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商業界オンライン 小島健輔からの直言
『衣料販売が抱える「5つの課題」』 (2019年03月01日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 アパレル各社の1月の売上数字が出そろい、都内百貨店や主要チェーンの2月第3週末締め(17日)の数字も入ってきているが、婦人服、紳士服とも商況は苦しいようだ。各社の明暗を分けている要素を数字と商品展開を見合わせて推察してみた。

何が1〜2月商戦の明暗を分けたか?

 1月は冬物セールの期待外れか弾切れ、2月は春物プロパーの需給ギャップが低迷要因となる。アパレル各社の商況をヒアリングする限り、1月は昨年のダウン不足のような弾切れは起こらず、防寒衣料の値崩れが例年より早かったためセール第2弾が盛り上がらず、値引き率を高めても在庫を残したアパレルが多かったようだ。

 2月に入っては冬物セールが早々に勢いを失う一方でスプリングコートなど春物アウターの動きも鈍く、ニット・カットのトップスや布帛(織物)・ジャージのボトムス、初夏物ライクなシャツやワンピースが先行。ブルゾン類や軽いオーバーサイズアウターは動いているものの、従来型のスプリングコートは動きが鈍い。

 年々、アウターは婦人服、紳士服ともフィットが緩くなって合繊軸の軽い作りにシフトし、春立ち上げはインナーが先行するパターンが強まっているが、従来型春アウター軸の品揃えを引きずったアパレルは消化が進まず、早くも値引き訴求が散見される。

TPOのズレと部門の壁が災いしている

 どちらも低迷していることには変わりないが、百貨店では昨春まで婦人服を上回っていた紳士服の前年比が夏商戦を境に逆転し、秋冬商戦では婦人服を下回る月が多かった。駅ビルやSCなど商業施設では秋商戦まで紳士服が上回り、冬商戦でも大差なかったが、両者の傾向の違いは何に起因しているのだろうか。その背景は2つあると思われる。

 第1はライフスタイル(TPO)対応の格差で、商業施設がカジュアル化、とりわけ近年のスポーツミックスなアスレカジュアルに対応しているのに対し、百貨店の紳士服はオンのクロージング・洋品とブランドショップに偏重して手頃なカジュアルが抜け落ち、ゴルフなどを中核とするスポーツ部門との壁もあってアスレカジュアルにも対応できていない。カジュアルチェーンと紳士服チェーンの前年比格差も拡大傾向で、マーケットのカジュアルシフトが加速しているのは明らかなのに百貨店紳士服は対応できていない。それは婦人服とて同様だ。

 第2は部門の壁で、商業施設ではもはやカップル型・ファミリー型の業態が主流を占め、モノ・ジェンダー業態は減り続けているのに、百貨店ではまだ部門の壁が厚く、婦人服・紳士服とフロアが分かれたままだ。百貨店でもスポーツ部門ではカップル型が主流だが、紳士服に併設されているケースが多く、婦人服との客流は十分とはいえない。近年は阪急本店のように好調な化粧品と婦人服や婦人服飾を複合するケースも見られるがまだ例外的で、部門の壁を越えるフロア編成はテナントゾーンに限られる。

 百貨店に限らず、TPOのズレと部門の壁は顧客を遠ざけ、売上げの低迷を招いている。古典的なビジネスウエアや通勤服の幻想を抜けられないアパレルチェーンはもちろん、アメカジ&ジーンズからアスレカジュアルへの変質に目を背けるカジュアルチェーンも客数減に苦しんでいるし、部門採算に固執する量販店は壁を超えた荒利ミックスを仕掛けるドン・キホーテやドラッグストアチェーンに売上げを奪われ続けている。マーケットも競争環境も10年もたてば一変してしまうというのに、10年どころか四半世紀も前の固定観念に縛られ続けては、はやりのAIに飛び付く意味もないのではないか。

