小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『ダンス必修世代の2.5次元感覚がファッションを変える』
(2021年12月21日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 欧米ではコロナ感染が再拡大する中もリベンジ消費が盛り上がり、逸早くコロナを押さえ込んだ中国でも高級消費やトレンド消費が活況だが、我が国ではコロナが収まっても消費の回復は鈍い。経済の衰退と勤労者の貧困化という現実は容易に解消されそうもなく、ファッションもすっかり生活臭くなってしまったが、ことヤングファッションに関しては覚醒の兆しが急速に広がりつつある。来22年は勢いのあるトレンドに期待してもよさそうだ。

 

■勢いを失ったジャパンファッション

 70年代には世界のクリエイションをリードし、80年代にはDCブランドからインポートブランドとバブル消費が盛り上がった日本だが、バブル崩壊以降は低価格化と海外生産シフトが進み、少子高齢化に加えてリーマンショック、東日本大震災、コロナ禍と逆風が続いてマーケットは縮小の一途を辿り、アパレル業界もかつての勢いを失って久しく、コロナ禍で瀬戸際まで追い詰められている。

 90年代は低価格化が進む中もメンズでは渋カジや裏原、レディスではギャルカジやモテ服が盛り上がり、00年代には欧米発のセレブカジュアルも取り込んで何とか勢いを保って来たが、リーマンショック以降は経済の衰退と度重なる社会負担増で中産階級の疲弊が進み、低価格な欧米ファストファッションや量販SPAの等身大服に流れ、TOKYOはファッション都市としてのトレンド発信力を失った。

アジアからのインバウンド客も彼らの経済成長とともに日本への憧憬が薄れ、「安い日本」の実利へと変わっていったが、かつての優越を忘れられないアパレル業界は勘違いの上から目線を続け、侵略する側から侵略される側への転落にも気付くのが遅れてしまった。

 

■中韓越境ECの逆侵略が加速する現実

 今や経済でも技術革新でも日本を凌駕し消費が活況を呈する中国や韓国からトレンドは生まれ、インスタライブやTikTok、ユーチューブなどの国境なきSNSに乗って我が国に押し寄せる。TikTokやユーチューブに溢れる中国語やハングル、露出度の高いチャイナドレスや極端に細身のBMファッションなど、食傷を超えて文化的逆侵略の恐怖さえ覚える。

※BMファッション・・・70年代イタリアのガールズブランド「Brandy Melville」に象徴される細身小柄のキュートなスタイル 

K-POPのBTSなどグローバルマーケテイングに秀でた韓国エンタメビジネスが日本市場に浸透し、日本のお家芸だったRPG(ロールプレイングゲーム)も今年は韓国のRPGドラマ「イカゲーム」に席巻された感がある。MMDやボーカロイド曲など日本発のデジタルエンタメさえ、韓国や中国のユーチューバーによる投稿が急増している。日本語のボーカロイド曲なので気がつかない人が多いが、「踊ってみた」「歌ってみた」投稿も中国や韓国からの投稿が目立つ。最初の技術革新はリードしても、それをグローバルに広げていく知恵と活力に欠ける日本を、才知と活力に溢れる中韓がスキルでも追い越していく構図は、液晶パネルや半導体のみならずエンタメやアパレルも同様なのだろう。

それを裏付けるのが、楽天グループがフリマアプリ「ラクマ」のユーザーに毎年行っているインターネット調査「ファッションの参考にする国」で、年々韓国の評価が高まって今年は50代を除く全世代の女性で首位を占め、10代では77.3%、20代でも56.7%に達した。ECやSNSには韓国ブランドや越境ECサイトが溢れ、10代20代女子では割高で保守的な日本ブランドは駆逐されつつある。今やファッショントレンドをリードするのはパリでもミラノでもNYでもなくSEOULや上海であり、TOKYOはトレンド発信都市としての地位を失って久しい。

越境ECの量的浸透では中国広州発の「SHEIN」が突出している。ショッピングアプリのダウンロード数では国内大手アパレル各社を抜いてユニクロと争い、インスタグラムの最新フォロワー数(12月17日)は24.5万人と同143万人の米国市場の17%を超えたから、単純計算すれば日本市場の売上は1500億円に迫っていると推察される。それに主要サイトだけでも40に迫る韓国越境ECサイトを加えれば、中韓越境ECへの流出額は、コロナ禍で8掛けに縮小した国内アパレル市場の3%に迫るのではないか。

中韓越境ECの多くは生産地からの直接出荷で、実質無在庫販売が成立して在庫ロスが限られ、消費者直販では輸出に課税されず、小額の郵便小包に国内消費税が課税されることもないから、国内のアパレル商品より3〜4割は割安になる。企画から出荷までのスピードも、「SHEIN」などAI駆使のCAD企画と小ロットCAM生産で1週間程度と超高速だから、商品企画の鮮度でもリードタイムの長い国内アパレルに勝ち目はない。

品質や完成度では国内アパレルにまだ分があるかも知れないが、中国越境ECアパレルは生産地に立脚してオンデマンド生産し、国内市場に活力があって国境なきSNSでトレンドが同時進行するから、韓国と並ぶトレンド感度を獲得するのは時間の問題だ。「ELFSACK」(香港)などストリートブランドの突出した企画力はその予感を裏付ける。

 

■ダンス必修Z世代の超絶2.5次元感覚

 マーケットが衰退してトレンドを生み出す活力を失い、貧困化とコロナ禍でオシャレする意欲さえ薄れ、個性のない量産女子服や緩々なルーズ女子服が蔓延してTPOまで崩れた日本のアパレル市場だが、Z世代、とりわけダンス必修世代の超絶2.5次元感覚はトレンドパワーの復活を期待させる。

