小島健輔の最新論文

販売革新2017年8月号”Amazonの狙い” 
『ECとリアルの両雄が雌雄を決す 来るべき”天王山”が近づいた!』
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング 代表取締役

 ECの巨人アマゾンがナチュラルフーズで人気の米大手高級食品スーパー、ホールフーズマーケットを137億ドルで買収するというニュースは全米のみならず世界の小売業界を震撼させたが、買収の戦略的意図と小売業界に与える影響を考察してみたい。

■アマゾンVS.ウォルマート
 6月17日のアマゾンによるホールフーズマーケット買収発表の5分後にウォルマート・ストアーズがアパレルECのボノボスを3億1000万ドルで買収するというニュースが発表された事もあり、ホールフーズマーケットの買収はアマゾンVS.ウォルマートという図式で捉えられた。片やECから店舗小売業に手を広げるアマゾン、片や店舗小売業から次々とEC事業者を買収するウォルマート、オムニチャネル利便で流通の覇権を争う両雄の闘いも天王山が近づいてきた凄みを感じさせる‘事件’だった。
 4860億ドルを売り上げるウォルマートも既存店舗売上が11四半期連続で伸びているとは言えEC比率はまだ3%台で全社売上伸び率は0.8%に留まり(17年1月期)、27.1%増の1360億ドルを売り上げて急成長するアマゾン(16年12月期)とは成長性に大差がある。株価時価総額も2220億ドルとアマゾンの4760億ドルに大きく引き離されている(7月10日)。
 アマゾンの売上にはウェブ・サービス(9%)、第三者売上に対する手数料収入(17%)、プライム会費など(5%)が含まれ製品売上高は67%の914.3億ドルだが、第三者売上(マーケットプレイス)に対する手数料率から推計すれば流通総額は2450億ドル前後とウォルマートの過半に達する。従業員数もウォルマートの230万人(うち米国内150万人)に対してアマゾンは34万1400人と七分の一強だが、一人当たり売上はウォルマートの21.1万ドルに対して39.8万ドルと倍近い。ゴールドマン・サックスの試算によれば売上高百万ドルを稼ぐ従業員数はECの0.9人に対して店舗は3.5人も要するから、アマゾンの従業員数には相当の先行投資が含まれているか効率化の余地が大きいと推察される。
 ウォルマートは16年8月にアマゾンの将来のライバルとされる会員制ECマーケット事業のJet.comを33億ドルで買収してCEOのMarc LoreをウォルマートEC事業部のCEOに据え、着々と手を打ってEC事業を急拡大させている。EC事業の買収も17年に入って靴のシューバイ、スポーツ衣料のムースジョー、レディスアパレルのモドクロスと続き、次なる一手がボノボスの買収だったが、アマゾンによるホールフーズマーケットの買収という‘王手’の前には霞んで見える。
 ウォルマートにとって食品は売上の56%を占めるのに対してファッションはヘルス&ウェルネスの11%も下回る数%(恐らく片手程度)に過ぎず、買収したファッションECの顧客層もウォルマートとは乖離が大きく即効は望めない。アマゾンにとってファッションは15%近くを占めるが食品はまだ微々たるもので拡大余地が極めて大きく、食品の本格的拡大には全米を網羅する店舗網が不可欠だったからだ。
 国土が広く宅配コストの高い(日本の2倍以上)米国ではフルフィルメントセンター出荷だけでは競争力を欠き、全米を網羅する店舗網による「ship from store」(店出荷)と「store pickup」(店受け取り)が顧客利便の要となるが、とりわけ鮮度が要求される生鮮食品については必須要件と言わざるを得ない。常温/冷蔵/冷凍という三温度帯管理と注文から宅配や店受け渡しまで二〜四時間というスピードが求められる生鮮食品ではフルフィルセンターで全米をカバーする数百施設(でも全然足らない)の投資が膨大で、既存店舗網の活用が必須なのだ。
 
