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商業界オンライン 小島健輔からの直言
『今、女性の下着に何が起こっているのか』 (2019年05月20日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

img_befc395b1e6f47d8a7d1185f03966f38583207「ヴィクトリアズ・シークレット」のファッションショー 〔写真〕ゲッティ イメージズ

 米国ではセクシーな下着の不人気で「ヴィクトリアズ・シークレット」が毎年恒例のランジェリーショーのテレビ中継打ち切りに追い込まれ、わが国でも一時はセクシーイメージで人気だった「ピーチ・ジョン」の不振でワコールホールディングスが巨額の減損処理に追い込まれて97%の減益(連結純利益、営業利益も58%の減益)決算になり、アツギはストッキングの不振で31億円の赤字(純損失、営業損益も9億円の赤字)に転落した。一体、女性の下着に何が起こっているのだろうか。

“セクシー”から“ヘルシーナチュラル”へ

 2001年からテレビ放映が始まった「ヴィクトリアズ・シークレット」のド派手なランジェリーショーは11年のピークには1030万人が視聴したが、17年には537万人まで減り、18年は327万人まで減少してテレビ放映の打ち切りに追い込まれた。打ち切りに至った背景は視聴率の低下だけでなく、販売不振による収益の低下も大きかったと思われる。

「ヴィクトリアズ・シークレット」の売上げピークは17年1月期の77億8100万ドル、営業利益ピークは16年1月期の13億9100万ドル(営業利益率18.1%)で、19年1月期は売上高73億7500万ドル、営業利益4億6200万ドル、営業利益率6.3%に低下している。既存店売上前年比(EC/カタログを含まず)も16年1月期の105から17年1月期は99、18年1月期は92、19年1月期も94と勢いを失い、年間坪効率も16年1月期の3万741ドルから19年1月期は2万6934ドルに落ち込んだ。

img_30344344b58175579130da89eadee235737680最盛期のヴィクトリアズシークレット

 その一方でアメリカンイーグルの「エアリ」は16年1月期120、17年1月期123、18年1月期127、19年1月期129と既存店売上げ(ECを含む)をぐんぐん伸ばしてきたから、“セクシー”から“ヘルシーナチュラル”へと米国女性の下着の嗜好が大きく転換したのは間違いない。「ヴィクトリアズ・シークレット」もティーンズラインの「ピンク」を展開しているが、“ドームウエア”コンセプトの「エアリ」のようなライフスタイル感を欠き、「ヴィクトリアズ・シークレット」のインブランドを出られなかった。
     

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 機能性でも「ルルレモン」などのアスレジャーブランドに顧客が流れ、デザインコンシャスで割高感があり機能面も弱い「ヴィクトリアズ・シークレット」は品質やサービスの劣化もあって人気を落としていったと思われる。

日本では“セクシー”も“モテかわいい”もアウト

 わが国では米国より先行してセクシーイメージの下着ブランドが人気を失い、既存店売上げが軒並み前年を割り込んでいったが、その最たるものがワコールホールディングスが08年に完全子会社化した「ピーチ・ジョン」だった。

 人気絶頂だった06年の売上高173億円が11年には117億円まで落ち、以降は一進一退を繰り返して18年3月期には108億円、19年3月期は105億円に落ち、商標権およびのれん56億3900万円の減損処理に追い込まれた。

「ピーチ・ジョン」の買収には245億2340万円を要したが収益には貢献せず、11年3月期まで計74億8900万円の損失を計上。13年3月期にも27億円、15年3月期にも62億9600万円の損失を計上しているから、今回の56億3900万円を合わせて221億2400万円を失ったことになる。セクシーイメージの下着ブランド買収は時代の価値観やライフスタイルに逆行し、ワコールに巨額損失を強いる結果となった。

img_97c9845dcc878ea7dfdb712d5ee063b71200065ヴィクトリアズ・シークレットを意識した最盛期のピーチ・ジョン

「ピーチ・ジョン」に限らず女性下着ブランドは大なり小なり“セクシー”あるいは“モテかわいい”を売ってきたが、少子高齢化で女性の戦力化が急進する中、アパレルも下着も機能性要求が強まり、“セクシー”も“モテかわいい”も敬遠されるようになったというのが実情ではないか。モテ系OLが急減してキュートエレガンス〜キュートモード系アパレルブランドの売上げが落ち込み、サマンサタバサの業績が悪化して社長交代に追い込まれたのも、ヒップラインを強調したジーンズブランドやパンツブランドが売上げを落としたのも、みんな同じ変化によるものだ。

 そんな変化に最初に直面したのがストッキングで、90年代から消費が減少し始め、近年はピークの5分の1以下に低迷していた。ストッキング大手アツギが19年3月期に31億円の最終赤字に転落したのも、直近の販売不振に加えて積み上がった在庫と余剰化した生産設備を減損処理したためで、長年のストッキング凋落を清算したものといえよう。

 女性の社会戦力化とともにアパレルに求められるものも“セクシー”や“モテかわいい”から機能性や動きやすさに変化し、スカートからパンツへ、スカートもパンツもヒップラインを出さないプリーツスカートやワイドパンツあるいはスカーチョに移行し、それとともにストッキングも役割を終え、下着も不要な色気や装飾を削いだ機能的で肌になじむナチュラルなものに変化している、と理解すべきだろう。

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国民総労働力化がもたらすライフスタイル革命

 少子高齢化する日本社会を支えるべく国民総労働力化が急進し社会負担が重くのしかかる中、生活と生計に追われてライフスタイルが急変しており、とりわけ就業率が急上昇する女性の変化が際立っている。

 共稼ぎや母子家庭などが普通になって勤労核家族の家事分担が崩れ、スマホをキーデバイスとした個人行動が中心となってだんらんのテレビ視聴時間が減り、家庭での調理が減って手軽な外での個食や中食が広がり、下着やアパレルに限らず食物販やフードサービスまで雪崩打つように急変している。時間消費や持ち帰り労働を強いないECが生活に定着し、送料負担を回避し実地に商品を試すべくC&C(クリック&コレクト、店受け取り)が急速に広がりつつあるのも、そんなライフスタイル変化が背景となっている。

 女性はもはや家事や育児を分担して家庭を守る良妻賢母、あるいは愛嬌を振りまく職場の花であるはずもなく、家族の食事のためにスーパーマーケットに足繁く通い、井戸端でコミュケする“主婦”でもなくなっていく。そんな現実を直視するなら、アパレルも下着も食品もフードサービスも根本から商品も提供方法も変えて行かざるを得ない。女性下着を取り巻く一連の出来事は、そんなパラダイムシフトを告げているのだろう。

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