小島健輔の最新論文

商業界オンライン 小島健輔からの直言
『岐路に立つスタートトゥデイ』 (2018年05月03日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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ZOZOSUIT公式サイトより

 4月27日の決算会見では「ZOZOSUIT」の開発失敗を認める一方、新「ZOZOSUIT」の600万〜1000万枚配布とPB拡大を軸とした21年3月期売上げ3930億円/営業利益900億円という壮大な中期計画を打ち上げたスタートトゥデイだが、果たして成算はあるのだろうか。
 

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ファッションECのガリバー企業

 18年3月期は取扱総額が前期から27.6%増の2705.4億円、売上高が同28.8%増の984.3億円、営業利益が同24.3%増の326.7億円とファッションECモールでは突出し、衣料・服飾EC市場(1兆6454億円/経済産業省EC調査17年度)の16.4%も占めるガリバー企業のスタートトゥデイだが、このまま成長を続けて圧倒的支配を確立するのだろうか。

 店舗小売業のように在庫が分散しないECでは取扱高規模にスライドしてフルフィルコストが急速に低減していく。そのスケールメリットは当社が集計した各社のデータから推計すると、取扱高10億円で35%→100億円で25%→1000億円で15%と加速度的だ。2700億円を取り扱うスタートトゥデイのコスト競争力がいかに突出したものか推察されよう。

 ファッションECモールの競争者はマガシークやショップリスト(クルーズ)など取扱高はスタートトゥデイの十分の一以下で集客力もフルフィルコストも格段の差があるが、米国では衣料・服飾を280億ドル(ほぼ3兆円)も売っているAmazonが拡大に注力しているし、商業施設デベの三井不動産はテナントのオムニチャネル販売を支援するECモール「&モール」を立ち上げている。

 テナント側だったアパレル企業とて在庫の集中と顧客の直接掌握、手数料負担の軽減を図って自社ECサイトの拡充を急いでおり、三陽商会はラグジュアリーECモール運営のルビー・グループを買収し、ストライプはソフトバンクと組んでECモール事業に進出している。

 ライバル各社とは取扱高の格差が大きく、現段階ではスタートトゥデイの寡占状態が揺らぐとは見えないが、同社が失策を重ねれば状況は一変する。

ZOZOSUITの失策に見る空振りリスク

 失策といえば前澤社長のツィッターでの失言事件が思い出されるが、「失言」というより前澤氏の信念が言わせた「本音」の露呈と見るべきだ。強烈な個性と成功体験がもたらす「想定外」の奇策が常識に捉われたライバルたちを引き離す決定打となる反面、思い込みが大空振りを招くリスクも指摘される。巨額を投じての「ZOZOSUIT」の開発と大量無料配布、21年3月期へ2000億円を見込むPB「ZOZO」が大空振りにならないという保証はない。

 ニュージーランドのストレッチセンス社に惚れ込んでの伸縮センサー内蔵「ZOZOSUIT」開発は量産の挫折で43億2300万円の特別損失を計上したが、新たに自社開発した画像認識計測型の新「ZOZOSUIT」を今期中に600万〜1000万枚、無料配布して顧客のサイズを掌握しPBの拡販につなげるという目論見はうまくいくのだろうか。

 ITへの興味もあって「ZOZOSUIT」には百万を超える注文があったが、初代「ZOZOSUIT」の配布数は明らかにされていない。その限られたユーザーのうち実際に計測したのは6割でその5割がPB「ZOZO」を購入したそうだが、三次元に体型データを採寸されることに抵抗感を覚えたユーザーも少なくなかったと推察される。体型データは究極の個人データであって、そこまで詳細につかまれたくないと思う人もいるだろうし、欧米と違ってオフボディな緩い着こなしが主流のわが国では体型データと購入するサイズは必ずしも一致しない。その乖離をつかんで商品開発とサイズ推奨に活用せんとするのかもしれないが、60億円〜100億円(一着原価は1000円)も投じるメリットがあるかどうかは疑問が残る。

