小島健輔の最新論文

ファッション販売2016年2月号掲載
『2016年のファッション業界を読む6つのキーワード』
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

■四半世紀に一度の大転換が始まった

 20年も続いたデフレから円安インフレに転じて二年が過ぎ、ファッション業界はかつてない激動に直面している。ブランド雑貨や化粧品などが束の間のインバウンド特需に沸く一方、調達コスト増を売価に転嫁すれば顧客が離反し、急成長するECに圧されてコストで太刀打ち出来ない店舗販売が行き詰まる中、16年はファストファッション上陸の08年9月来のグローバル&モード化からの逆転劇やデフレの90年代の前に戻る四半世紀振りの復古劇、オムニチャネル化という未来へ向かう革命劇が交錯し、異変が玉突きのように広がるカタルシスと新生の年になるだろう。

1)インバウンド特需は失速する

 都心の百貨店やドラッグストア、家電量販店などはインバウンド(外国人観光客売上)特需に沸いているが、中国の異様な内外価格差や円安がもたらした‘棚ぼた’であり、中国など周辺国の政策や為替変動で容易に冷え込んでしまう空蝉の特需という危なっかしさを否めない。『いつまでも続くと思うな○○と‘爆買い’』と戒めるべきで、売上増に舞い上がってマイナスが続く国内売上への抜本対策に手を抜くべきではない。インバウンドのピークは既に過ぎ去り、いつ急落してもおかしくない情況なのだ。

 インバウンド‘爆買い’のメッカたる銀座地区二百貨店(松屋、三越)の単純平均免税売上比率は8月の31%がピークで、9月は25%に急落、10月は23%を割り、11月半ばまでで20%強と明らかに急減速している。もちろん前年対比ではまだ2倍近い伸び率だが、8月までの3~4倍という勢いとは比較すべくもない。百貨店協会が発表している訪日外国人売上前年比も2~8月の318.6(3月)~407.1(6月)という勢いから9月は280.0と急減速し、10月は196.0と二倍を割り込んでいる。

 インバウンド(免税)売上の伸びが急激に鈍化した要因は中国政府が9月1日から実施した入国時の課税厳格化も響いたが、前年の10月1日から免税対象品目が化粧品や薬品、食品などに拡大された効果が一周した事も大きかった。中国は輸出から消費へ経済成長牽引の主役交代を急いでおり、海外へ流出している消費を国内に回帰させるべく、90年代の我が国のように関税を引き下げ流通規制を緩和して内外価格差の圧縮に努めている。我が国が10年かけたところをなり振り構わず2~3年でやり切るのは間違いなく、中国人の海外での‘爆買い’は急速に細って行くと見るべきだ。

 加えて、中国人などによるインバウンド消費を狙っているのは日本だけではない。日本にお株を奪われインバウンド売上の急減に苦しんでいる香港や韓国はもちろん、政府がバーゲンまで主導するシンガポールも虎視眈々と日本の隙を伺っている。業界利益を優先してバーゲンを後倒ししているのは東アジアでは(恐らく世界でも)我が国だけで、インバウンド客を狙ってアジア諸都市がバーゲン前倒しを競う中、日本の優位が崩れるのも時間の問題かも知れない。

 

2)ECに負けて大退店ラッシュが来る

 大手アパレルから量販店まで米国同様、大規模な閉店計画が目白押しだが、その実態は売上伸び率でも運営コストでもECに太刀打ち出来ず採算が悪化する店舗小売業の断末魔に他ならない。

 経済産業省の統計に拠るとECは14年度、13.5%も伸びており、うち食品・飲料や家具・生活雑貨は20%以上も伸びている一方、同じ経済産業省「商業動態統計」による店舗小売業の売上は水面の攻防が続いており、14年度の101.7から15年1~8月は99.9と減速している。EC部門の伸び率を公表している国内大手アパレルチェーン18社の平均でも、店舗部門の107.0に対してEC部門は119.8と12.8ポイントもの差がある。

 売上伸び率以上に格差が大きいのが収益性だ。店舗部門とEC部門の損益を分けて公表している米国アパレルチェーンでは、ギャップが店舗の営業利益率11.0%に対してECは22.5%と11.5ポイントも高く(13年1月期)、ルルレモン・アスレティカも店舗の19.6%に対してECは34.6%と15.0ポイントも高い。アバークロンビー&フィッチに至っては店舗が▼0.6%と赤字に対してECは19.1%と19.7ポイントも上回っている。日本でもANAPは店舗が▼2.9%と赤字に対してECは18.4%と21.3ポイントも上回っている。

 この差は同じ売上を稼ぐのに要する営業経費の大差に起因している。当社SPACメンバーの自社ECサイト平均売上対比運営経費率が32.2%、手数料率の高いモールサイトでも平均37.7%に収まるのに対し、株式公開アパレルチェーン16社の平均営業経費率は49.3%と、17.1(自社ECサイト比)~11.6(モールサイト比)ポイントも高い。

