小島健輔の最新論文

商業界オンライン 小島健輔からの直言
『C&Cが広げる「EC統計のマジック」』 (2018年08月06日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 4月末に経済産業省が発表した「電子商取引に関する市場調査」(17年EC統計)での衣料・服飾雑貨ECの伸び率が7.6%に留まった(EC比率は11.54%)という数字には違和感があったが、ECに関する統計値や予測値はわが国のみならず欧米でも相当な振れ幅があり、一体いずれを信用してよいのか困惑してしまう。

 わが国の衣料・服飾雑貨ECの17年度伸び率は、個別企業のEC売上げを積算してECモールとの重複分を差し引いた正味で14.5%伸び(EC比率は12.3%)、当社主宰のSPAC研究会メンバー企業の集計では25.5%も伸びていた(EC比率は13.1%)。米国の衣料・服飾雑貨EC比率も16年で18%を超えて20%に迫っているという認識が一般的だったが、インターネットリテール・オンラインアパレルレポートは16年で23.3%、17年は27.4%まで上昇したと推計している。

C&C売上げが店舗に計上されている!

 どうして各調査でこんなに振れ幅があるのかと思案していたら、SPAC6月研究会のアンケートでC&C売上げの計上が店舗とECに分散しているのを見て腹に落ちた。C&C(クリック&コレクト)とは『ECで買って店舗で受け取る』あるいは『ECから店舗在庫を取り置いたり、店舗に取り寄せて試す』という店舗をECの利便拠点とする一方、ECから店舗に顧客を誘導するウェブルーミング効果も大きい。

 それによれば、「EC受注品の店出荷」こそ該当全社がECに計上していたものの、「EC受注品の店渡し」は3分の2、「ECからの店在庫取り置き」は6割が店舗に計上していた。「EC受注品の店出荷」はわが国ではネットスーパーを除けば極めて例外的だし、「ECからの店在庫取り置き」による売上げを店舗に計上するのは店舗在庫が売れるのだから分かるが、「EC受注品の店渡し」を店舗に計上しているのには驚いた。

 C&Cを積極的に行うアパレル企業はまだ少数で、SPACメンバー企業の回答数も限られるから全体的な傾向とは即断できないが、C&C売上げの少なからぬ部分が店舗売上げに計上されているのは間違いないだろう。

 このようなC&Cケースをどちらに計上するかでEC比率は大きく振れる。キタムラのEC比率は宅配だけだと12.3%だが、店受け取りを加えると38.0%に跳ね上がる(18年3月期単体)。C&Cが定着している英国で店受け取りをECに計上すると、衣料・服飾雑貨のEC比率が過半に迫るという驚愕する調査も出てくる。衣料小売りチェーンのECでは店出荷が過半を占める米国で、これを店舗に計上する比率が高いとEC比率は20%に届かなくても、ECに計上すれば前述した27.4%という数字になるのかもしれない。

館のショールーミング対策も振れの要因

 加えて、館側(商業施設)のショールーミング対策によるEC売上げの店レジ計上も振れの要因と推察される。

 ECから店舗へというウェブルーミングと店舗からECへというショールーミングを駆使して利便を競う今日、店舗の品揃えが限定されたり欠品すればタブレット接客でEC在庫を案内するのは必然で、売上げがECに流出する可能性は否定できない。半面でECやSNSから店舗に顧客を誘導するウェブルーミング効果も小さくないとはいえ、売上課金制(最低保証付け歩合家賃)が大勢を占める館としてはECへの売上流出を食い止める必要がある。

 自社でECモール(館ECモール)を運営している大手デベはECへのアクセスを館ECモールに限定し、館ECモールの手数料率と店舗の課金率をそろえたり、館ECモールの手数料率を高めにして(売上規模が小さいから高めになる)店舗レジに計上するよう仕向けている。店舗から館モールに飛ばした売上げも店舗レジに計上するよう誘導しているのだから、EC売上統計が振れる要因の一つと考えられる。

顧客のショールーミングは止められない

 館ECモールの店舗が欠品していた場合、顧客のデバイスからテナントのECサイト(自社サイトないしは他モール店舗)に飛ぶのを規制するのは難しい。館ECモールの品揃えが店頭在庫に限定される場合など、接客段階で顧客のデバイスからテナントのECサイトに誘導するケースが頻発していると推察される。それも一部の館では無視できない売上規模になっているようだ。

 館側としてもテナントのタブレット持ち込みを規制したり、出店契約書にショールーミング規制を盛り込んだりしているが、顧客のデバイスからのショールーミングは規制できない。EC発ブランドのショールーミングストアを導入する場合など固定家賃に割り切り始めているから、遠からず固定家賃制へ移行せざるを得ないだろう。それが困難な消化仕入れの百貨店など一体、どうするのだろうか。オムニチャネルな利便に背を向けて従来の課金体制に固執するのも限界があるのではないか。

「EC比率」という概念も消えて行く 

 顧客利便を競えばECサイドからも店舗サイドからもC&Cが急進するから、ECか店舗かという区分けは困難になっていく。さまざまなC&C利便が競われる中、統一された仕分け基準を求めるのは無理で、「EC比率」という概念も意味をなさなくなっていく。

 その一方、SNSも絡めてウェブルーミングとショールーミング、決済IDという経済圏囲い込み、さまざまな受け取り利便が競われていけば、百貨店や商業施設が売上げに課金するという仕組みの存続も難しくなるのではないか。館側としてもC&Cの現実を直視して課金体制を根源から見直すべきだろう。

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