小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『アパレルの「勝ちの構図」はこうして築け』
(2022年10月12日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 アパレル業界は慢性的過剰供給で大半が四苦八苦しているイメージがあるが、中には売上も利益も順調に伸ばしている会社もあるし、ごく一部とは言え濡れ手に粟のぼろ儲けを謳歌している会社さえある。その明暗を分けているのは一体何なのか、有体に言えば「勝ちの構図」と「負けの構図」ではないだろうか。

 

■無理なく儲かる損益のバランスを築く

 利益は売上から売上原価と販管費を差し引いて幾ら残るかという単純な損益計算で、大枠は粗利益と販管費のバランスで決まる。『売上は全てを癒す』とは言っても、損益のバランスを崩しては成り立たない。元より販管費が高く粗利益が薄ければ利益は残らないから、販路ミックスで流通コスト(賃料や手数料、販売費や物流費など)を抑制し、調達スキームで原価と需給ギャップを抑制して粗利益を高め、「無理なく儲かる構図」を築いていくべきだ。

 損益の構図は固定費と変動費のバランスで二次関数的に変化するから、売上の水位が高く固定費(率)の水位が低い販路や出店立地を一つ一つ積み上げていくことが肝要だ。目先の条件に惑わされて固定費水位の高い出店をしたり、バランスの苦しい店舗や販路を放置しては儲かる構図から遠のいていく。販路資産は損益を見て入れ替えていくものなのだ。

 通期や半期で締めた結果損益は許容水準でも、月度の売上や在庫、損益が極端に振れてリスクや資金負担が嵩んだり、締め支払い条件で資金回転(CCC/Cash Conversion Cycle)が圧迫される場合があるから、売上・在庫・資金繰りの流れに無理のない構図であることも必要だ。それには販路ミックスに加え、年間を通して売上と在庫が無理なく流れるMDのリズムが問われる。

 

■無理なく流れるMDのリズムを築く

 アパレルの場合、売上も利益も冬期と春期に偏ることが多く、在庫は実需期前にピークに達するが(売り減らし体質)、秋期や夏期の需要を喚起するMDを組んで在庫と売上を平準化できれば在庫回転が滑らかになり、値引きや残品のロスが減って粗利益が高まり営業利益も伸びる。

 在庫と売上を平準化できれば物流も人時配置も効率化できるから、販管費が抑制されて営業利益がさらに伸びるし、2月や8月の端境月の売上を嵩上げ出来れば、最低補償家賃の思わぬ負担で青褪めることもなくなる。毎月の決済に要する運転資金も平準化されるから、資金繰りのストレスや金利負担も軽減される。

在庫を積んでピーク月の売上を伸ばすという選択もあるが、目論見通りに売れなければ翌月の仕入枠が圧迫されて回転が滞り、値引きロスが嵩んで利益も圧迫されるから限界がある。委託仕入れや消化仕入れなどサプライヤーとリスクを分担すれば可能だが、ピーク売上を押し上げる催事的ブースターと考えるべきだろう。

紳士服チェーンやジーンズショップなど従来のMD展開では売上も在庫も山谷が大きく、一毛作MDのまま無理に売上を伸ばそうとすると値引きロスや売れ残りが肥大するから、発想を変えた(当然にサプライも異なる)二毛作MDで平準化を徹底するべきだ。紳士服やジーンズの二毛作アイテムとしてはアウトドアアイテムやスポーツアイテムに加え、エスニックウエアやインティメイトウエア(肌着/部屋着)も有望ではないか。

 

■タイムラグ最短化へ両面のスキーム

MDのリズムが最適化されても調達と販売のタイムラグが長ければ、在庫と売上の発生タイミングがズレて需給ギャップも広がり、在庫回転も消化歩留まりも期待値から遠のいて資金繰りも圧迫される。それを回避するには在庫発生と売上発生の時差を最短化するべきで、調達スキームと販売スキームの両面の仕掛けが必要だ。