 EC事業は‘店舗’という運営コストが嵩み在庫の偏在を招く厄介者を抱えない故、売上規模の拡大とともにフルフィルメント業務のスケールメリットが加速度的に高まって経費率が低下する。取り扱い小売総額が1300億円に迫るスタートトゥデイ社の小売売上対比営業経費率は年度によって18.4%~20.6%と格段に低く、EC事業の加速度的なスケールメリットを印象づける。

 店舗小売業ではスケールメリットをスケールデメリットが相殺して事業規模の拡大が必ずしも収益力の向上に繋がらないが、その元凶は多店舗への在庫の偏在がもたらす機会損失と値引きロスの肥大に他ならない。ECで加速度的なスケールメリットが得られるのは在庫の偏在によるスケールデメリットが極めて限られるからで、多数の店舗に在庫が偏在する店舗小売業に較べれば、幾つかのDCで全国をカバー出来るECの在庫引き当て効率は格段に高く、機会ロスも値引きロスも限られる。

 投資効率でもECは店舗事業を格段に上回る。アパレルで同じ一億の売上を得る為に必要とする初期投資は、テナント店舗では敷金や内装費など立地によって2500万円~3600万円も要するが、ECモール出店なら初期費用はほとんど掛からないし、自社サイトをゼロから専門業者に発注して構築しても今時は1000万円を超える事はない。フルフィルメント体制も物流業者からECサポート専門業者まで過熱気味にサービスを競っているから、直接投資しなくても必要にして十分な体制がリーズナブルな料金で利用出来る。

 成長性も収益性も在庫効率も投資効率も格段の差が明らかなのに、今さら店舗に投資し店舗小売業を続ける意味が在るのかと問いたくなるほどで、このままでは店舗小売業は採算的に行き詰まってしまう。ECの拡大とともに不採算店舗の退店が広がるのは必然なのだ。

 

3)オムニチャネル戦略の二つの選択

 ECに較べての店舗小売業の劣勢を押し返そうと欧米で始まったのが‘オムニチャネル戦略’であり、その本質は『店舗とECの顧客と在庫の一元化』、もっと踏み込んで本質を言えば『店舗事業のEC化』なのだが、その方向は欧米でも定まっておらず各社が様々に試行錯誤している。

 オムニチャネル戦略の方向は大きく二つに別れる。ひとつは欧米企業のほとんどが志向している『店舗のオムニチャネル・サービス拠点化』であり、もうひとつは店舗を在庫の呪縛から解放して運営効率と在庫効率をECに近付ける『店舗の省在庫/ショールーム化』だ。

 前者のスタンスでは店舗はEC商品のお試しや受け取りはもちろん出荷の拠点ともなる。その分、店舗の業務は煩雑化しコストも上昇するのに加え、出荷拠点として在庫も積まなければならない。国土が広大な米国では全国を翌日配送圏とするにはアマゾンの55DCでも追い着かず、ウォルマートやターゲットなど総合量販店はもちろんギャップなどのアパレルチェーンまで、かなりの部分を店出荷(ship from store)に依存しているし、オムニチャネル化で売上を伸ばして来たメイシーズなど店舗経費が負担になりはじめている。

 後者のスタンスでは店舗はECのショールームであり、EC発送拠点からの毎日補給と顧客への直送で在庫を抑え偏在を避け店舗の運営コストも圧縮する『EC主導の店舗端末』となる。売場はサンプル商品のショールーム陳列とゆったり接客空間、カウンター後方の‘見えるストック’だけになってストック室が無くなり、在庫も家賃も運営経費も圧縮される。顧客は持ち帰りも宅配も指定店舗受け取りも選べ、販売員は店内物流労働から解放される。

 このスタンスでは店出荷を避けないと店舗在庫の圧縮が進まないから、島嶼部を除く全国を翌々日配送圏にするなら4~5出荷拠点、翌日配送圏にするなら8~10出荷拠点(DC)の布陣が前提となる。我が国や欧州各国なら現実的だが、国土が広大な米国や中国では店出荷との併用が避けられず、前者に偏らざるを得ないだろう。

4)ローカル&ストリートが大復活

 当社では毎シーズン、数千のブランドを分類整理してツリーを書き換え、毎月の売上動向をタイプやブランド別に検証してマーケットの変化を推察しているが、15年春から月を追う毎にリーマンショック来という潮流の反転が進んでいる。一言で言えば『グローバルからローカルへ』『モードからストリートへ』『デザインからユーティリティへ』なのだが、その中でも目立つのがレディスの「セクシーガール」とメンズの「ヤングメンズ」、カップルやファミリーの「ジーニングカジュアル」の復活だ。

