる。アバークロンビー&フィッチの銀座旗艦店が11フロア計2121平米(642.7坪)で年間14億4000万円、月坪家賃18万6700円であるのと比較すれば、倍近く値上げしても法外に安いとしか思えない。

 その格別に安い家賃にも耐えられないバーニーズNYはよほど売れていないということで、あの巨艦店舗にして年間6000万ドル(年坪83.6万円!)しか売れていないという証言もある。事実、この3月には4階までに圧縮することを検討していると報道されているし、大家としても上層階は改装してオフィスかホテルに貸した方が家賃の総収入は確実に多くなる。いっそ退店してもらって全館をホテルかオフィスにしてしまうのが合理的だが、ビバリーヒルズ店もバーニーズNYに貸している大家のアシュケナージ・アクイジション社は友好的な交渉に務めていると米紙は伝えている。

旗艦店の撤退は世界的トレンド

 バーニーズNYが格別に売れていないにしても、ファッションブランドが世界各都市の旗艦店を次々に撤退しているのは疑いようのない事実だ。東京の一等地からブランドの旗艦店が次々に撤退しているのは本サイト6月5日の『採算度外視ももう限界! ブランド旗艦店が消えていく』でも詳説したが、それはNYでも香港でも同様だ。

 NYでは17年4月のラルフローレン五番街旗艦店の撤退を皮切りに、今年1月には5th.Ave. 425の老舗デパート、ロード&テーラー、Liberty St.225のサックスフィフスアベニュー・ウイメンズストア、5th.Ave. 712のヘンリ・ベンデル、5th.Ave. 680のGapが閉店し、3月末には5th.Ave. 681のトミーヒルフィガーも閉店、Madison Ave.645のカルバンクラインも閉店した。

 ブランド旗艦店は家賃負担が売上げの半分に収まればブランディング効果で赤字が容認されてきたが、それは地方や郊外への有利な出店を前提としたもので、ブランド人気が頭を打ったり、EC軸のC&Cに転換したりで新規出店が限られてくれば採算度外視で旗艦店を維持する意味もなくなる。家賃負担が売上げの半分以下に収まるとは限らず、中には家賃が売上げを上回るケースさえあり、デジタル投資と店舗の採算改善を急ぐブランドビジネスにとって役割を終えた旗艦店の撤収は避けては通れない課題となっている。

転売され続けたバーニーズNY

 バーニーズNYは上場されていないので正確な経営指標はつかめないが、フラッグシップ7店舗を含むプロパー13店舗とアウトレットストア9店舗(他にフラッグシップ内カフェレストラン6店舗)を展開しており、米業界は8億5000万ドルほどを売り上げていると推計している。

 メンズスーツのディスカウント販売からスタートしてメンズ軸のセレクトショップへと変貌。93年のマディソンアベニュー旗艦店の開設に続く全米主要都市への多店化で採算が急速に悪化し、96年にはチャプター11を申請して破綻した。その後は04年にジョーンズアパレルが約4億ドルで買収して100%子会社化したが、07年にはドバイ政府系投資ファンドのイスティマールに9億4230万ドルで売却。このときはファーストリテイリングも買収に名乗りを上げ、売却価格が当初の8億2500万ドルから高騰する結果となった。その後、投資会社のユカイパを経て12年に投資会社のペリーキャピタルが買収したが業績は回復せず、資金的にも壁に当たっていたようだ。

 日本では伊勢丹が提携して89年に100%子会社のバーニーズジャパンを設立、90年11月に日本1号店を新宿に開店した。その後は93年8月に横浜店、04年10月に銀座本店を開設したが、バブル崩壊や米国本社とのトラブルもあって赤字経営が続き、06年6月に住友商事と東京海上キャピタルのファンドに全株式を売却。両社は10年3月に神戸店、11年9月に福岡店を開設し黒字転換も果たしたが往時の勢いは盛り返せず、14年1月にセブン&アイ・ホールディングス(HD)が東京海上キャピタルから49.99%の株式を取得。15年2月には住友商事保有の株式も取得して完全子会社化し、16年9月には新たに六本木店を開設している。

img_3d577ee991e15bf668df8813367923c6945762バーニーズジャパンの六本木店

 現状、プロパー6店舗、アウトレット6店舗を展開して19年2月期では208億1000万円(前年比97.7%)の売上高、6000万円の営業赤字を計上。セブン&アイ・HD傘下となって以降のピークは16年2月期の売上高217.2億円、営業利益6億7100万円で、営業赤字の計上は今期が初めてだ。経営状態に不安はなく、資本関係のない米国バーニーズが破綻しても直接的な影響はないが、商品供給や商標権など未確定な要素が指摘される。

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終わったビジネスモデルをブランド価値で転売

 バーニーズNYは在庫を積み上げて量販するという創業時からの体質が残り、シャリバリなどNY流に洗練されたセレクトショップとは異質な存在だった。

 バイイングパワーで押し切る体質が多店化とともに増幅され、エクスクルーシブ(地域独占の品番買い切り)調達で原価を切り下げ、在庫の縦積みで量販するロジックは外せば在庫の山を作るリスクが指摘されていた。その最初のつまずきが96年のチャプター11だったが、以降も洗練された演出の影でその体質は変わることがなく、原価を切り下げるべく過大なロットでエクスクルーシブ調達し、残ればセールやアウトレットで処分する強気のマーチャンダイジングを続けてきたと推察される。

 そんなビジネスモデルはバブルな80年代(米バブルは80年代前半)にピークを打って96年のチャプター11で終わったはずなのに、ブランドイメージを引きずって投資対象として繰り返し転売された経緯は、“オワコン”となったブランドのライセンス権が転売され続けるのと酷似している。

 既に過去のビジネスモデルとなって将来性が見込めないのに再成長が可能だと錯覚され投資対象とされたことには、07年のファーストリテイリングのオファー(宣伝的フェイントだった?)や14〜15年のセブン&アイ・HDによる買収も含めて違和感があった。おそらく今日的デジタル戦略やC&Cコマースのプラットフォームに載せても再成長は難しいと思われる。なぜなら、かつてファッション業界人がこぞって憧れたバーニーズのファッションセンスそのものが “オワコン”化してしまったからだ。

img_21bc61bbc3737de836ead521a6ad1cec180181『楽天「ラクマ」のユーザー調査より』

 今どき、イタリアモードを崇拝するのは高齢層に限られるし、バブリーなハッタリを効かせたバーニーズ的NYスタイルがしゃれていると受け取る世代も「SEX and the CITY」以前に退場している。そんな現実は楽天「ラクマ」のユーザー調査に見るまでもなく、「LEON」の印刷部数やイタリア衣料輸入の凋落をみれば明らかだ。

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 既にブランドイメージさえ“オワコン”化しているとしたら、投資対象としても終わっているのではないか。そんな現在時点価値で評価するなら、ドーバーストリートマーケットの方が一桁上であるのは間違いあるまい。ブランド価値は時代がつくり、時とともに移ろうものなのだ。

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