調達スキームではDXなどによる小ロット反復・短納期オンデマンド調達が理想だが、遠く離れた海外産地での低コスト計画生産とは相入れず、サプライヤーとの製販同盟によるVMI(Vendor Managed Inventory)調達の方が現実的だ。初期陳列量を一括投入した後はデータ共有したサプライヤーが倉庫在庫と追加生産で自動補充するという製販同盟で、定番商品がほとんどのワークマンなどでは台帳型(同一商品補給)が定着しているが、トレンド品や服飾雑貨ではリレー型(類似デザインを切り替え補給、心太型とも言う)も多い。

販売スキームではサンプル商品による店舗やECサイトでの先行予約販売が代表的で、無在庫運用するには納期が何週間も先になりがちだが、SNSの反応などからAIが予測する初期受注分を先行生産して誤差を補正生産していけば、納期を現品並みに短縮出来る。小ロット反復・短納期生産ならリスクのある先行生産は1週分で済み、郵便小包による越境ECでSAL便と航空便を使い分ければ「SHEIN」のような実質、無在庫販売も成立する。

 

■商流起点で効率的な物流を設計

 せっかく調達のタイムラグと需給ギャップを最小化するよう調流を仕組んでも、物流のロットやコストで生産地から積み待ちになったり、国内倉庫に入っても一旦棚入れすれば、タイムロスとコストが積み上がっていく。

 生産地の出荷基地でタグ付けやバンドル化など物流加工を済ませ、国内倉庫はバンドルを店舗別に自動仕分けするトランスファーセンターに徹して棚入れせず(補給分、EC分は別枠で棚入れする)、スルーで送り出すなど効率化を仕組むのが定石だが、コロナ禍を経てEC商品をフルフィルセンター(EC向けの出荷倉庫)に棚入れ保管する比率が高まっており、倉庫運営費も宅配物流費も嵩んで利益を圧迫している。

 ロングテール商品も含むフルフィルセンター在庫の回転は直接販売機会のある店舗在庫より遅いから、EC在庫が肥大すると在庫回転は減速するし、何より宅配業者の手を経ないと顧客に届かないから高額な宅配料金がかかり、夜間のリージョナル間輸送を伴うハブシステムだから顧客に届くのは翌日以降になる。

 そのコストとタイムラグを回避する決定打が店在庫引き当ての店渡し・店出荷だ。フルフィルセンターを廃してEC注文顧客に最近接店舗の在庫を引き当て、店渡し(BOPIS)や店からのローカル出荷(積み替え無しの地域直配だから安くて速い)で物流コスト圧縮と顧客利便向上、店舗の品揃え充実と客数アップ、在庫効率向上という一石五鳥を実現する。

 しまむら(全国1421店)やユニクロ(FC含む国内812店)、ワークマン(FC中心に国内961店)など千店規模の店舗網で全国をカバーしているナショナルチェーンなら容易に実現できるが、店舗数が限られ地域も偏っているチェーンでも部分的な運用なら可能だ。北海道や四国、九州、および周辺島嶼部など、中央のフルフィルセンターから離れた地域に特化して地域店舗の在庫を引き当てる運用で、流石に店受け取りは限定されるだろうが、店出荷の地域直配は顧客利便向上と物流コスト圧縮に役立つに違いない。

 生産地の出荷待ち倉庫、国内の補給倉庫やフルフィルセンター、店舗、と三段階のダムを経るサプライでは物流コストが嵩み、タイムラグも需給ギャップも大きく在庫効率は低位にとどまる。それを根本的に解決するのが生産地から顧客に直送する越境D2C(EC)で、究極は受注先行で俊足後追い生産する実質無在庫商法だ。

 

■無在庫・無関税・無消費税の越境D2C商法

 「SHEIN」については聞き齧りから現地リポートまで情報が溢れ、私も本リポートや繊研新聞で幾度も書いて来たし、YouTubeには契約インフルエンサーのステマ動画が溢れているから、一般的な「無在庫越境D2C商法」として簡略にまとめておきたい。