中期計画に実現性はあるのか

 決算と同時発表した中期経営計画では21年3月期の売上げを3930億円、営業利益を900億円、売上のうち2000億円をPB「ZOZO」が担い、取扱総額も7150億円を見込んでいる。

 7150億円という取扱総額は前期の2.64倍で、達成するには毎期38%強も伸ばさねばならないが、過去5期間の平均伸び率は23.26%だから買収など画期的な増収策がないと難しい。7150億円は17年衣料・服飾EC市場の43.5%も占める法外な数字で、衣料・服飾EC市場が毎年11%拡大して3年後の市場規模が2兆2500億円になっても31.8%を占める。前期の占拠率16.4%からシェアを倍近くに拡大しなければならないが、ライバルECモールをことごとく叩き潰さない限り達成は難しい。アマゾンの米国EC市場におけるシェアは40%を超え、その寡占規模で35%も売上げを伸ばしているから不可能ではないが、実現にはアマゾン並みの“力技”が必要ということでもある。

 PB「ZOZO」を今期200億円、21年3月期には海外72カ国での800億円も含めて2000億円も売ろうという目論見も実現性に疑問符が付く。スタートトゥデイの急成長を支えてきたのは在庫リスクのない受託販売であり、自ら商品開発して販売するとなればいかにD2Cな省在庫サプライチェーンを構築したとしても在庫リスクは避けられない。それに見合う売上げと収益が確保できるのか、よほどのマジックを仕掛けない限り難しい。自主MD路線を掲げた伊勢丹とて買取商品は数%で、それとて採算が取れず行き詰まったではないか。プラットフォームビジネスで急成長してきたスタートトゥデイがコンテンツビジネスに未来を託すというのも理解に苦しむ。

 あの「ユニクロ」が総力を挙げて拡大を急ぐEC売上げとて17年8月期で487億円に過ぎないことを考えれば、PB「ZOZO」を3期で2000億円にするのは「ユニクロ」を凌駕する国民的いや世界標準のブランドにしない限り難しい。余人の想像を超えた超絶秘密兵器でも用意しているのだろうか。

覇者だからできる制圧戦略

 圧倒的なガリバーポジションに在る今だからこそ打てる“決定的制圧戦略”というべきものがあると私は思う。それは効果の不確かな「ZOZOSUIT」の大量無料配布やPBではあるまい。Amazonの戦略展開に見るまでもなく「小売の輪」の真理に問うまでもなく、それは追従者たちを一気に突き離す「利便とコストの隔絶」であるべきだ。

「利便の隔絶」とは、圧倒的な収益性を背景に宅配料金の値上げなどフルフィルコストの肥大も吸収して顧客に対し「送料実質無料」「お試し自在」を徹底することで、「ツケ払い」などよりよほど、普遍的な隔絶効果が期待できる。「お試し自在」とは「ZOZOSUIT」などハイテクではカバー仕切れない個々人のフィットニーズに対応すべく、専門フィッターがクイックなお直しまでカバーするお試し受け取り拠点「TBPP」を全国の主要商業施設に展開することで(ストア区画ではなくサービス区画)、ここに取り寄せてフィッティングすれば通販の壁は消えてしまう。当初はZOZO専用でも、先ではオープンプラットフォームとしてライバルたちも囲い込んでしまえばよい。

「コストの隔絶」とは圧倒的なスケールメリットを背景に高コストな追従者を突き放す戦略で、フルフィル原価が取扱高対比15%前後と推計されるスタートトゥデイが“顧客”たる新参テナントアパレルに初期参加アパレルに近い手数料率を適用すれば、追従者たちは顧客を増やせず在庫供給も細って干上がってしまう。

 突出したガリバー企業だけが打てる制圧戦略で、スタートトゥデイほどの高収益企業でないと到底、実行し得ない。できるときにやらないと、やがて小さな虫たちもはい上がってきて巨人を脅かす日がくるかもしれない。不可能に見える中期計画を実現する超絶秘密兵器があるとすれば、これしか考えられないのではないか。

※TBPP:Try Buy Pickup Point 中身を確認したり試着してから購入や返品ができる受け取り拠点で筆者が名付けて提案している。

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