小島健輔の最新論文

マネー現代
『百貨店が「高い」のはなぜ…? プロが明かす「不都合な真実」と「変わる現場」』
(2022年04月13日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

専用伝票と専用値札のムリ・ムダ

百貨店各社が専用伝票だと、納入業者は多数の異なる帳票から手入力したりデータ変換しなければならず、違算も生じて締め日前には照合で深夜残業も頻発する。

統一伝票自体は百貨店は74年から、チェーンストアは75年から導入されたが、チェーンストア業界がJAN(日本版世界共通商品識別)コードを軸に標準化を進めて、80年代にはEDI(電子データ交換)に移行しBMS(取引情報標準化)が確立されたのに対し、百貨店業界はJANコード切り替えが遅れ専用伝票が残ったままEDIも専用化してしまい、いまだFAXや紙伝票も残って百貨店も納入業者も「情流」の効率化に取り残されている。

チェーンストア業界が「情流」のEDI化とBMS化によって90年代には「物流」の効率化に移行したのに対して、百貨店業界は95年にJANコード標準値札が制定された後も各百貨店の独自値札が継続されて互換性が成り立たず、委託取引(00年以降は消化取引に移行)にともなう煩雑な回収〜再納品時に百貨店値札を取り替えるという手間が発生し、物流のコストと時間がかさんでいた。

著者が92年にレナウンが鳴り物入りで開設した習志野の巨大物流センター(06年にプロロジスに売却)を取材した時、百貨店から返品された商品を検品してタグを付け替え(必要なら再プレスして)再出荷するまでの気の遠くなるような人海作業とコストを知って、『この会社はいつか潰れる』と直感したのを覚えている。

そんな非生産的徒労をいまだ強いていたとは、百貨店業界は永遠の暗黒大陸と言うしかない。

委託取引伝票の笑えない悲喜劇

百貨店各社の専用伝票は委託取引時代に多くの悲喜劇をもたらした。

まずは「委託取引」と「消化取引」の違いを知って欲しい。

「委託取引」では納品された時点で商品の所有権が百貨店側に移るから、商品を他の百貨店に回すには返品伝票に百貨店担当者の捺印をもらわなければならない。

「消化取引」なら商品の所有権は販売が成立した時点で百貨店側に移るから、売れる前なら納入業者の意思で(百貨店担当者の捺印不要)引き取って他の百貨店に回せる。

「委託取引」と「接待」

オンワード樫山は90年代から「消化取引」への切り替えを進め、00年のそごう倒産時にも店舗に入って商品を回収できたが、切り替えが遅れたレナウンは商品を回収できず大きな痛手を負った。

そごう倒産を契機にアパレル各社が「消化取引」へ切り替えたのも必然だったが、実はもう一つの要因があった。ホストクラブに勤める若者はラッパ飲みの常習で健康を害することが多いと言われるが、実は90年代までの百貨店アパレル営業マンも似たような境遇に置かれていた。

「委託取引」では商品の移動に百貨店担当者の捺印が必要で、手早く好調店に売れ筋を移すには百貨店担当者の接待が必定だった。商品を突っ込むにも引き揚げるにも伝票への捺印が必要で、業績を上げようとすれば度々の接待と飲酒が避けられず、それで体を壊した営業マンも多かった。

人間関係が広がる深まるというメリットもあっただろうが、健康には代えられない。

若い時には出なくても壮年期になって肝硬変や肝癌を発症する悲劇もあり、状況を察して「消化取引」への切り替えを急いだアパレルと「委託取引」を放置したアパレルで業績が開いたのはもちろん、社員の健康状態や健保組合の負担にも差が付いた。

「黒服」はメッキリ減った

ホストクラブはともかく女性が接遇するクラブやキャバクラでは「黒服」は「キャスト」を支える黒子として不可欠な存在だが、百貨店の「黒服」は顧客にも取引先にも評判が宜しくない。

派遣店員が頑張って販売している横で腕組みして監視している印象が悪いからなのだろう。

百貨店御用達のマダムたちが集まる場でも、『お給料の高い「黒服」が何もしないで立ってるから百貨店は割高になるのよね』など辛辣な指摘を聞いたことがある。何もしないで立っているだけではないのだが、業界に精通している者としても「黒服」を弁護するのは難しい。

実は「黒服」には3様の立場がある。若々しいのはフロアの運営を管理する売場主任や係長であり、「立っている」のではなく混雑状態や売場要員・レジ要員の逼迫などを監視して顧客の利便と安全を図っている実務者だ。

お偉方風なのには二様があり、ホントに高位の店長や部門長、時には社長や会長も売場を巡回している。エグゼクティブ風でも物腰が柔らかいのが「階長」(立場は察してください)で親切に案内してくれたりもするが、偉そうに腕組みしている役職不明な「黒服」も存在する。

00年代初頭までは確かに「黒服」が目立っていたが、リーマンショックや合併を経て人員整理が進み、近年はメッキリ減った印象がある。もはや「高給取り」でもないのだろうから目くじらを立てる必要もないと思うが、彼らが現実を直視して革新しなかったから百貨店が没落したのだと思うと、「ただ立っていた黒服」と揶揄したくもなる。

「情流」「物流」「商流」の逆行悲劇

話はBMSとEDIに戻るが、どちらも「情流」であって、それが整わないと「物流」も効率化できないが、それ以前にすべてを左右するのが「商流」だ。「商流」が非効率なまま、「情流」や「物流」に設備投資しても見返りは期待できない。

前述したレナウンの「習志野インテリジェント・ジャンクション」は不合理な「商流」と噛み合わない「情流」のまま、延べ床面積10万9000平米に自動ハンガー搬送システムなど省力マテハン機器やトレーニングジム、東京湾一望のレストランなど400億円を注ぎ込んだが、業績の下降で稼働率は低下の一途を辿り、06年の売却に至った。ほとんど戦艦大和みたいな愚行だが、似た様な話は近年も頻発している。

ユニクロは18年10月、ダイフクと組んで有明にロボットピッキングシステムを装備した巨大自動化倉庫を開設したが、「入庫生産性80倍、出庫生産性19倍、保管効率3倍、ピッキング作業者の歩行数0歩、RFID自動検品精度100%」を実現しても、店舗物流とEC物流を分離してしまうというOMO(店舗とネットの一体化)に逆行する戦略ミスが指摘される。

前後してグローバルSPAのライバル、INDITEX(ZARA主体)は各国のEC出荷倉庫を順次全廃して店舗在庫引き当てによるローカル店出荷・店受け取り体制に切り替えると決断しており(21年末までに完了した)、22年1月期EC売上が75億ユーロ(約9780億円/EC比率27.0%)に達して24年には30%への到達を見込む一方、店舗軸OMOへの決断が遅れた国内ユニクロの21年8月期EC売上は1269億円(EC比率15.1%)に留まったことを見ても戦略ミスは明白だ。

革命的転換が問われている「百貨店業界」

百貨店業界は非合理な「商流」慣習を温存したまま、売上減とコスト増を納入掛け率切り下げに転嫁して売価を切り上げて来たツケがリーマンショックで露呈し、コロナ禍で業績が底割れした。

21年の百貨店売上は5.8%増加したが19年比では76.4%(衣料品は63.9%)と回復は遠く、今年1月、2月も底這いで、まん延防止等重点措置が下旬に解除された3月こそ9掛けに迫ると期待されるものの、事業構造の行き詰まりは否めない。

「情流」「物流」の前に「商流」の革命的転換が問われているのではないか。

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