小島健輔の最新論文

現代ビジネスオンライン
『小島健輔が警鐘
「ユニクロがここへきて『失速』している本当のワケ」』
(2020年01月21日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 昨年10月の消費税増税以降、消費は想定以上の落ち込みを見せている。

 その背景は社会負担増と増税による手取りの目減りで、消費税増税を内税で吸収したか外税で顧客に転嫁したかで小売各社の明暗が大きく開いている。

img_9a12b3647a18cb0529dbd3a9965662b3296397

日本人は高級ブランドを買えなくなった

米国のベイン&カンパニーのレポートによると、19年の世界ラグジュアリー市場規模は4%増の2810億ユーロで、日本は4%増の240億ユーロと推計しているから、日本が占めるシェアは8.5%になる。

ちなみに、同レポートは中国が26%増の300億ユーロ、香港は20%減の60億ユーロ、日本以外のアジアは6%増の420億ユーロ、米国は840億ユーロ、欧州は880億ユーロと推計している。

日本人のラグジュアリー消費は90年代半ばには世界の24%を占めていたが08年には12%に落ち、19年の8.5%も半分近くは外国人観光客が購入しているとみられるから、日本人の購買力は大きく落ちたものだ。

手取りは10年で5%減った

日本人が貧しくなったのもともかく、中国など新興国(もはやIT先進国ですが)が急激にリッチになったことが大きい。名目GDP(米ドルベース)も09年までは米国に続く世界第2位だったのに10年には中国に抜かれ、18年では中国の4掛けにも届かないほど引き離されている。

一人当たり名目GDPとなると悲惨で、00年にはルクセンブルグに次ぐ世界第2位の38,536ドルと5位の米国を6%上回っていたのに、10年には18位に落ち、18年では26位の39,306ドルと9位の米国の62,606ドルの6掛けまで転落している。

00年から18年で米国は72%も伸びたのに、日本は2.8%しか伸びなかった。ちなみに中国はこの間にちょうど10倍になっているから、爆買いもしたくもなるというものだ。

バブル末期には強い円を背景に欧米のブランドショップで爆買いして世界のヒンシュクを買い(中国富裕層の爆買いを笑えませんよ)、バブルがハジけた後も国内ブランド消費はそれほど衰えず、リーマンショック前までは通勤電車のOLの二人に一人は「ルイ・ヴィトン」を持っていたと言われるほど高級ブランド好きだった日本人だが、リーマン以降の所得の伸び悩みに加えての社会負担増と所得控除圧縮という増税に打ちひしがれ、すっかり貧乏になってしまった。

昨年10月の消費増税がそれに追い打ちをかけたことは言うまでもない。

国税庁の民間給与実態統計では08年から18年にかけて平均給与所得は430万円から440.7万円と2.49%増えてリーマンショック前の水準を回復したとされるが、同期間に手取り収入は逆に2.27%〜3.77%(所得帯や家族構成で異なる)減少している。

健康保険料/厚生年金保険料の上昇(満40歳以上はこれに介護保険料が加わる)や所得控除の廃止・縮小、定率減税の廃止など社会負担増と増税によるもので、これに2%の消費税増税を加えると、手取りはほぼ5%の減収になる。その一方で国を挙げて無理やりインフレを煽っているのだから生計は苦しくなるばかりで、高級ブランド消費どころではない国民が大半なのも致し方ない。

価格政策で明暗

そんな実情下ではデフレの再燃は避けられないが、大手アパレルチェーンの価格政策は二分されており、消費税増税で明暗が開いた。

「ユニクロ」の既存直営店売上(EC含む/以下同)が19年3〜8月の3.5%増から9〜11月は4.1%減と暗転し、12月も5.3%減と低迷を深めたのに対し、「無印良品」は3〜8月の3.4%増から9〜11月は8.5%増と加速し、12月も9.8%増とさらに伸ばしている。

ポスト「ユニクロ」の本命と注目され急成長している「ワークマン」はもっと強烈で、19年4〜6月が28.6%増、7〜9月が26.7%増、消費増税後の10〜12月も25.7%増と勢いは衰えず、12月単月では28.7%増と加速している。

この3者の明暗を分けたのが消費増税への対応で、「無印良品」と「ワークマン」が増税を内税で吸収したのに対し、「ユニクロ」は外税で顧客に転嫁した。

結果、「無印良品」と「ワークマン」が増税後も客数を伸ばしたのに対し、「ユニクロ」は3〜8月の6.6%増が9〜11月には0.4%増に急減速し、12月は2.2%減も減少している。

内税で吸収か外税で転嫁か最後まで迷走した「しまむら」は結果、税抜き価格と税込価格の併記という玉虫色に決着して『内税で増税を吸収して庶民の期待に応える』という絶好の機会を逸し、既存店売上は3〜8月の6.0%減から増税直後の10月は8.7%減と低迷を深め、12月も9.0%減と低迷している。客数も3〜8月の6.1%減から10月は6.5%減、12月も6.2%減と客離れが進んでおり、庶民の期待を裏切ったツケは大きかった。

庶民の味方からお金持ち会社へ

決算書を見ても店頭を見ても「しまむら 」がお金持ちな会社だと思う人はいないだろうが、日々の生計に四苦八苦する庶民の味方というイメージがあるわけでもない。

かつては日用衣料を庶民価格で提供して盤石の支持を得ていたのに、近年は経営効率を志向してSPA化や品揃えの集約、ひいては単価アップを図って庶民の支持を失い、客離れが止まらなくなっている。

「ユニクロ」にしても、すっかりグローバルなお金持ち会社に変貌して幹部は外資系並みの高給取りになり、庶民の感覚から乖離してしまったのかもしれない。

消費税増税の顧客転嫁は痛い判断ミスだったし、防寒アウターなど「ワークマン」と比べると割高感を否めず、往時の百貨店平場ブランドのような中級品と認識され始めている。

実際、ファーストリテイリングは極端な格差社会で、15年に公表された給与体系表では新入社員の320万円から最高幹部の3億9000万円まで、実に122倍もの格差がある。当時の平均給与769.6万円(36.9歳)から直近の19年8月期では900.0万円(38.3歳)まで上昇しているから、庶民感覚から懸け離れるのも致し方あるまい。

その一方、良品計画(「無印良品」)は手取りが目減る大衆の現実を直視して、取り扱い全7000品目中、18年春に2400品目、19年秋に1100品目を値下げしている。それが客数と売上の増加に直結したことは言うまでもない。

「ワークマン」の人気が沸騰しているのもお値打ちが突出しているからで、粗利益率は「ユニクロ」の46.7%に対して37.6%と9.1ポイントも低い。

定番的な継続商品のEDLP(※)で値引きロスを1.33%に抑えていることを考えれば、原価率は「ユニクロ」より一回りは高いはずで、それだけお値打ちがある。

※EDLP(EveryDay Low Price)・・・・特売や値引きに頼らず期間を通じて低価格で販売する価格政策。

かつては顧客が見えていた企業も組織が大きくなり幹部が高給取りになっていくと、組織の論理が先行して顧客が見えなくなる。

とりわけ庶民を相手にする大衆価格の小売業では、それが致命傷になりかねない。消費増税で露呈した温度差を直視すべきだろう。

 

論文バックナンバーリスト