小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『壁に当たった都心型ブランドとファッションシステム』
(2020年09月02日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 コロナ禍の長期休業が明けた6月はセールの前倒しと定額給付金効果で回復したアパレル消費も7月は一転して冷え込み、商品の性格や価格帯、店舗の立地で明暗が際立っている。明暗を分ける要素は何か、それは秋冬以降も続くのか、ファッションビジネスはどう変わるべきかを検証してみたい。

都心と地方や郊外の効率格差が急激に縮まった

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 6月、7月の販売結果を見ると、大都市中心部の百貨店や駅ビル、ファッションビルの落ち込みが大きい一方、地方や郊外の百貨店やSC(ショッピングセンター)は回復が早かった。上場アパレル企業の売り上げを見ても、主力とする出店立地によって同様の傾向が見られる。まとまった傾向がはっきり見えるのが、日本ショッピングセンター協会(以下、SC協会)が発表している月次情報だ。

 SCテナント全体の売り上げが前年実績に比べて4月76.2%減、5月69.1%減、6月17.1%減、7月19.9%減と推移する中、大都市中心地域のテナントは4月85.2%減、5月82.6%減、6月30.5%減、7月32.5%減と落ち込みが大きい一方、周辺地域のテナントは4月74.3%減、5月64.5%減、6月12.4%減、7月15.0%減と落ち込みが小さく回復も早かった。結果、大都市中心地域テナントに対する周辺地域テナントの坪あたり販売効率の格差も、18年通年の46.7%、19年通年の47.9%から20年1〜7月は単純平均で57.9%まで縮まり、コロナ禍の3月以降に限れば62.8%まで接近している。

 同じくSC協会が毎年発表している「SC白書」20年版(19年集計)の物販テナント平均総合賃料(共益費なども含む)では、中心地域駅ビル(大都市と限っていない)の月坪5万968円に対して周辺地域商業ビル(主に郊外SC)は月坪1万3321円と大差があるから、販売効率の格差が縮まっていけば周辺地域施設の方が採算をとりやすくなる。

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衣料消費は都心集中から生活圏へ分散

 企業別や施設別の売り上げを見ていくと、「都心」から「郊外」だけでなく、郊外でも「大型モール」から「生活センター」へ、「商業施設」から「フリースタンディング」へという消費の移行が見える。

 SC協会には「生活センター」という区分はなく、広域型の重装備な大規模モール(鉄骨鉄筋コンクリート建築で家賃も管理費も高くて客数も密)に対して、生活圏型の軽装備な中小規模ショッピングセンター(軽量鉄骨建築で家賃も管理費も安く客数は疎)を指して使ってみた。米国では前者を「クローズドモール」、後者を「オープンエアセンター」と区分しているが、空室率はコロナ前からクローズドモールの方が高かった。

 ロックダウン中もオープンエアセンターは食品スーパーやドラッグストアなど「エッセンシャルストア」(生活必需品店)の入居比率が高いこともあって営業を継続した施設が多く、ロックダウンで長期休業してテナントの退店が広がったクローズドモールとの格差は一段と広がった。エアロゾル感染リスクが低く3密回避のソーシャル・ディスタンシングも取りやすいオープンエアセンターの優位はロックダウン解除後も変わらず、ウイズコロナが長引く中、家賃の格段の安さと営業の自由度もあってクローズドモールからシフトするテナントチェーンが増えている。

 オープンエアセンターの多くは平面駐車場を多数の店舗が囲む「ストリップモール」でもあり、各店舗に直接に車を乗り付けられるから、カーブサイド・ピックアップ(ネットで注文・決済して店舗の駐車場で受け取るクリック&コレクトサービス)にも容易に対応できる。クローズドモールでは店舗がグラウンドフロアにあってダイレクトパーキングが可能でも、日本ではSCの出入り自体に大変な時間を要するから、設計段階からカーブサイド・ピックアップ用のバイパスレーンを設けないと実現は難しい。私はもう何年も前から大手SCデベロッパーに提言しているが、誰も聞き入れてはくれなかった。

