小島健輔の最新論文

ファッション販売2003年5月号掲載
『バイヤーの実像と求められる資質/キャリア』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

何時かはバイヤーに

 ファッションビジネスでキャリアを積みたい若者の間で『何時かはプレスに』『何時かはデザイナーに』と言われて久しいが、セレクトブーム華やかなりし昨今では『何時かはバイヤーに』という声も聞かれるようになった。著名セレクトショップのスターバイヤーがファッション誌や業界誌紙に頻繁に登場するようになった事も、バイヤー志望の若者が増えた一因であろう。が、これら若者にバイヤーの本当の姿が見えている訳ではあるまい。
 バイヤーは自分の売場を起点として顧客(マーケット)と調達背景(サプライ)の両面を熟知する事が求められるし、素材はもちろん服の構造や生産工程に関する知識も不可欠だから、誰もが成れるという職種では当然ない。しかも、一言でバイヤーと言っても、その実態はセレクターからディレクターまで幅広く、キャリアと実力によって様々な階梯がある。
 本気でバイヤーを目指すなら販売と売場運用から着実にキャリアを積まなければならないし、産地の生産現場にも足を踏み入れなければならない。晴れてバイヤーになれたとしても、多様な調達手法を実を粉にして駆使し品揃えの理想を追求しなければならないし、売場展開や陳列の指示はもちろん、顧客に接する販売スタッフの声にも真剣に耳を傾けなければならない。加えて、各店配分や在庫コントロール、粗利益の確保といった頭を使う計数ワークも苦手では済まないし、不振在庫の山を抱えればシビアな評価が待っている。
 要は華やかでもリッチでもない、ただただ大変な業務の山が連綿と続いていくのがバイヤーという職種なのだ。それでも自分の力で理想の品揃えを実現していく喜びを求めたいというのなら、バイヤーの実態とバイヤーになる方法を教えましょう。

バイヤー業務の実態

 バイヤーの業務は極めて幅広いが、大きく分ければ以下の7分野からなる。

 1)品揃え構成と展開ストーリーの設計(MDプランニング)
 シーズン方針としてターゲットとマーケット・ポジション、カテゴリーの組み方と面感や価格帯を定め、提案するスタイリングとリミックス、アイテム構成やカラー構成の展開ストーリーを設計する。各カテゴリーの展開時期ごとにスタイリングと素材構成、カラー構成をビジュアルなボードにまとめ、ストーリーの繋がりと変化を表現する。

 2)上記に関わる計数計画の策定(インベントリー・プランニング)
 各カテゴリーの展開時期毎の総投入額と月度の在庫枠・売変枠・販売予算のマトリックスを期末でゼロになるように作成し、アイテム別の平均単価と数量、値入れと売変、最終粗利益を設定する。これは極めて複雑な計算で、前年データをベースにエクセル等のアプリケーションを活用して様々にシミュレーションする必要がある。

 3)調達手法と仕入れ先構成の策定(ソーシング)
 計画した品揃えストーリーと計数を実現すべく、最適な調達手法ミックスと仕入れ先構成を策定する。調達手法にはメーカーへの展示会発注、現物発注、別注やオンボード企画発注の他、工場や商社へのOEM発注、デッドストックやユーズドのウェアハウスからの買い付けがある。調達手法や仕入れ先によって得意不得意、面や品質、コストやロットが異なるから、最適な組み合わせを機敏に追求するフットワークが不可欠だ。

 4)調達の実務(バイイング)
 計画したソーシング・ミックスを実行しようとすれば実際の業務は激しく交錯するし、計画どおりにはいかない事も多い。特に海外買い付けを含む場合は国内での調達とスケジュールの交錯が激しく、出たり入ったりと買い付け枠の調整で多忙を極める。疲れて買い付け先を絞ってしまうような根性では、バイヤーはとても勤まらない。

 5)各店配分と補充の実務(ディストリビューション)
 調達した商品を各店舗の特性と販売消化力に応じて最適に配分する、あるいは各店舗の必要とする数量を積み上げて調達量を決定する業務で、単品の最適配分と店舗毎の品揃えバランスの両立が求められる。また、販売進行に応じての補充も手配しなければならず、発注段階での補充枠の確保か期中調達が必要になる。

 6)売場展開と陳列の指示(VMD)
 商品の投入にあたっては、各カテゴリーの配置と陳列手法、アイテム/品番/カラー/サイズの配列順等を指定しなければならない。ベーシックな補充商品や定形的なコーディネイトは棚割り(プラノグラム)を描いて指定すればよいが、変化と鮮度を訴求するルック回転のフェイスでは週毎にスタイリングと配列の韻律(アイテム×素材×カラーの配列パターン)を適確に指示する必要がある。

 7)消化進行管理と在庫コントロール(インベントリー・コントロール)
 店頭投入後は一般に週単位でカテゴリーからSKUまで多段階で消化進行をチェックし、必要なら補充投入や店間移動、陳列手法や位置の変更、売価変更の指示を出さねばならない。それが単品レベルでは対応不能に陥った場合は、カンフル商品の投入や不振商品の引き揚げ、売場のカテゴリー再編をともなう総掛かりの模様替えとなり、深夜や早朝のハードワークを覚悟しなければならない。会社によっては、それにともなって仕入れ先への値引き要求、返品といった気の重い交渉事も発生する。

 

バイヤーの分業とコンピュータ活用

 これほど多量の業務を一人でこなすのは不可能だから、バイヤー、ディストリビューター、コントローラー、ビジュアルマーチャンダイザーといった業務分業、あるいはカテゴリーや服種による並列分業が行われている。加えて、ディストリビューションではコンピュータ・アプリケーションによる自動化も進んでいるし、ちょっとソフトに明るい人なら市販アプリケーションから自分流のアプリケーションを組む事もできる。
 とは言え、バイヤー業務がハードなのは今も変りない。マーケットの変化や競合が激しくて計画通りに消化が進まず、期中の対応業務が煩雑に加わるからだ。これに値引きや返品、未引き取りなどの交渉事が加われば、ストレスは極限に近付いていく。

バイヤーに求められる資質とキャリア

 バイヤーに必要な資質は以下の7点と考えられる。まず第一に不可欠なのが、忍耐力と持久力、それを支える体力だ。第二が計数感覚と事務処理能力、第三が売場運営の実感と売場構成力。第四が素材や服の構造、生産工程に関する知識、第五が顧客とマーケットを客観できる観察力。第六でMDの構成力とそのビジュアルな表現力、第七でようやくスタイリング提案のセンス、という順ではないか。
 先鋭なセンスが最大資質と錯覚しているようではバイヤーへの道は遠いが、第五〜第七も不可欠な資質である事は間違いない。センスは基礎が磨くものであり、服飾史やカラーリング、素材構成の勉強は避けて通れない。
 実際にバイヤーへのステップを踏むには、まず販売と売場運用をマスターするしかない。その上で企画や生産の現場を経験し、アシスタント・バイヤーとしてディストリビューションや事務処理をマスターすれば、晴れてバイヤーとなることが出来る。バイヤーになっても、様々な修羅場を潜り何億円もの不振在庫を積み上げて会社に迷惑をかけないと、とても一人前にはなれない。バイヤーになるよりもバイヤーを育てるほうが遥かに大変な事なのだ。 

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