小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『利益を食いつぶすのは値下げか?販管費か?』
(2024年06月19日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 アパレルチェーンの利益を左右するのは「値入れ」−「値下げ」=「粗利益」の構図と思われがちだが、各社の実態を検証してみると必ずしもそうではないようだ。「値入れ」も「粗利益」も厚くても利益率が薄い事業者もあれば、「値入れ」が薄かったり「値下げ」が大きくても利益率の高い事業者もある。「値入れ」の確保も「値下げ」の抑制も重要だが、結局は「粗利益」と「販管費」のバランスが決め手になっており、認識を改める必要がある。

 

■「値入れ」−「値下げ」=「粗利益」の構図

 図表は「値入れ」−「値下げ」=「粗利益」の構図を開示データ(値下げ率を開示しているのはしまむらだけ)から計算、あるいは推計できる主要アパレルチェーンの実態を比較したものだ。決算期中に売り上げた商品の「仕入れ売価」総額に対する「実現売上」総額の比率が「歩留まり率」とか「換金率」とか言われるもので、その差が「値下げ率」になる。

 「しまむら」の値下げ率は6.5%、「アベイル」の値下げ率は13.2%と開示されているが、「値入れ率」と実現「粗利益率」の単純落差であり、売り上げた商品の「仕入れ売価」総額から「実現売上」総額の目減り率としての「値下げ率」は計算する必要がある。

「しまむら」の場合、開示されている「粗利益率」33.7%に「値下げ率」6.5%を加えれば仕入れ段階の「値入れ率」が40.2%と知れる。実現「売上原価」(売上比66.3%)=「調達原価」(仕入売価比59.8%)だから、「歩留まり率」は90.2%、「値下げ率」は9.8%と割り出せる。同様に「アベイル」の場合も、開示されている「粗利益率」38.8%に「値下げ率」13.2%を加えれば仕入れ段階の「値入れ率」が52.0%と知れる。実現「売上原価」(売上比61.2%)=「調達原価」(仕入売価比48.0%)だから、「歩留まり率」は78.4%、「値下げ率」は21.6%と割り出せる。

 平均的なカジュアルSPAの場合は「調達原価」率が「仕入れ売価」比34%程度、実現「粗利益」率は「実現売上」比55%程度だから、「売上原価」(売上比45.0%)=「調達原価」(仕入売価比34.0%)から「歩留まり率」は75.6%、値下げ率は24.4%と計算できる。カジュアルSPAの圧倒的覇者「国内ユニクロ」はライセンス収入を除いた正味「粗利益」率を47.9%と開示しているから、「調達原価」率を「仕入れ売価」比38%と仮定すれば、「売上原価」(売上比52.1%)=「調達原価」(仕入売価比38.0%)から「歩留まり率」は72.9%、「値下げ率」は27.1%と計算できる。

調達ロットの限られる平均的なカジュアルSPAより国内ユニクロの「調達原価」率が高いのは、圧倒的大ロット計画生産による低コスト調達と他社に差をつける高品質のバランス点であり、「値下げ率」が高いのは大量計画生産品を計画通りに売り減らしていくフレキシブルな売価変更(マークダウンとは限らず数日だけのキックオフ※も多用)によるものだ。「値下げ率」が27.1%と高く「粗利益」率が47.9%にとどまっても、販管費率が34.7%と平均的なカジュアルSPAより14.3ポイントも低いゆえ、営業利益率は13.2%と格段に高い。

アパレルチェーンではないが、ハイブランドアパレルの三陽商会はプロパー販売比率を開示しており、24年2月期は66%と前期から1ポイント改善された。三陽商会は通常店舗での値引き販売を避けてアウトレット店で処分しているから、残る34%の過半(おそらくは6割程度)が換金されて11.7%の売上(アウトレット店の売上比率)になり残りは翌期に持ち越されたとすれば、実現売上に相当する「仕入れ売価」に対する「歩留まり率」は77.7%、「値下げ率」は22.3%になる。24年2月期末在庫に占める前期からの持ち越し在庫比率は18%(今期・来期在庫82%と開示)だったから、当たらずとも遠からぬ推計と思われる。

