小島健輔の最新論文

現代ビジネスオンライン
『狂乱の「スマホPay」バトル、最後に「ツケ」を回されるのはだれか』
(2020年02月25日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

「スマホPay」還元競争で膨らむ「累積損失」

ヤフーとLINEの経営統合、メルペイによるオリガミのゼロ円買収など、プラットフォーマーの再編が加速しているが、その元凶がスマホPayの巨額投資と累積損失だと言ったらピンと来るだろうか。

事業者が乱立するスマホPayの投資総額は4000億円を超えて各社とも巨額の累損が積み上がり、回収の目処がまったく見えない消耗戦に陥っている。それが各社の経営を圧迫して再編劇を招くばかりか、出店者や消費者にまで負担が及ぶとしたらたまったものではない。

スマホPayの草分けだったオリガミはPayPay(Zホールディングス)が仕掛けた百億円単位のキャンペーン戦に押し潰され、18年12月期の売上2億2200万円に対して営業損失は25億4400万円と前期の13億600万円から倍増して資金繰りに行き詰まり、メルペイ(メルカリのスマホ決済子会社)にタダ同然で買収されることになった。

買収する側のメルペイとて追い込まれているのは大差なく、キャンペーン合戦に巻き込まれて膨大な赤字を垂れ流している。

親会社のメルカリは20年6月期第2四半期累計(7〜12月)で国内メルカリ事業が売上を265億円と20%、営業利益を67億円と50%も伸ばしても、139億600万円の営業赤字を計上している。

米国事業とメルペイの合計損失は206億円に上り、19年6月期の137億6400万円の純損失を加えれば、メルペイの累計損失は19年2月に提供を開始してから200億円を軽く超えているはずだ。

どこまでの赤字に耐えられるか

スマホPayの先行投資が親会社の屋台骨を揺るがしたのはLINEPayとて同様で、18年12月期の売上44億円に対して営業費用が97億円も嵩んで53億円の営業損失を計上、累計損失は100億円に迫った。

親会社のLINEも18年12月期は売上2271億円に対して161億円の営業利益を計上していたのに、19年12月期は売上2274億円に対して389億円の営業損失、468億円の最終損失に転落している。

LINEPayなど戦略事業の赤字が665億円に肥大したのが要因だ。

赤字の肥大を危惧して第3四半期からキャンペーン費用など投資を抑制したが、覿面に利用者数が4割減少してスマホ決済の覇権争いから脱落。ヤフーとの経営統合へ追い込まれることになった。

経営統合におけるZホールディングスとLINEの株式交換比率が1対11.75であることがその事情を推察させる。

勝ち残ったはずのPayPay(Zホールディングス)とて無傷ではない。

巨額のキャンペーン投資が奏功してか、日経BP社による19年10月のキャッシュレス利用率調査で37.2%とクレジットカードの84.8%に次ぐ二位にランクされ、楽天ペイの19.0%、LINEPayの18.1%を引き離し、2月2日段階で登録者数が2400万人を突破したが、19年3月期は売上5.9億円に対して販管費371億円を要し、367億円の営業損失を計上。

20年3月期第3四半期累計(4〜12月)でも、5月にソフトバンクが増資して出資比率を50%から25%に下げたのにPayPay関連で156億円の特別損失を計上している。累損はZホールディングスだけで523億円、ソフトバンクと合わせて1300億円を超えたと推計される。

「FeliCa系スマホ決済」の逆襲が始まる

スマホPayは大小20以上の企業が参入し、その累積投資は4000億円を超えるとみられるが、いずれも先行投資がかさむだけで黒字転換が見えず、回収の目処はまったく立っていない。

巨額を投じたキャンペーンで獲得した登録者が各社のキャンペーンや政府のキャッシュレス還元が終わっても使い続けるかも疑問で、政府のキャッシュレス還元が6月末に終われば見切りをつけて撤退する事業者も出てくるだろう。

もっと危惧されるのがスマホPayの利便性で、使い勝手の良い他のキャッシュレス決済に押されて消えていくリスクが指摘される。

キャッシュレス決済は従来のクレジットカードやプリペイドICカードに加え、スマホ決済もQRコード方式のスマホPayだけでなくFeliCa系のタッチ方式がある。

レジでのスムースさや操作工程数という点でも信頼性という点でも高単価品ではクレジットカード、低単価品ではFeliCa系のICカードやそのスマホ決済たるタッチ方式の方が使い勝手が良く、多数が乱立しているため利用者がアプリを選択して立ち上げる操作を要する​スマホPayは不利を否めない。

QRコード系スマホ決済(スマホPay)陣営が巨額の還元キャンペーンを繰り広げる中、FeliCa系スマホ決済(タッチ方式)陣営は静観を決め込んできたが、多額のキャンペーン効果もあってQRコード系スマホ決済が急伸するに及んで反撃に転じる。

ソニー子会社(FeliCaはソニーが開発して商標登録した非接触型ICカード技術)のフェリカネットワークスが、交通系と流通系のメジャーである「Suica」「楽天Edy」「WAON」「nanaco」の参加を得てスマホ決済の共通ポイント「おサイフマイル」の実証実験を4月から始めると発表。スマホ(おサイフケータイ)でもICカードでも使えるから、本格展開に移れば形勢は逆転すると見られる。

加えて、クレジットカード陣営も不正利用を防止し利便性を高めるべく、カードを発行せずスマホ決済するサービスを始めるから、スマホPay陣営は両側から反撃されることになる。

出店者や消費者に転嫁されてはたまらない

小売店がスマホ決済に期待した手数料率の軽減も実現していない。

多数が乱立して端末の導入コストやシステム改修コストも加わり、商業施設がアクワイアラ(決済業者)と包括代理契約するテナント店では却って手数料率が上がるケースも見られる。

政府のキャッシュレス還元が6月に終われば行政指導で無理やり下げていた手数料率を元に戻すという決済業者も多く、スマホPay各社の手数料率優遇期間が終われば取り扱いを止める商業施設や小売店も出てくるだろう。

キャッシュレス決済という枠を超えてレジレス精算/無人精算というニューリテールの奔流から見ても、スマホPayの将来性には疑問符がつく。「決済」と「精算」は全く別のプロセスだからだ。

スマホPayはID認証して引き落とし口座と結びつけ「決済」するだけで、購入品目と数量を確認して「精算」する機能はなく、画像解析AI系やICタグ系の無人「精算」システムが普及すれば消えて行くリスクが指摘される。ITは様々な分野で急速に進化しており、「決済」分野の革新が他分野の革新に飲み込まれるリスクは否定できない。

4000億円を超えるスマホPay投資の回収が見込めないとしたら、巨額を投資したプラットフォーマーやフィンテック企業は出店者や消費者に転嫁を図るに違いない。

残念ながら、そんな動きはもう始まっている。

ヤマト運輸による宅配料金値上げがECプラットフォーマーや出店者の経営を圧迫し、結局は消費者の負担する送料に転嫁されたのは記憶に新しいが、スマホPayなど新規事業の巨額損失が出店者や消費者に転嫁されることのないよう、行政は監視を強めるべきだろう。

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