■ウォルマートのEC戦略
 ウォルマートのECは16年度第1四半期の7%増から12%増、21%増、29%増と四半期毎に上昇し、17度第1四半期は63%増と急加速している。2月に踏み切った「FREE 2-Days Shipping」(35ドル以上のEC購入は会費なしで2日以内に宅配)、4月から始めた「Pickup Discount」(EC購入品を店舗で受け取れば3〜5%割り引く)が奏功したものと推察される。
 アマゾンでは99ドルの年会費を要するプライムサービス(アマゾンでは宅配利便以外のサービスも加わる)が無料になるインパクトも大きいが、店舗で受け取れば‘送料不要’から一歩踏み込んで‘値引き’する「Pickup Discount」のインパクトも大きい。EC宅配ではラストワンマイルの物流負担が重いから、店舗までの物流で済めばコスト削減効果が大きく、嵩張る商品や重い商品では値引きも大きくなる(商品画面に割引額を表記している)。  米国民の9割を半径10マイル以内に捉える5354の店舗網(17年第一四半期末)を誇るウォルマートでは店出荷が大勢だと推察される。だからこそ「Free 2-Days Shipping」が成り立つのであり、『店舗の従業員が帰宅途中に商品を宅配する』という発想も出てくる訳だ。それもEC比率が片手に収まる段階の話で、二桁に乗ったら店舗運営の混乱は避けられないだろう。受け渡しカウンターだけで済む「store pickup」はともかく「ship from store」の作業(ピッキング〜出荷)とコストの負担は米国小売業にとって深刻な課題のようで、メイシーズのオムニチャネル戦略を挫折させた主要因のひとつとされる。
 EC比率が20%を超えて店舗とのカニバリが深刻化しているデパート業界と比べれば、ようやくEC比率が4%台に迫るウォルマートはまだオムニチャネルの恩恵を享受する初期段階にあり、「ship from store」や「store pickup」による店舗運営の負担や売場の混乱、店舗売上の減少といったマイナスはまだ意識されていないようだ。
 それはともかく、ウォルマートのEC戦略は既存の店舗網と店舗物流を活用した利便性の提供を軸に店舗への顧客誘導とニーズの掘り起こしを狙うもので、店舗小売業のオムニチャネル戦略の定石と言えよう。それにEC的なAI誘導やビックデータ活用、モバイル決済などデジタルな技術革新が加わって店舗運営の効率化が進むという構図になるのだろう。
 分かれ目になりそうなのがオープン・プラットフォームかクローズド・プラットフォームかという選択で、挫折したオムニ・セブンのようなクローズド戦略を採らずメイシーズなど他店やアマゾンなどライバルECの商品も皆、受け取ったり返品したり試したり出来るオープンなTBPP拠点を志向するなら、ウォルマートは国民的オムニチャネル拠点の地位を確立するに違いない。それこそ対アマゾン戦略の決定打だと思う。 ※TBPP・・・・Try Buy Pickup Point中身を確認したり試着してから購入や返品が出来る受け取り拠点で筆者が名付けて提案している。

■ホールフーズマーケット買収の‘真意’
 アマゾンにとってホールフーズマーケット買収の戦略的意図は何か。圧倒的な人気を得ながら多地域多店舗運営の非効率化からコストが上昇して価格競争力が翳り、四年連続の売上減少に陥っていたホールフーズマーケットの何を活用しようというのだろうか。それは以下の四点だと考えられる。 1)ブランド価値あるスーパーマーケット・チェーンを入手する事に拠る食品調達ルートの確保。とりわけ、アパー層が好む自然食品の調達ルートや評価の高いPBを入手するメリットは大きい。加えて、鮮度管理スキルや中食レシピの入手による食品小売業の運営ノウハウ入手も期待される。 2)全米436(他に英国9/カナダ11)の店舗網を活用しての「ship from store」と「store pickup」(もちろんドライブ・スルーも)の利便提供。多くが高級住宅地に立地するホールフーズマーケットはプライム会員向けオムニチャネル拠点としての活用も期待できる。 3)全米11ヶ所のリージョナルDB拠点、3ヶ所のリージョナル・コミッサリーキッチン(他に4ヶ所のベイクハウス・ファシリティズ)を拡充・効率化し、アマゾンフレッシュ/プライムパントリーの出荷拠点として活用する。収益が頭打ちになっていたホールフーズマーケットは設備投資も抑制していたから、全米展開するには多数の新規拠点開設が必要になる。 4)レジ無しAIスーパー/コンビニ全米展開の基軸とする。既にシアトルで実験運用中のレジ無しAIコンビニの運営ノウハウを確立してホールフーズマーケットに移植し、一等地にレジ列がなくレジ待ちもないAIスーパー/コンビニを全米展開して既存小売業からシェアを奪い取る。

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食品スーパーのプロではないから当たらずとも遠からずかも知れないが、それはジェフ・ベゾスとて大差あるまい。業界のジョーシキというやつは破壊されるために在る。それをアマゾンに思い知らされる日が来るのだろうか。

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