 「セクシーガール」は08年冬期以降26シーズン連続して水面下を低迷していたのが14年秋からセクシーエレガンスの一角が浮上し、15年秋ではキュートモードやトレンドミックスにも好調が広がって本格浮上した。「ヤングマインドカジュアル」の一角も急浮上しており、先行した「ユーズド風トレンドカジュアル」にガールズ系/ボーイズ系の「ストリートカジュアル」や「ナチュラルフェミニン」も加わった。同様に12年春期以降14シーズン連続して水面下だった「ヤングメンズ」でも旧ギャル男系やサロン系からストリートモードにシフトした‘ニュータイプ’が台頭し、「トレンド系ストリートカジュアル」や「サロン系ナチュラルモード」などで好調ブランドが目立ち始めている。それがヤングアダルトやセレクトショップの一角にも波及して一種の‘ニューウェイブ’が広がりつつある。郊外SCのカップル/ファミリータイプ「ジーニングカジュアル」のみならずジーンズブランドにも好調が広がっており、ジーニングの本格復活を伺わせる。

 カジュアルではグローバルモードなキレイ目面とスキニーなフィットからジャパンローカルな加工面とゆるナチュラルな着崩しへの回帰が通底しているが、メンズでは‘トーキョーストリート’独特の悪っぽくルーズに着崩した‘裏渋谷系’、テディなボススタイルの‘裏原復古系’、80年代DCメンズを想起させる‘トーキョー・ネオモード系’も台頭しており、ヤング~ヤングアダルト市場が久方ぶりに熱くなっている。16年はこの流れが一段と広がり、‘トーキョーストリート’が世界の注目を集める事になるだろう。

5)キャリア&コンテンポラリー市場が伸びる

 ローカル&ストリートとは対極のキャリア&コンテンポラリー市場も勢いづいている。ライフステージで最も所得が伸び消費意欲も盛り上がるアラ40~アラ50層をターゲットとした新大人市場で、団塊ジュニア世代が40代に入って階級分化が進み、新たな‘勝ち組’層がグローバル感覚・高品質のブリッジマーケット(大衆品とラグジュアリーの)を形成しつつある。にも拘らず百貨店では新ブランドの開発が途絶えて撤退するブランドも多く、ロスト「バーバリー」現象などが嘆かれる一方、駅ビルやSCでは百貨店ベターブランドに匹敵する品質感のブランドは極めて限られ、供給不足が指摘される。

 レディスではNBプライスの「トランスキャリア」や「ミッシー」の不調が続く中、女性エグゼクティブを狙ったベタープライスの「キャリア」ゾーンが売上を伸ばしており、女性の社会進出とキャリア層の購買力充実を伺わせる。メンズでもベタープライスの「コンテンポラリー」ゾーンで好調が広がっているが、レディスの「キャリア」同様、新規ブランドの投入が途絶えており、供給不足が指摘される。

 「キャリア」も「コンテンポラリー」も‘ジャパンメイド’を超えるグローバルな品質とブランディングが問われるマーケットだが、国内ブランドの新規開発が途絶える中で欧米ブランドの比重が高まっており、このままではラグジュアリーゾーン同様、欧米ブランドに制圧されてしまいそうだ。世代人口も所得も伸び高価格が通る数少ないマーケットだけに、新規ブランドの投入が急がれる。百貨店のキャリア&コンテンポラリーゾーンは残された数少ないブルーオーシャンなのだ。

 

6)単品特化のシングルライナーが広がる

 アパレル業界ではやたらと‘コーディネイト’‘トータル展開’が志向されるが、これは企画・開発でも調達・生産でも在庫の消化・物流でも極めて効率が悪く、顧客への浸透力も薄弱で、何一つ良い事が無い。毎シーズンのコレクションに注力する欧米の‘メゾン’とて利益を稼いでいるのは香水や化粧品、靴やバッグのレザーグッズで、プレタポルテはイメージ発信に不可欠でも赤字を垂れ流すお荷物部門というのが実態のようだ。そんなプレタポルテ市場で長年、業績を伸ばしているブランドの大半は実は‘単品ブランド’なのだ。

 「バーバリー」も「マッキントッシュ」も「モンクレール」(未だ売上の8割がダウンジャケット)もコートの単品ブランドとして基礎を築いたし、「リーバイス」「ドッカーズ」から「インコテックス」「PT」、日本の「Bスリー」までほぼパンツ専業と言ってもよいだろう。「スリードッツ」「ジョン・スメドレー」から「クルチアーニ」まで欧米にはニット単品ブランドも多いが、60~70年代を席巻した我が国のニットブランドは‘トータル化’の果てに今は影も無い。

 今日の我が国で見られるシングルライナー(単品特化SPA)はシャツやミセス向けパンツなどに限られるが、「メーカーズシャツ鎌倉」や「Bスリー」は工場から顧客までダイレクトに繋いで極めて経営効率が高い。消費が通年化している紳士のシャツやパンツ、婦人のパンツやワンピース、ジャージやニットはシングルライナーやファクトリーブランドが成立し易く、高い経営効率が期待される。

 円安インフレ転嫁の値上げで非効率なトータルブランド/業態の価格と価値のバランスに消費者の失望が広がる中、SCや駅ビルでのお手頃価格シングルライナーはもちろん、今やユーロ・ファクトリーブランドが一部に残るだけで崩壊してしまった百貨店の単品平場を復興する‘ジャパン・ファクトリーブランド’など極めて有望と思われる。時代はトータル化から単品特化へと急転回していくのではないか。

論文バックナンバーリスト