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『ユニクロに「逆風」が続出するウラで、いよいよ柳井社長が迫られる「重要な決断」』
(2021年05月26日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

米関税当局が「ユニクロ」シャツの輸入を差し止め

米関税・国境取締局の5月10日付けの文書で今年1月、「ユニクロ」の男性用シャツを新疆ウイグル自治区の「新疆生産建設兵団」によって製造されたとの疑いに基づき押収していたことが明らかになった。

ファーストリテイリング側は製品に使用した綿は中国産でないとして差し止めの解除を求めたが、当局側は『強制労働によって製造されたものではないと言う証拠が不十分』と主張しているという。

ウイグルの強制労働に関しては、米国の機関投資家団体ICCRがファーストリテイリングなど47社にサプライチェーンの詳細を調査して人権侵害を引き起こす状況を回避するよう求めているし、フランスの人権擁護NGO 3団体は新疆産綿の使用を続けるユニクロのフランス法人など4社を「強制労働や人道に対する罪の隠匿の疑い」でパリ裁判所に告発している。

人権問題に背を向ければ欧米の批判は免れず、米国は新疆産綿を使用した製品の輸入を禁止するなど、さらに踏み込んでいる。その一方、『新疆産綿を使用しない』と明言すればヘネス&マウリッツ(H&M)のように中国政府の逆鱗に触れ、中国内で不買運動を仕掛けられネットからも締め出されてしまう。

アパレル企業は欧米と中国の板挟みで踏み絵を迫られており、柳井正会長兼社長が『商売と政治は別』と主張しても、ファーストリテイリングもいずれ決断を迫られることになる。商売の損得だけでなく企業倫理の在り方も考えて『何が正しいのか』腹を括る必要があるのではないか。

無人レジ特許訴訟で「敗訴」

そんな新疆綿問題で決断を迫られる中、ファーストリテイリングにとって大きな痛手となる判決が言い渡された。

ユニクロのセルフレジを巡ってIT企業のアスタリスクの商品識別関連特許の有効性が争われた訴訟で、知的財産高裁が『アスタリスク社の特許は有効』と判断してファーストリテイリングの主張を退ける判決を言い渡したのだ。

同時にアスタリスク社はセルフレジ使用差し止めの仮処分命令を地裁に申し立てており、今回の知財高裁の判決が影響を与える可能性が出てきた。

この問題には大きく二つの論点がある。ひとつはアスタリスク社特許の有効性であり、その判断は「新規性」「進歩性」が問われるが、知財高裁の判決で森義之裁判長は『容易に開発できない技術だ』と述べ、『特許に当たらない』とのファーストリテイリング側の主張を退けた。

アスタリスク社の特許は『上蓋のない装置内に商品の入ったカゴを置くと電波が自動的に電子タグの情報を読み取る』もので、知財高裁の判決は『アスタリスクの技術は装置の開口部が上を向いたまま商品情報を読み取れるのに対し、ユニクロ側が「既存技術」と主張するものは開口部が横向きで異なる技術だ』と結論した。

もうひとつは訴訟となった両社の経緯だ。そもそもアスタリスク社はファーストリテイリング社の下請け関係にあり、18年8月にファーストリテイリング社がセルフレジのコンペを実施した際、アスタリスク社もシステムを提案したが結果として他社の提案が選択され、アスタリスク社のセルフレジシステムは採用されなかった。

にもかかわらずユニクロの店舗にアスタリスク社の特許技術が使われたセルフレジが導入されたとアスタリスク社は主張し、アスタリスク社はライセンス契約などについて交渉したが、ファーストリテイリング社はライセンス料をゼロ円にするなど提示したため訴訟沙汰に発展した。

結果として特許庁の審決を知財高裁が取り消してアスタリスク側の勝訴となったとはいえ、従業員が100名にも満たない中小企業のアスタリスク社にとって訴訟費用の負担はあまりに重く、裁判の長期化に備えて代理人の特許事務所が設立した会社に本特許権を譲渡している。

柳井氏の「正義」とは

そんなセルフレジをめぐる訴訟で私が思い出したのが、ジャーナリスト横田増生氏の著作『ユニクロ帝国の光と影』の刊行をめぐる訴訟である。横田増生氏がユニクロの店舗や中国の工場まで取材して刊行した同著は、ユニクロの労働環境をルポしてブラック企業論争に火を付けたが、同書と増田氏が週刊文春に執筆した記事に対してファーストリテイリング社は2011年に通告書を送り、同年6月には2億2000万円の損害賠償と書籍の回収・発行差し止めを求めて名誉毀損で東京地裁に提訴した。

東京地裁の一審、東京高裁の二審ともファーストリテイリング側の請求を棄却し、2014年12月9日の最高裁第三小法廷も上告を退けてファーストリテイリング側の敗訴が確定したことは記憶に新しい。最高裁がファーストリテイリングの労働問題を認定する結果となったとはいえ、提訴から最高裁結審までの3年半に渡る係争をめぐって、直接提訴の対象とはならなかったものの、筆者の横田増生氏はこの間に恐怖と心労があったという。

柳井氏は『正しいことを追求する』と言う。しかし、最近の言動を見ているとその「正しさ」でいいのだろうかと思ってしまうことがしばしばある。

中国政府のような強大な存在には「ノーコメント」と逃げを決め込みながら、中小企業などには強く「正しさ」を主張する柳井正氏の「正義」とはいったい何なのだろうか、と。

「正しい会社」になるために

「正しいこと」は所詮、自らの覇権の及ぶ範囲でしか実行できないし、覇権の及ぶ範囲では力が「正しいこと」になってしまう。「力は正義なり」が人類社会の現実なのかも知れないが、力を笠に着て「正しいこと」を豪語するのは覇者の驕りでしかないように見える。

そんな「正しいこと」の行使は世間の共感を得られないし、エシカルでもサステナブルでもないだろう。グローバル化と大量消費の金満現代文明がコロナ禍のカタルシスを経てアフター・コロナ、もしかしてアフター・チャイナの新世界を模索するこれから、「ユニクロ」が人類と共存する“世界ブランド”として受け入れられるには、ファーストリテイリングも力でなく共感で世界に受け入れられる「正しい会社」になるべきではないのか。

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