逆算すれば「仕入れ売価」に対する「調達原価」率は29.9%とカジュアルSPAと大差なく(タイムセールを乱発する二重価格商法SPAの「調達原価」率はさらに2〜3ポイント低い)、歩率負担の大きい百貨店ブランドの「調達原価」率は20%を切るという「神話」がコロナ禍のカタルシスを経て過去のものとなったことを推察させる。ちなみに三陽商会の百貨店売上に対する歩率負担率は、新会計基準で百貨店売上が卸売上計上から小売売上計上に変わったことで明らかになり、22年2月期で31.7%と計算できたが、三陽商会の基幹ブランド(ハイブランド)への戦力集中とコロナ明け以降の百貨店衣料品のハイブランドシフトを考えれば、24年2月期は31%前後まで下がったのではなかろうか。

※キックオフ・・・・数日から1週間程度の期間限定値下げで、期間が過ぎれば元の価格に戻る。値引き幅も通常の値下げ(マークダウン)より小幅なことが多い。

 

■利益水準を決めるのは粗利益率より販管費率

 値入れが厚くて値下げが少なく着地の粗利益率が高いほど高収益になると思いがちだが、この比較検証からは異なる構図が見えて来る。

 平均的カジュアルSPAより値入れが4.0ポイント薄く値下げ率も2.7ポイント多く、実現粗利益率も7.1ポイントも低い国内ユニクロが13.2%も営業利益率を稼ぎ、同じく値入れが25.8ポイントも薄く、値下げロスこそ14.6ポイント少ないものの実現粗利益率は21.3ポイントも低い「しまむら」が8.7%(「しまむら」業態だけだと営業利益率は10%近いと思われる)の営業利益率を稼ぐ現実は、『粗利益を稼ぐより販管費を抑制する方が確実に利益が残る』という構図を推察させる。

 値入れを稼いで値引きを抑え厚い粗利益を残すに越したことはないが、それに迫る販管費が出ていけば利益は残らない。国内ユニクロは販管費率を34.7%に抑え、しまむらは販管費率を25.9%に抑えているが、平均的なカジュアルSPAの販管費率は50%に迫り、クロージングSPAでは50%を超えてしまう(販売人件費負担が嵩む)。

 販管費の2大コストは運営人件費と販売チャネル費(店舗販売では家賃と減価償却費、ネット販売ではECモールの手数料)であり、EC比率が高まった今日では物流費とキャッシュレス手数料も嵩む。

 販売チャネル費は出店戦略(高集客立地へ上るか低コスト立地に下るか)とMD戦略(縦売りか横売りか※)の相関で決まる。高集客立地に上って縦売りを極めグローバルブランドとなったユニクロと生活圏立地で横売りするエッセンシャルストアに徹したしまむらでは平米あたりの販売効率が3.2倍も違うが、平米あたりの店舗費(家賃+減価償却費)は4.9倍とそれ以上に違う。

出店戦略とMD戦略が噛み合って販売効率とチャネルコストのバランスが採れれば収益性が高まるが、出店戦略とMD戦略が行き違うと販売効率とチャネルコストのバランスが崩れて収益性は急激に悪化する。付加価値戦略(単価アップ)と縦売りは出店立地を上り、低価格戦略と横売りは出店立地を下るのが鉄則で、逆行するリスクは極めて大きい。

それはECも大差なく、手数料率が高くてもコーディネイト売りで出荷単価も高い外部サイト(ZOZOなど)と手数料率が低く単品量販に適した外部サイト(amazonなど)の使い分けが曖昧だったり、EC比率が3割4割と高まっても自社ECがハブ&スポーク型全国区宅配業者※に依存するFC※出荷を続けていたりすれば、コストはジリジリと上昇して採算が悪化してしまう。