 流通素材が潤沢に供給され小ロットの短納期生産が可能な中国の繊維産地基盤と一方通行な通商政策、消費国別の個人輸入関税政策を背景に、関税も消費税も掛からず、受注先行の小ロット短納期後追い生産で在庫ロスもほとんどなく、低料金郵便小包のSAL便と航空便のタイムマシンマジックで実質無在庫販売を成立させる越境D2Cビジネスは、圧倒的なコスト競争力とバラエティに富んだ機動的な商品供給で各国のファストファッション市場を席巻している。

 「SHEIN」は激安のファストファッションだから品質には課題があるが、この産直越境D2Cの仕組みは専門店ブランドやナショナルブランドなど中級品でも可能で(高級品は課税を免れない)、実際にSNS攻勢で拡販している中韓ブランドも少なくない。ものづくりにこだわる中級品では流石に受注先行の小ロット短納期後追い生産は成り立たず、無在庫販売というわけにはいかないが、同クラスの国内ブランドの六掛け程度の価格でジリジリと浸透している。

 

■「商流」「調流」「金流」設計の要

「商流」設計の要は売上と在庫の月度平準化であり、「調流」設計の要は調達と販売のタイムラグと需給ギャップの最小化、それを実現する調達スキームとサプライヤーとのリスクとコストの分担だ。同一商品を継続販売するか売り切り販売で鮮度訴求するかでスタンスが異なるが、一括調達か、分割調達か、VMIか、素資材供給の工賃払い調達か、製品買い上げのOEM調達か、製品買い上げの0DM調達か、選択が問われる(他にも自社工場生産やライセンシング調達、別注調達やセレクト調達がある)。

結果としての「金流」も受け身に流されず、売掛債権の回収と買掛債務の支払いを政策的に運用して棚資産回転の変動を吸収し、CCCと運転資金負担を許容範囲に管理する。当たり前と言えば当たり前だが、流されることなく統制するには確固たる経営意志と運用スキルが必要だし、買掛債務の支払サイトを運用するには商社など資金力のあるサプライヤーも噛ませる必要がある。グローバル化のリスクとコストが膨張する今日、リスクも利益も全て抱え込むのではなく適切な分担を仕組む方が賢明ではないか。

売掛債権の回収サイトは取引先(販路)で大きく異なるから、それを前提に販路構成を組む必要がある。一般に百貨店やECモールは月末締めの翌月末払い(45日)とサイトが長く、商業施設は月中と月末の2回締め支払い(22.5日)だが、外資系ECプラットフォーマー(アマゾンとショピファイ)は週末締めの翌週払い(1週間弱)と格段に速く、キャッシュレス決済の手数料率も低い。

 

■「負けの構図」から「勝ちの構図」へ

毎月、流れていく在庫(調流)と売上(商流)、結果としてのCCC(金流)を可能な限り平準化するのはもちろん、初めから理想的な金流を設計して、それが可能な商流と調流、物流を仕組むという発想が肝要ではないか。現状を変えられない宿命と思わず自らの意思で有利に仕組めば、遠からず「勝ちの構図」が実現する。「負けの構図」を放置したまま泥沼の努力を続けても得られるものは少なく、組織も財務も疲弊してしまう。

川上(生産・調達)から川下(流通・販売)に流れていく商流の中で何処に位置してどう立ち回るか、状況に流されるのではなく自分の意志でポジションを勝ち取らないと「負けの構図」に追いやられてしまう。川下の消化状況に振り回されて在庫やコストを押し付けられてしまう川中事業者など、その典型ではないか。企画・開発力を磨いて手離れの良いODM供給に徹するか、品揃えと陳列(棚割)提案に基づくVMIのリスクを最小に管理して取引シェアを伸ばすか、自らの意思で動くべきだろう。

川下に位置するリテール事業者とて、販売面ではリスクを張っても調達面の全てのリスクを抱えては顧客に応える機動性を失ってしまう。VMIなどサプライヤーと適切に調達リスクを分担して顧客対応力の最大化を図るとともに、流通コストを抑制し売掛債権回収サイトを速めるべく販路構成を見直すべきだろう。自ら「勝ちの構図」を仕組んでポジションを勝ち取った者だけが勝者となれるのだ。

論文バックナンバーリスト