 家賃※1.も格段に安く営業の自由度が高いのが生活道路沿いのフリースタンディングで、客数が限られ3密とは無縁だが、販売効率が低くても儲かる仕組みを作れば砂漠のサボテンのような強さを確立できる。ウイズコロナでも既存店が伸び続けるワークマンや西松屋、急浮上のファッションセンターしまむらがその典型で、ユニクロも90年代まではローカルのロードサイドに布陣していた。銀座で6月に開店した「ユニクロ トウキョウ」など過度な都心シフトはコスト体質をインフレさせる失策と危ぶまれる。

 コロナ前までは家賃が高くても集客してくれる「館」に依存するメリットがあったが、ウイズコロナで3密回避が続き生活圏への消費分散が進むと採算が取れなくなる。都心から郊外へ、大型モールから生活センターへ、究極は生活道路のフリースタンディングへと衣料消費の場が移り、販売効率と不動産コストのバランスも一変していく。

 ※1.ロードサイド店舗は、かつては15〜25年のリースバック(地主に保証金を入れて建ててもらう)が多かったが、借地借家法の改正以降は定期借地契約(借り手が借地に自分で建てる)が主流となった。定期借地契約の残存期間を転貸するケースも多く、割安に借りられる。

ライフスタイルもファッションも変わる

 衣料消費の場が生活圏に分散する契機は、緊急事態宣言下で都心の仕事軸から郊外の生活軸へライフスタイルが一変したことだが、コロナ以前から衣料品のカジュアル化とファッション離れはじりじりと進んでいた。

 ビジネスシーンでスーツが「ジャケット+スラックス」の“ビジカジ”になったかと思うまもなく「ブルゾン+カジュアルパンツ」の“カジビジ”やトラックスーツ同然の“アクティブスーツ”になり、今や非正規労働者の通勤着は「マンパ(マウンテンパーカ)+ジャージーパンツ」の“アスビジ”(アスレジャービジネス)となった感がある。それは革靴やパンプスからスニーカーへという通勤靴の劇的変化を見ても明らかだ。もはや革靴やパンプスの強要はパワハラと批判されかねない段階まできており、スーツや“ビジカジ”を要求するのも難しくなりつつある。

 カジュアル化と並行して進んだのが「服装マウンティング」の衰退であり、コロナ禍を契機に劇的な変化を見せている。

 都心の仕事社会やナイトシーンで所得と感性の服装マウンティングを競う必要は急激に薄れ、トレンドやクリエイションを追ってお洒落する意味もなくなりつつある。生活圏でライフスタイルを謳歌するのにマウンティングを競うおしゃれは不要で、シーンと仲間になじむ普段着のおしゃれや機能性が求められる。そんなアフターコロナ社会ではファッションの役割が一変し、高価なブランド服や服飾品(高級腕時計の売り上げは激減している)、仲間から浮いてしまうデザイナー服の需要は急速に細っていくだろう。

 ならば、都心の百貨店や駅ビル、ファッションビルに感染リスクを冒してまで出かける必要はないし、普段着のおしゃれならECや生活圏の店舗で充分だ。となれば、衣料品に使う費用も単価もこれまで以上に下がっていく。

価格の常識もコストも急速にデフレしていく

 アパレル商品の価格帯を、カジュアルパンツを例にざっくり分けてみると、以下のような7段階になるのではないか。

(A)ラグジュアリーブランド級……6万円〜
(B)ベターブランド級……2万5000〜4万5000円
(C)ナショナルブランド級……1万2000〜2万2000円
(D)駅ビルブランド級……5800〜9800円
(E)SCブランド級……2900〜4900円
(F)ホームセンターブランド級……1480〜1980円
(G)プライスライン オフプライスストア級……580〜980円

 今日のマスマーケットはユニクロに代表される(E)SCブランド級が主流で、これより上にはワンブランドで売り上げ1000億円以上のブランドは存在しない。(D)駅ビルブランド級はせいぜい200億円が限界で、法外に割高と認識されるようになった(B)ベターブランド級や(C)ナショナルブランド級は急速に市場がしぼんでいる。(A)ラグジュアリーブランド級とて、インバウンドが復活しない限り衰退は避けられない。