全国に三桁四桁の店舗を展開するナショナルチェーンではエリアの店舗在庫をEC受注に引き当てるBOPIS(店渡し)や店舗出荷のローカル宅配に切り替えるのが正解で、店舗をOMO拠点としテザリング※で在庫効率を高めるローカルロジスティクスへの転換が急がれる。タイムリーな欠品補充や店間移動、シーズン後半の在庫再配置と集約売り切りを迅速・低コストに行うにもローカルロジスティクスが必定で、店舗布陣とOMOな顧客マーケティング、テザリングとルート便を一体化したローカル運営体制が問われる。実際にはリージョナルのディストリビューションとローカルのテザリングを組み合わせて運用されるが、店舗物流とEC物流、初期投入と移動運用の組み合わせによって体制が微妙に異なる。

運営人件費を左右する要素は営業時間と保守面積、商品単価とマテハン効率、店舗DXとロジスティクス、勤務体制やレイバーコントロールの巧拙だが、結果としては「人時生産性」(一人当たり売上、一人当たり粗利益)に帰結する。正確には一人一時間当たりの売上や粗利益を指標とするが、アパレルチェーン各社の開示情報(一人当たり総労働時間の開示が無い)からは一人当たり通期売上、一人当たり通期粗利益で比較するのが妥当と思われる。

※縦売りと横売り・・・同一品を補給して大量継続販売するのが「縦売り」、バラエテイを揃えて少量を売り切っていくのが「横売り」。

※全国区宅配便とローカル直行宅配便・・・大手宅配業者はデイリーにエリア集荷➡︎リージョナル仕分け➡︎リージョナル間夜間配送➡︎エリア仕分け➡︎宅配というサイクルを繰り返すゆえ、複雑で高コストになり、必ず一晩を跨がねばならない。対してローカル地盤のデリバリー・プロバイダーは載せ替えもリージョナル間配送もない直行宅配(LCC型)で、速い(2〜4倍速)・安い(ほぼ半額)を両立する。

※FC(Fulfillment Center)・・・・入荷した商品を棚入れしてからピッキングして出荷する保管型のDC (Distribution Center)に対して棚入れせず仕分 けして送り出す通過型の物流施設が TC(Transfer Center)で、FC(Fulfillment Center)は通販の出荷用DC。通販の物流施設でも食料品などでは消費地で仕分ける通貨型のデポも活用される。

※テザリング…エリアの店舗間で在庫を融通して在庫効率を高めるローカル・ディストリビューション手法で、修理加工の集約やC&Cの店出荷と連携される。

 

■しまむらとユニクロに見る人時生産性

 国内ユニクロ(23年8月期)は平均1030平米の店舗をフルタイマー15.7人とパートタイマー11.1人(8h換算/延べ28.7人)で回して9億3621万円を売り上げ、一人当たり3476.6万円を稼ぐ一方、しまむら(24年2月期の連結ベース)は平均1011平米の店舗を正社員1.42人とパートタイマー5.52人(8h換算)で回して2億8608万円を売り上げ、一人当たり4152.2万円を稼いでいる。その差は保守面積で、ユニクロは平米当たり年間91.0万円を売る売場を一人で38.2平米カバーし、しまむらは平米当たり年間28.2万円を売る売場を一人で146.0平米もカバーしている。

営業時間も商業施設店舗が多いユニクロが平均して10時間(曜日で違ったりするが都心店で11〜21時、郊外店で10〜20時が多い)に対し、郊外やローカルの路面店がほとんどのしまむらは大半の店舗が9時間(10〜19時)と1時間短い。たった1時間の違いだが、フルタイマーだと休息時間を含めた拘束時間で二交代シフトを要するか否かを分けることになる。ユニクロはしまむらに比べるとフルタイマー依存率が高く、この差は大きいと思われる。

