小島健輔の最新論文

ファッション販売2002年9月号
『21世紀の勝ち組パスポートを手にしたワールド』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

順風満帆で新世紀に船出したワールド

 20世紀末を快走した勝ち組企業が次々と壁にあたる中、ワールドだけは逆に21世紀に入って業績が加速している。単体では2001年3月期から、連結でも今2002年3月期から売上も利益も加速に転じ、今決算では単体で6.6%増の年商2,059億円、連結は2.8%増の2,218億円、営業利益率も単体で7.5%と前期比0.8ポイント、連結でも6.9%と同0.9ポイント積み上げている。
 小売事業シェアの拡大に加え、週単位で生産から販売まで効率的にリンクするSCMの精度向上で粗利益率改善が進み、今期は57.3と2期で2.3ポイントも向上。これに対して営業経費率は同2期で0.9ポイントの上昇に抑制されており、収益力の向上をもたらしている(単体、以下同)。
 2000年3月期までの粗利益率向上(2期で7.5ポイント)は主に小売事業シェア拡大によるもので営業経費率上昇を伴い(2期で6.7ポイント)、SCM精度向上が追い付けない嫌いがあったが、翌期以降は販売系の精度向上に生産系の再構築が加わってSCM精度が改善されていき、経費率を押さえて粗利益率を向上させるスキームが定着したものと推察される。
 百貨店インショップを主力とした小売事業(SPAブランド)の急拡大で99年3月期には34.3%にも達した直営店の売上対比不動産費(2001年3月期以降の店頭売上ベース計上に換算)も、新規小売業態が急増してSCテナント店や路面店が直営店売上の3分の1を超えた今期は31.4%にまで低下し、全社の売上対比不動産費率も22.0%とほぼ頭を打った。今後、新規小売業態のシェア上昇とSPAブランドの脱百貨店展開が加速していけば、不動産費による収益圧迫懸念はさらに解消されていくはずだ。
 ワールドの小売事業戦略は「オゾック」に始るSPAブランド事業と「アクアガール」「インデックス」に始る新規小売事業からなるが、前者が販売効率の追える百貨店インショップを主力としたのに対し、後者の多くは不動産コストの低いSCや路面に出店していった。先行するSPAブランド事業は販売効率は高いが不動産費率も高く、後発した新規小売事業は販売効率は低いが不動産コストも低いという特質を持っている。生産系の補給効率も含めてこの両者を戦略的に組み合わせていけば、ワールドの成長力と収益力は十分にコントローラブルと見るべきだろう。
 最も生産性の高い旬の人材に絞って最良の成果を発揮させるという成果主義に徹した人事制度への切り替えも、割り増し退職金等の一時的な負担はあったもののほぼ一巡し、売上対比の人件費率は9.3%と三期で1.8ポイントも低下した。こうして見ると、経費構造面で収益の足を引っ張る要因はもはやワールドには見当たらない。
 SPA事業へのシフトが進んで売掛債権回転日数も大幅に短縮され、回転差資金は4期で125億円も改善。プロセス精度の高まりで商品回転も着実に改善されているから、営業キャッシュフローにも不安はない。
 SPA事業のプロセス革新を取り入れて卸事業も底を打ち、新規小売事業の主力も離陸してSPAブランド事業とのシェア関係が一線を超え、不動産コストが好転。新たなSPAブランドや新規小売事業の離陸打率は不安定だが投資規模が知れており、収益やキャッシュフローに影響を与えるリスクはない。効率的な若い組織へのリストラも一巡して身軽になったワールドは何処から見ても順風満帆であり、安定した収益性向上が読める最良の段階に入ったと評価される。

SPAブランドはまだ売上を伸ばせる

 振り返って見れば、80年代までのFC卸事業を中核とした成長が87年に壁を打って衰退に転じた後、ワールドは骨身を切らせる敵前大回頭を積み重ねて来た。92年のスパークス構想を起点に93年には初のSPA型ブランド「オゾック」を立ち上げてSPA戦略に賭け、その離陸の目処が立った95年にはOL層を狙ったSPA型ブランド「アンタイトル」を立ち上げる一方、早くも初の新規小売業態たる「アクアガール」を、翌96年には「インデックス」も立ち上げている。
 「オゾック」の勢いに陰りが見られ始めた98年秋には「オペーク銀座」「ドレステリア」「イッツデモ」と矢継ぎ早に新規小売業態を立ち上げているが、この段階では決定的なビジネスモデルは見いだせず、実験の域を出ていなかった。その一方で「クードシャンス」「インディヴィ」等のOL〜団塊ジュニア層狙いのSPAブランドが加わり、“オゾック・プロセス”に乗って順調に拡大。その上のトランタン〜キャリア世代を狙った「ヴォイスメール」等のSPAブランドも立ち上がった。
 が、週単位に販売と生産をリンクさせた“オゾック・プロセス”の短サイクルな開発体制で供給出来る質感と面のキャラには限界があり、その威力は団塊ジュニア狙いブランドまでに留まっていた。この壁を突破すべく始ったのが2001年以降のWP2(ワールドプロダクションパートナーズ)で、“オゾック・プロセス”の週単位の販売と製品供給の連係を保ちつつ、原糸やテキスタイル開発の段階からコラボレートして大人が認める差別化を実現するという踏み込みであった。
 その効果は団塊ジュニアブランドはもちろん卸ブランドにまで波及したが、トランタン〜キャリアの戦略ブランドを急加速させる所まではまだ行っていない。恐らくは週を単位とした業務プロセスでは踏み込み難い、個人の技量が深く関わる工程を決定的に変えられない事、顧客の求めるウェアリングと面のデリケートなコントラストを掴み切れないでいる事等が要因と思われる。
 が、これは成長を妨げる決定的要因ではない。これらのプロセス問題は時間が解決するし、現状の質感と面でもサイズやオケージョンへの対応、カテゴリーの拡充で売上はまだ伸ばせる。「アンタイトル」や「インディヴィ」「クードシャンス」がフォーマルやスポーツ、LサイズやSサイズ、トールサイズ、服飾雑貨に本格的に取り組めば、「23区」方式で売場も売上も獲得出来るからだ。
 この手法で時間を稼ぎながら、キャリアブランドに適したSCMプロセスの改良、ビジネスモデルが見え難い新規小売業態の離陸を加速していくというのが、今のワールドの本音であろう。

