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WWD 小島健輔リポート
『逆転する歴史の歯車
アパレルビジネスは統合から再分業へ』
(2022年08月20日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 ロシアによるウクライナ侵攻や中共による台湾恫喝で歴史の歯車は冷戦期に逆転し、80年代末期の冷戦終了以降、急進したグローバル化のご利益も今やリスクとコストに暗転した。ならば冷戦終了によるグローバル化の申し子であるSPA(自社ブランドによるアパレル製造直売専門店)もD2Cアパレル(直販アパレルメーカー)も、その存立基盤を失いつつあるのではないか。

 

■グローバル化は果実から毒林檎に

 80年代末期の冷戦終了以降、中国や東欧・ロシアなど旧社会主義圏が西側のサプライチェーンに組み込まれ、世界にデフレが輸出されて大量生産・大量消費が加速され、東西ともグローバル化の果実を享受して来た。それが08年秋口のリーマンショック以降、先進国が過剰供給した資金がBRICsなど途上国に流れ込んで経済成長が加速され、生産圏から豊かな消費圏へ変貌するに連れコストが高騰してインフレ輸出に転じ、コロナとウクライナでグローバル化の果実はカントリーリスクとコストインフレという毒林檎に変質した。

 グローバル化がデフレをもたらしたリーマン前までとは一変してグローバル化はコストインフレをもたらすようになり、コロナを契機に各国市場のローカル回帰が急進し、カントリーリスクも顕在化した。モードに立脚する欧州のSPAは「国潮」に勢いづく中共でも、貧困化してモード離れする緩抜けフィットの日本でも顕著な逆風に晒され、多くのブランドが撤退や店舗網の縮小に追いやられている。

 元よりアパレルは地域の民族文化に立脚するローカルな生活財であり、各国が経済発展と市場解放で勢いづく時期は異文化に立脚するアパレルも積極的に受け入れられるが、国力が高揚して自信過剰になれば自国ブランド信仰に転じ、国力が衰退して消費が衰えれば海外ブランドを支える基盤も崩れる。前者が今の中共であり、80年代のカルト化した日本のDCブランド信仰を想起させるが、後者が今の我が国なのだろう。

 ならばグローバル展開するブランドは直販や直卸で各国市場にローカル対応するか、ライセンシングや代理店設定でローカル分業するか、撤退するかの決断を迫られる。

 

■垂直統合から再び分業へ

 グローバル化でデフレが進んだリーマン前まではリスクよりチャンスが大きく、企画・生産・販売の全てを抱え込むSPAやD2Cアパレルが志向されたが、リーマン以降はコストインフレに転じて採算が悪化し、コロナとウクライナ以降はカントリーリスクがチャンスを上回り、企画・生産・販売の全てを抱え込んでは経営が成り立たなくなって来た。

 SPAと言っても我が国では生産・サプライを商社などに委託し、企画もOEM/ODMなど詳細は外部委託するケースが多く、全てのチャンスとリスクを抱え込んでいる訳ではない。コロナ禍では発注品の引き取りをキャンセルしたり来期に延ばすなど川中にリスクを振るケースも頻発したが、良品計画のように自社(子会社含む)で全て抱え込む体制では叩き売り同然に在庫を処分せざるを得なかった。

ユニクロのような商社との長期製販同盟、あるいはワークマンのように同一品を何年も継続するVMIサプライでは、仕掛かり在庫や生産地に積み上げた製品在庫は商社やサプライヤーが管理・負担しており(国内倉庫在庫も管理・負担しているケースもある)、ワークマンでは店舗在庫もフランチャイジー負担で本部の在庫リスクは無いに等しい。

シーズンの何ヶ月も前から遠い海外で生産して在庫を積み上げ、シーズン中に売り減らしていくリスクとコストを全て自社で抱え込むのは、想定外の事態が頻発する今日では自殺行為に近い。サプライヤーと合理的にリスクとコストを分担し、CCC(Cash Conversion Cycle)を政策的にコントロールする体制が不可欠なのではないか。商社との製販同盟やサプライヤーによるVMIはその解答と思われる。