加えて、単品集積のデジタルな棚割り陳列に拘るユニクロが閉店後の陳列整理に手間取る(セール時は2時間近く要する)のに対し、ほぼアナログなハンガー陳列だけのしまむらは開店直後の品出し時に陳列整理すれば済むから閉店後の作業を要しない。VMD手法によって陳列整理や品出しのマテハン作業量が大きく違うという典型的なケースだが、アパレル業界人には見えていないのではないか。

しまむらは一人がユニクロの3.8倍の売場をカバーしてユニクロの1.2倍近い一人当たり売上を確保しているが、仕入れ品揃えゆえ粗利益率が34.4%と自社開発SPAのユニクロの47.9%とは13.5ポイントも差があり、一人当たり粗利益額は1428.9万円とユニクロの1665.3万円に逆転される。

しまむらは一人当たり539.9万円の人件費(給与476.3万円)を負担しても人件費率を12.8%に収めて8.7%の営業利益率を計上する一方、国内ユニクロは一人当たり483.2万円の人件費(ファーストリテイリングの人件費率13.9%と国内ユニクロの一人当たり売上から算出※)を負担して13.2%の営業利益を計上しているが、絶対水準で11%強、粗利益対比では37.8%に対して29.0%と8.8ポイントも格差がある。ユニクロは話題となった大幅賃上げが半期分しか反映されていないが、通期反映しても絶対格差は半分ほどしか埋まらないし(しまむらも賃上げするからそこまでも縮まらない)、粗利益対比の差はほとんど詰まらない。国内ユニクロにはまだまだ賃上げする余裕がある一方、マテハン労働負担の軽減余地も大きいと見るべきだろう。

 

■両者の異なるアプローチに学ぶ

ユニクロとしまむらでは運営人時量抑制の方策が異なる。ユニクロがRFID活用のフルセルフレジや迷い子品探索レーダーなどDX装備で精算人時量やマテハン人時量を抑制する一方、棚割り陳列の畳み直し・棚戻し、後方ストックからの補充(しまむらには無い作業)などマテハンプロセス改善による人時抑制が甘いのに対し、しまむらは未だバーコード管理のままセルフレジも導入せずDXが遅れている一方、ハンガー陳列フェイス(棚割り陳列は下着類を除けば皆無)の維持管理と品出しを集約してアドレス指示するなどパートのマテハン作業負担軽減にきめ細かく取り組んでいる。

販売効率の3.2倍の差、平米あたり在庫の5.64倍の差※によるマテハン物量の絶対的な違いはあるものの、しまむらが生活圏のパート主婦(顧客でもある)に依存して勤務シフトやマテハン労働にきめ細かく配慮しているのに対し、ユニクロは若いアルバイトやパートタイマーの体力を当てにした体育会的な荒っぽさが残るのではないか(かつてはブラック企業と指摘された)。

ユニクロは単品集積の棚割り陳列というVMD手法は譲れないにしても、作業タイミングを見直したり物流加工や補充プロセスを改善する余地はあるし、しまむらも単品集積陳列を全否定してはカジュアル領域を攻めきれないし、RFID未導入で在庫管理するのも限界がある。店舗在庫引き当てのBOPIS拡大やECサイトのマーケットプレイス化を見越すなら、しまむらのレジはタッチポイントが集中していくからセルフレジ化は不要だが、在庫管理や店舗在庫のピッキング(BOPIS以前にルーティンの店間移動がある)にはFRIDが必須ではないか。

しまむらとユニクロの比較になってしまったが、MDも店舗運営も両極の両者を比較すれば、運営人時量を圧縮して販管費を抑制する手法が明瞭に見えてくるのではないか。「値下げ率」の抑制手法については機会を改め、商品計画〜調達〜配分・補給〜編集消化運用・売価変更のトータルプロセスとして検証したい。

 

※国内ユニクロ事業としての開示が近年はない

※平米当たり期末在庫はしまむらの2.5万円に対して国内ユニクロは14.1万円。

 

 

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