新規小売業態のビジネスモデルは未確立

 とは言え、百貨店の歩率負担が重いSPAブランドに比して、SCや路面を主戦場とする新規小売業態は一定以上の粗利益率と販売効率さえ読めれば収益確保は容易だ。その『一定の販売効率』が単に店舗営業の損益を満たす水準か、週単位に販売と生産をリンクして効率的に回せる“オゾック・プロセス”に乗る水準かで倍は開いてしまう。ワールドが布石を進めている新規小売事業の各々は、いったいどちらを前提に開発が進められているのだろうか。
 それは「ハッシュアッシュ」「三寒四温」「オゾックファミリー」「ザ・ショップTKタケオキクチ」といった郊外型のファッションコモディティ業態であるか、「アクアガール」「インデックス」「イッツデモ」といったターミナル立地のクロスマーチャンダイジングストアであるかは関係ない。一定の販売効率に達して、よりターミナルに移動すれば“オゾック・プロセス”に乗ると判断されれば、一気に立地移動が始る。  嘗ての「インデックス」が郊外から都心ターミナルへ移動していったように、「イッツデモ」が郊外住宅地のコンビニ立地から一気にターミナルのキオスク立地にシフトしたように、「ハッシュアッシュ」も郊外SCからターミナルへの移動を始めている。「アクアガール」とて、オリジナルMDは“オゾック・プロセス”に乗っているに違いない。となれば、例外は「ドレステリア」ぐらいなものかも知れない。
 私はSPAの成功ビジネスモデルが“オゾック・プロセス”しかない等とは決して思わない。“オゾック・プロセス”の原形は109に見られる東大門の家内制手工業を背景とした流通素材活用型短サイクルアイテムMDであり、それを科学的なプロセスに置き換えて店舗運営支援システムを組み込み、品質を安定させてプロセス効率を追求したのが“オゾック・プロセス”だと思う。その仕掛けには大半のトレンド商品が乗るが、如何に生産プロセスを遡っても、クオリティや面に固執するマーケットには最適とは言い難い。多様な面のコントラストを訴求するセレクト系SPAにも向かないと思う。
 週単位に販売と生産をリンクしてプロセスコントロールするという点でインディテックス社の仕組みは“オゾック・プロセス”と似ているが、キーとなっているのが素材の染色・後加工の自社工場であり、クォリティや面を自在に制御して店頭の要求に機動的に応えていけるのが強みだ。“オゾック・プロセス”の壁を突破してキャリアゾーンまで適用ブランドを拡げるには、このインディテックス社の仕組みに進化するしかないと私は考える。WP2が大規模な設備投資を伴う染色・後加工工程をキーとしたプロセスまで踏み込むなら、ワールドの成長を制約する壁は一気に消えてしまうはずだ。
 今は多店化し過ぎて上手く回っていないが、「GAP」に代表される定形コーディネイト型キーアイテムサーキットの二ヶ月単位MD(年6サイクルでMDとVMDを連動して組み、補給アイテムとスポットアイテムを2層流で流す)はSPAの一方の基本だと思う。「グローバルワーク」はこの原形にかなり忠実だし、ピークは定形コーディネイトの面展開で売りを稼ぐ大手セレクトショップの本質もこれに近い。郊外SCで展開する小売SPA業態には、やはり最適な手法であろう。
 「イッツデモ」とて、CVSの品揃えと補給の原点的ビジネスモデルを逸脱すべきではない。“オゾック・プロセス”に引っ張られて立地の役割を放棄してしまえば、ビジネスチャンスは潰えてしまう。
 “オゾック・プロセス”は確かに効率的で汎用性も高いシステムだと思うが、すべての事業をそこに着地させてしまうのは視野が狭いとしか言い様がない。ワールドが真に科学的で開発的な企業であるなら、“オゾック・プロセス”に頼らない新たなビジネスモデルを開発すべきではないか。もしそのような戦略視点に立つなら、百貨店のキャリアゾーン制圧も見えてくるし、「イッツデモ」は大都市圏のコンビニ銀座に千近い店舗を布陣する事ができる。「三寒四温」は郊外SCに三百店を展開して「イズム」の存在を脅かす事になるかも知れない。

21世紀型企業ワールドの本質は何か

 『顧客の求める価値を最効率に供給するプロセスを科学的に仮説し実験し検証し改善して実現し、新たな価値を創造していく素直な若々しい企業』、それがワールドの自ら求める姿であろう。そのためには経験を過信して仮説検証プロセスを素直に受け入れなくなった社員には去ってもらわねばならないし、検証のプロセスをワープしたがる若すぎる社員も排除しなければならない。
 もしそれが可能なら、企業は最高の経営効率を発揮して株主に最高の利益を提供することが出来る。決算報告を見る限り、ワールドは着実にその理想に近づいているかのように見える。多くの社会学者や歴史家が指摘してきたように、それは独善的なファシズムに近似していくが、ワールドは一ファッション企業であり、その理想が行き過ぎたとしても企業の経営問題を出る事はない。であれば、とことんまでその経営の理想を追求して最高の経営効率を実現し、世界に冠たる成功を歴史に残して欲しいものだ。

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