売上げ・在庫の予算も固定観念にとらわれている

 毎月、公表される各社の既存店売上げ前年比を見るにつけ、月ごとの前年比に一喜一憂する小売業の体質は“固定観念”にとらわれ過ぎているのではないか。

 家計調査の月々の収入も支出も年々、平準化が進んでいるし、長期的に見れば小売売上げも徐々に平準化しているが、家計消費との乖離はむしろ広がっている。消費の実態に対応するには政策的に月度売上げを平準化すべきだが、前年対比にとらわれては前年踏襲から出られなくなる。

 売上げを平準化すれば消化回転が円滑になって値引きロスが圧縮され、物流量も平準化してマテハン人時量も物流費も抑制できる。実際に類似業態を比較すれば、平準化しているほど売上げ伸び率も収益率も高い傾向が認められる。自社の積み上げてきたデータや経験則にとらわれては前年踏襲の縛りを出られず大きな改善は望めないが、政策的に予算を組み替えれば奇跡が起こせる。

 国内ユニクロは前年踏襲の枠を脱するべく、16年から11月末の創業祭と5月末の生誕祭の山を伸ばしてセール月の山を下げ、値引きロスの圧縮に成功しているし、冬期への極端な偏りも着々と補正している。毎月の前年比に一喜一憂する意味はなく、ピークからセールの山を抑えて値引きや残品のロスを圧縮し端境月を底上げすれば、売上げを伸ばさなくても収益性は飛躍的に改善できる。

 加えてテナント出店型のチェーンでは端境の2月、8月の売上げを底上げすれば、最低保障売上げを割って家賃負担がかさむリスクを回避できる。2月、8月の家賃負担で年間の賃料負担率が2〜3ポイントもかさんでしまうチェーンもあるから、必死で解消すべき課題ではないか。

アイテム構成も実績踏襲にとらわれている

 客層によってパターンはあるものの、似たようなアパレルチェーンでも月度のアイテム構成はかなり異なる。それぞれのチェーンが前年実績を積み上げてきた、あるいはトレンドを追って右往左往した結果であって、好調チェーンのアイテム構成をベンチマークしているわけではない。

 年々、ライフスタイルやトレンドで多少の変化はあるものの、客層や立地によって売上げを最大化できる最適アイテム構成の流れは確実に存在する。多数のアパレルチェーンのアイテム構成を調査してきた当社から見れば、自社の前年実績あるいはその反省にとらわれ過ぎて顧客ニーズと乖離しているチェーンが少なくない。顧客特有のウエアリング(=アイテム構成)の季節推移をしっかり捉えてパターン化すれば需給ギャップも圧縮できるはずで、好調チェーンの月度アイテム構成をしっかりベンチマークすべきだ。

 月度売上げを平準化するには通年で平準化できるアイテムで固めるのが肝要で、婦人服では「パンツ+スカート」や「ニット+カットソー」、紳士服ではパンツとワイシャツが平準化しやすく、婦人服ではフェミニン系の「ワンピース+羽織アイテム」のように年間を通じて定型的なルックで回す客層も見られる。そんなパターンをつかんで独自の年間アイテム構成ストーリーを確立すれば顧客が定着し、同質化競合やトレンドの荒波を多少なりとも避けられるはずだ。

調達手法も固定観念にとらわれている

 アパレル業界の調達手法は時々の業界トレンドに流されがちで、近年はコスト優先の南アジアシフトで販売力を超えたロットを調達し、大量の値引きや残品を招いた。その反省に立てば中国沿海部に回帰してリードタイムも調達ロットも圧縮すべきだが、低コスト調達で値引きと残品のロスを埋める体質が染み付いたアパレル業界は固定観念の呪縛を出られないでいる。

 SPA型の大ロット一括調達では売り減らしになって需給調整は困難だが、近接生産地での短納期生産だと機動性が高まり、VMIだと半自動的な需給調整が機能する。だからといってコストが跳ね上がるわけではなく、値引きと残品のロスを差し引いた荒利益率は逆転することが多い。量販店衣料部門ではSPA型ロット調達のアパレル部門より、VMI調達の肌着・靴下部門の方が収益力が高いではないか。

 固定観念にとらわれているのは調達手法も同様で、視野を広げて現実を見ればいくらでも優位な選択があるはずだ。春商戦立ち上がりの教訓を、視点を切り替える契機にしてはどうか。

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