欧米のアパレルメーカーがD2Cを志向したのもリーマン前までで、以降は直販のマーケティングコスト(賃料や人件費、物流費、広告費)が肥大して粗利益を食い潰して収益率が低下し、企画・生産に徹したホールセールやライセンシングを各国市場で使い分けるグローバル化以前のような分業に回帰する傾向が見られる。ヘインズアパレル(「チャンピオン」「ヘインズ」)やギルダンアクティブウエアなど販管費率の低いホールセールに徹して高収益を上げており、肥大する販管費を度重なる値上げで支えるラルフローレンなどD2C比率の高い(22年3月期で63.4%)ブランドアパレルとは好対照を為している。

欧米のホールセールアパレルの多くは補給在庫を抱えて在庫回転が遅くCCCも効率的ではないが、我が国のOEM/ODMアパレルは在庫の手離れが良く極めて高回転で、CCCを政策的に運用すれば画期的な高収益経営が期待できる。ポストSPAの川中事業者として最も有利な分業ポジションにあるのではないか。

 

■直販コストの高騰をどう吸収するか

 ブランドアパレルが付加価値を最大化し販管費を最小化しようとすれば、ライセンシング、ホールセール、店舗直販、オンライン直販の合理的なバランスを各国ローカル市場ごとに模索することになる。世界共通の独資直販体制を確立しているブランドなど片手で数えるほどで、ほとんどのブランドはライセンシングやホールセールエージェントと直販を各国で使い分けている。日本市場を直販に切り替えたバ―バリーとて世界で直販している訳ではなく、国やカテゴリーによってはホールセールやライセンシングで対応している(22年3月期で直販80.4%/ホールセール18.1%/ライセンスロイヤルテイ1.5%)。直販化が進んだケリングでもグッチは直販比率が91%に達しているが、サンローランは77%、ポッテガヴェネタは78%に留まる(22年上半期)。

 最もコストが低く儲けが大きいのがライセンシング、次がホールセールで、店舗直販は最もコストが高く投資や在庫のリスクも抱えることになる。大型旗艦店を核に店舗直販していくスタイルは00年代までで、以降はコスト倒れになって撤退するケースが増えている。オンライン直販でもモール出品は店舗直販と大差なく高コストだが、自社運営サイトだと10ポイント以上、コストが低くなることが多い。価格帯と物流費で大差があり、低価格帯では倉庫出荷で宅配便を使う限り自社運営メリットは薄いが、店舗在庫引き当ての店渡し/店からローカル出荷に徹すれば大きくコストを抑制できて店舗売上も伸ばせる。

 コロナ禍では店舗の多くが休業してオンライン依存度が劇的に高まったが、複数のモールサイト倉庫に在庫を分散して棚入れし、宅急便で出荷するコスト度外視なやり方は緊急退避的な方便だったと反省すべきだ。ならばポストコロナを見据えたOMOはコストと顧客利便を両立する店舗在庫引き当てのBOPISとならざるを得ない。

 急ピッチなコストインフレを値上げでカバーするのも、調達コストと販管費の肥大を付加価値の上乗せで補うのも限界があり、採算に合わないコストセンターを切り離す決断が求められる。SPAにとっては仕掛かり・補給在庫のサプライヤー分担(VMI)、ブランドアパレルにとっては店舗販売の切り離しが突破口になるのではないか。

 グローバル化がデフレという果実からインフレとカントリーリスクという毒林檎に変質した以上、グローバル統一展開など不可能できめ細かいローカル対応が必要になり、コストとリスクを冷静に見極めれば直販よりフランチャイズやライセンシング、ホールセールという選択もある。そんな歴史の反転を正視しないで垂直統合とグローバル統一展開という過去の幻影を追い続けてはコストが嵩んで事業が成り立たなくなる。歴史の歯車が逆転しパラダイムがひっくり返った以上、過去の成功体験と事業構造は一度、白紙にしてゼロから再構築するべきだろう。

※OMO(Online Merges with Offline)…ネットと店舗の垣根を超えた連携を意味し、ウェブルーミングから店取り置き、EC注文品の店渡しや店出荷で顧客利便と在庫効率を高め物流コストを抑制するリテール戦略。

※BOPIS・・・Buy Online Pick-up In Storeの略で、ネットで注文したり取り寄せて店舗で試したり受け取る購入方法。英国ではClick&Collectと言う。

※VMI(Vendor Managed Inventory)・・・あらかじめ定めた陳列棚割と販売計画に基づいてベンダーに在庫管理と補給・補充生産を委任する取引形態。同一商品を継続補給する「台帳型サプライ」が一般的だが、アクセサリーやベルトなど服飾雑貨では類似アイテムをリレー供給する「トコロテン型サプライ」も多い。

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