 アフターコロナ社会で新たなマスマーケットとなるのは、ユニクロが高すぎると感じる多くの顧客を吸収する(F)ホームセンターブランド級だ。ワークマンがその代表格だが現状ワーク&アウトドアに偏っており、今後はフェミニン&ナチュラル系など1000億円級のブランドがいくつか台頭するに違いない。
ホームセンターブランド級でも手が届かないという人々は(G)プライスライン・オフプライスストア級に流れるだろう。ホームセンター級ブランドを半額程度のオフプライスで売る業態で、西東京圏郊外に展開するタカハシが注目される。SCブランド級以上の名の知れたブランドを「正価」からのオフ率で訴求する一般のオフプライスストアとは根本的にニーズが異なり、ブランドではなくアイテムの絶対安価が求められる。

 コロナ禍で所得や雇用が脅かされた人々は社会保障への不信感もあって貯蓄性向を高めており、とりわけコロナ以前から消費性向が低下していた20〜30代の独身者に顕著だ。ファッション消費を支えてきた20〜30代が生活防衛でファッション離れし、普段着と低価格品(あるいは古着)にシフトしていけば、最も打撃を受けるのは(D)駅ビルブランド級だ。衣料消費が都心のターミナルから生活圏にシフトし、ワンランクあるいはツーランク下に移行するとすれば、アパレルビジネスのコストバランスは一変してしまう。

 価格帯が低くなる分、家賃などコストの安い立地に店舗を移し、ECと一体に店在庫を引き当てるクリッック&コレクトで顧客利便と在庫効率を高め、低価格でも期待以上の品質を確保すべく歩留まり率が高まるよう、調達ロットを小口化してリードタイムを短縮するか、スマートファクトリー軸のVMI※2.を仕組み、大ロット一括調達なら来シーズンも定価が通る定番に限定する。どちらにしても値引き販売でなくEDLP(常時低価格販売)に徹し、クリック&コレクトとテザリング※3.で在庫効率と物流効率を最大化するべきだ。

 駅ビルやSCで調達原価率を16〜27%に抑えて当初「正価」を割高に設定し、値引き販売が常態化しているようなアパレルチェーンがアフターコロナ時代に生き残る可能性は限りなくゼロに近い。抜本から禊いでコスト構造を変えるか、破綻して悲劇を広げる前に事業を手仕舞うべきだろう。

※2.VMI(Vendor Managed Inventory)…あらかじめ定めた棚割に基づいてベンダーに補給と在庫管理を委任する取引形態
※3.テザリング…店舗間で在庫を融通して在庫効率を高めるローカル・ディストリビューション手法で、修理加工の集約やC&Cの店出荷と連携される

「多産多死のインフレ・ファッションシステム」から「需給一致のデフレ・サステナブルシステム」へ

 コロナの終息が見えずウイズコロナの生活が長引く中、人々は都心の仕事軸から郊外の生活軸へと一変したライフスタイルを当分継続するしかない。そんな生活が続けば人間関係も社会関係も変わり、いずれ人生観まで変わっていくから、消費スタイルも根底から変わってしまう。

 その変化は「使い捨て大量消費のインフレ人生」から「エシカル消費のサステナブル人生」へといえるのではないだろうか。

 日本の経済も社会も青春期は1973年(石油ショック)までで、働き盛りも91年(バブル崩壊)で終わり、2008年(リーマンショック)で定年退職して年金生活に入るはずだったのが、少子高齢化で急速に老いていくのを無理押しインフレ政策で老体にむち打ったのがアベノミクスだった。コロナショックでそれも破綻し、雇用も生計も根底から脅かされ、財政も太平洋戦争敗戦時(国家負債はGDPの250%)まで悪化した。

 もはやこれ以上老体にむち打つのは困難で、無理せず雇用と生計と社会インフラを維持することに注力するしかない。となれば投資も消費も抑制し、ポスト・アポカリプスなリサイクル文明の構築を急ぐべきだろう。建前の美辞麗句でなく、社会と生活の根元からサステナビリティの実現が問われているのだ。

 ならばファッションビジネスも、付加価値を増幅し使い捨てをあおる時代錯誤な「多産多死インフレ・ファッションシステム」を卒業し、エシカル消費の「需給一致デフレ・サステナブルシステム」に転換するべきではないか。もはや付加価値をあおってもコストに見合わず、値引きと売れ残り在庫に苦しむだけだとしたら、抜本から思考を切り替えた方がよい。

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