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マネー現代
『ショッピングモールの「闇」…じつは店によって「家賃」が何倍も違っていた!?』
(2020年12月24日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

借り手によって何倍も違う「家賃実態」

マンションやオフィスを借りるのに、同じような物件の家賃が借り手によって何倍も違うなどあり得ないが、ショッピングモールではそれが常識だ。

同じフロアで月坪数万円の家賃で出店している店がある一方、月坪数千円の家賃で出店している店があるなど通常の賃貸常識ではあり得ないが、ショッピングモールの世界では珍しくない。

同じショッピングモールの中で6〜8倍の家賃格差があるのは普通で、外資系チェーンが出店しているような広域大型ショッピングモールなら10倍近い格差もあり得る。

マンションやオフィス、あるいは街中の店舗物件は仲介業者や仲介サイトで家賃条件が流通しているから市場の実勢賃料に収斂するはずで、実勢賃料より割高な家賃を設定すれば借り手がないし、実勢賃料より極端に安い物件があれば曰く付きの事故物件か瑕疵物件に違いないが、それでも相場の半額などはあり得ない。

だが、ショッピングモールでは半額どころでない優遇条件を提示される店がある一方、定価(公式条件)で出店する店もあり、不透明・不公平な恣意的家賃設定が普通に横行している。

「目玉テナント」への優遇条件

そんな極端な格差がある以上、貸す側の商業施設デベロッパーは借り手のテナント企業に家賃条件の守秘を強く求めるから、家賃条件が藪の中になって市場原理による実勢賃料が形成されず、ますます不透明・不公平になっていく。

テナント側もそんな事情は薄々知っているから、あの手この手で交渉するが、全てが秘密のベールの中だから自店の条件が有利なのか不利なのか比較することもできず、疑心暗鬼のまま出店を決めてしまうのが実情だ。

ショッピングモールとて不動産投資だから設定利回りに基づく投資回収計画から全館の家賃総額や平均家賃水準は決まってくるし、それをフロア別・業種別に割り振ってゾーニングするところまでは大型の商業ビルと大差ない。

違うのはテナントの構成・配置を立案する段階で、集客力を高め商圏を広げてライバル施設に差をつけるべく戦略的な「マーチャンダイジング」が組まれることで、一般テナントのリーシングを容易にすべく、集客力ある大型店や話題の人気店など「目玉テナント」を先行して誘致する。

「目玉テナント」とはその店が出店するなら他の店も追従するような実力店や人気店で、出店してもらうためには極端な優遇条件も提示される。それは一般のオフィスビルや商業ビルでも珍しくないが、敷金や保証金を減額したりフリーレント期間を設けることはあっても家賃を半分とか三分の一にするなどあり得ない

売上手数料制(「歩率」と言う)の百貨店では人気のラグジュアリーブランドと大手アパレルのNB(ナショナルブランド)で「歩率」に数倍(8%〜40%)の格差が開くが、人気ブランドは販売効率が格段に高く坪売上に「歩率」を掛けた結果家賃は不人気のNBを大きく上回るから、家賃に不合理な格差があるわけではない。

ECファッションモールの売上手数料率も出店した時期や売上規模、人気で格差があるが、せいぜい24%〜40%の範囲(在庫を預かって出荷するフルフィル契約の場合)で、売上貢献度や提供するサービスに見合っている。

半分、三分の一、四分の一…

それらに比べればショッピングモールの目玉テナントに対する優遇家賃は極端で、坪あたり家賃が公式条件で出店する一般テナントの半分とか三分の一、時には四分の一になることも珍しくない。

百貨店のように「歩率」を優遇しても販売効率が高く結果賃料が水準を上回るなら良いが、外資アパレルチェーンの多くは販売効率が低く(ユニクロの3〜6掛け)、ユニクロ並みの優遇レートでは結果家賃は微々たるものになる。それでモールの一等地に大きな面積を割いているのだから、不合理・不公平は否めない。

売上も家賃も稼げない風評(イメージ)人気だけのテナントを極端に優遇すれば、その分を一般テナントの家賃に上乗せせざるを得ないから出店交渉が難しくなり、結果として必要な業種・業態が揃わず歪なテナント揃えになりがちだ。

空き区画が急増するリスク

家賃の極端に安い大型店や風評人気店を優先して大面積を割けば、一般テナントのスペースが圧迫され家賃条件も高くなって必要なバラエティが揃わず、顧客の利便が損なわれて集客力や足元占拠率も不安定になる。

コロナ禍でリモートワークが定着する中、ライフスタイルも消費も生活圏に収斂しており、ショッピングモールも広域を志向するより足元の日常ニーズにきめ細かく対応することが求められているが、逆行するショッピングモールも少なからず、そんなモールほど恣意的な家賃の不公平が大きい。

戦略的な「目玉テナント」優遇は商圏を広げライバル施設と差別化するメリットは大きいが反面のデメリットも多く、あまりに恣意的で不透明な家賃条件格差はテナントの利益を損ない出店リスクを高めるばかりか、商業施設の経営も不安定にしてしまう。

コロナ禍でECシフトが急加速して店舗売上が激減し、テナントの家賃減額要求や撤退が広がる中、隠蔽された不透明な家賃条件のままでは適正な実勢賃料(市場価格)も形成できず、空き区画が急増することが危惧される。

コロナで変わる…のか?

少子高齢化が進み増税や社会保険料で手取りが減って消費が冷え込む中、ショッピングモールも新規開発が激減し、近年は空き区画への出店が過半を占めるようになっていた。

コロナ禍で急増する退店が空き区画を増やせば新規出店も大半が空き区画になるから、商業施設デベロッパー自ら出店希望者を募って交渉する閉鎖的な直接流通から、一般の商業物件と同様に家賃条件を含む物件情報が公開される仲介流通へ、ショッピングモール出店も一変するかも知れない。

退店が半端なく広がっている飲食店では居抜き出店など仲介流通がショッピングモールにも浸透し始めており、アパレル店など物販店に波及するのも時間の問題と見る。

ならば宅地建物取引業法による「重要事項説明義務」が厳密に履行され、来店客数や売上実績の誇大表示もなりを潜め、出店時や退店時の様々な費用負担も詳しく明示されてテナント出店者が保護され、家賃条件の不透明な格差も是正されていくのではないか。

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