 前世紀末から09年までに生まれた「Z世代」(本誌10月6日掲載の筆者レポート「顧客の世代交代で浦島太郎になっていませんか」参照)はスクールエイジからスマホとSNSでつながる人生を歩んできたデジタル・ネイティブであると同時に、11年から小学校、12年から中学校でもダンスが必修科目となって(13年からは高校にも導入)、ヒップホップやストリートダンスのポップなリズム感が身に付いた「ダンス世代」でもある。そんなダンス必修世代の先頭が今や17〜24歳になったのだから、TikTokやユーチューブに「国籍不明な」ダンス投稿が溢れるのも頷ける。「国籍不明な」と断ったのは、ダンスとダンス音楽はSNSで連動して盛り上がって来たもので、日本発のボーカロイド技術とCGアニメーション技術がダンスと一体にグローバル化していったムーブメントと位置付けられる。

 04年にヤマハが開発・発売した「ボーカロイド」(音声合成・音楽作成ソフト)を起点に、07年にクリプトン・フューチャー・メディアがボーカロイド音源デジタルキャラクターの「初音ミク」を発売して以降、多くのエンタメ・ソフトウエア事業者が男女小児様々なボーカロイド音源キャラクターを発売。「ボカロ」(「ボーカロイド」も「ボカロ」もヤマハの登録商標)が世界に広がる中、08年に樋口優氏がボーン操作で3Dデジタルキャラクターを自在に踊らせるCGアニメーションソフト「MMD」(MikuMikuDance)を開発してフリー配布したのを契機に、「初音ミク」「鏡音リン」「巡音ルカ」などボーカロイドキャラクターとそのユーザー改変モデルが広がるのみならず、近年はスクウェア・エニックスの「ヨルハ二号B型」、SEGAの「白石杏/小豆沢こはね」などCGゲーム事業者のRPG(ロールプレイングゲーム)キャラクターも加わって、DECO*27などボカロP(ボーカロイド音楽アーチスト)と足太ぺんたなどユーチューブダンサー(振付師)、国内のみならず中韓などアジアや欧米のMMDユーチューバーが技術と感性を競い合う「SNSデジタルポップス&ダンス」世界が膨張を続けている。

 注目されたボーカロイド曲やMMD、リアルダンスは数ヶ月で数百万アクセスを稼ぎ、大ヒットともなればアジア全域を巻き込んで数千万、時には「うっせぇわ」のように一年で2億近い爆発となることもある。ヒット曲には様々な振付が試みられ、MMDダンスとユーチューブダンサーの「踊ってみた」が競い合い、ボーカロイドならではの超高音域・超早口や超ハイテンポ超絶技巧が当たり前になっている。ダンス世代の若者たちは当然のように、そんな超高音域・超早口ボーカロイド曲をカラオケで歌い、超ハイテンポ超絶技巧振付ダンスを仲間と競い合っている。そんなダンス世代のデジタルとアナログの際さえ無い2.5次元感覚に比べれば、アイドルチームのステージなどスローモーションに見えてくる。

 4月27日にオンロードされて1億アクセスを超えた「踊」(Giga作曲、DECO*27作詞、Adoボーカル)など、MMDで超ハイテンポ超絶技巧振付が競われ、生身のダンサーによる「踊ってみた」の挑戦も相次いでいるが、未だT_KUKU振付の白石杏(SEGAのPGRキャラクターで声優は友美ジェンナ)Ver./小豆沢こはね(同声優は秋葉)Ver.を踊り切るダンサーは登場していない。

※白石杏Ver.・・・・ https://www.youtube.com/watch?v=SYe-mi0ho1Q

※小豆沢こはねVer.・・・・https://www.youtube.com/watch?v=LRRWYatHazA&t=0s

 

■2.5次元感覚ダンス世代がファッションを変える

 ダンス世代のハイテンポな2.5次元感覚からすれば、アパレル業界の半年サイクルのトレンドなどスローモーションでしかなく、ファストファッションですら緩いおじさんおばさん感覚に見えている。生身の限界を超えたボーカロイドとCGキャラクターは色彩の鮮やかさやライティングもリアル世界を超えており、極彩色にポップだったり大胆な陰影をつけたりとグラフィック感覚が突出している。

ハイテンポに踊って魅せるのだから、タイトフイットや肌の露出、肌見せピタトップスとオーバーアウターのレイヤード、ミドリフ丈や超ミニ丈、スカートと見せショーツ/カラフルポップなタイツ/スパッツ/レッグウォーマーとのレイヤードなど当たり前で、キュートでポップあるいはセクシーヘルシーなアクティブ・レイヤードが好まれる。

中韓で先行するY2K(00年前後のセレブカジュアル)もそんな視点で見ればなるほどと思えるし、SNSで時差なくつながる日本のダンス世代が平凡すぎる国内ブランドに失望して中韓の越境ECに流れるのもやむを得ないと納得させられる。オシャレを忘れた量産女子やルーズ女子が氾濫する現状を一変させると期待されるダンス世代だが、アパレル業界がダンス世代を捉えるにはスローモーなトレンド感覚と業務進行、停滞した色彩感覚とリズム感を払拭する必要がある。経営陣から現場まで、すっかり老化し旧弊にしがみつく体質が染み付いたアパレル業界に、そんな瑞々しい自己革新力が残っているのだろうか。

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