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WWD 小島健輔リポート
『ユナイテッドアローズに山積する課題 遠い本格回復』
(2023年06月01日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 ユナイテッドアローズの23年3月期決算は売上高が9.9%増の1301億3500万円、営業利益が278.0%増の63億6200万円、純利益が492.6%増の43億4100万円(一株当たり152.37円)とようやく大幅回復したが、売上も営業利益もコロナ前には届いておらず、コロナ前からの課題も山積しており、本格回復には遠い状況だ。目先の成果を追って長期戦略や財務政策も不透明で、企業の存在理念やカバナンスという根源的なリーダーシップも揺らいでいるように見える。

 

■本格回復には遠い業績

 売上も利益も大幅回復したと言っても、20年3月期比では売上は82.7%、営業利益は72.6%にとどまる。既存店売上も20年比85.0%と、アダストリア(23年2月期)の97.1はもちろんAOKIファッション事業(23年3月期)の95.0%にも劣る。

ユナイテッドアローズは従来路線の様々な課題を解決できないまま壁にあたり、コロナ前20年3月期はすでに業績が陰り始めていたから、直近のピークだった19年3月期と比較する必要がある。さすれば売上は81.9%、営業利益は57.5%、純利益は67.6%と回復はさらに遠くなる。

好立地店舗での正社員による手厚い接客を理念とするユナイテッドアローズでは平米当たり売上と一人当たり売上が収益を大きく左右する。23年3月期の直営店の平米当たり売上は127.7万円と20年比で86.3%、19年比では80.4%にとどまり、ピークだった14年3月期の187.9万円に対しては68.0%に過ぎない。同一人当たり売上も3186.1万円と20年比では103.6%と上向いても19年比では94.4%にとどまり、ピークだった14年3月期の3814.7万円に対しては83.5%に過ぎない。

平米当たり売上の低下は賃料負担率、一人当たり売上の低下は人件費負担率の上昇に直結し、収益を圧迫している。23年3月期の賃借料率は14.26%と19年の14.22%まで戻したが(22年は16.24%)、14年の12.50%と比べればまだ1.67ポイントも高い。同人件費率は16.45%と20年の15.92%までも戻せていないし、16年の15.18%と比べれば1.27ポイントも高い。

結果、23年3月期の販管費率は46.73%と19年の44.49%はおろか20年の45.25%も上回り、14年の42.68%と比べれば4.05ポイントも高い。粗利益率こそ正価販売の徹底で51.62%と19年の51.45%を超えたが、54%台に乗っていた13年までとは格差がある。

23年3月期の営業利益率は4.89%と21年の−5.43%、22年の1.42%からは急回復したものの20年の5.56%には届かず、13年の10.91%と比べれば6.02ポイントも低い。運営効率が悪化しているのに同じ運営方法に留まっているのだから、損益が劣化するのは必然だ。実際、ユナイテッドアローズの事業運営はEC関連を除けば一昔前からほとんど変わっていない。

 

■課題は「グリーンレーベル・リラクシング」

運営効率をセグメント別に見れば、同社の抱える課題が浮き上がる。トレンドマーケット(「ユナイテッドアローズ」「ビューティ&ユース」)の直営店平米当たり売上は158.1万円と20年比で90.1%、19年比で85.6%とまだ健闘しているが、ミッド・トレンドマーケット(「グリーンレーベル・リラクシング」)の平米当たり売上は92.0万円と20年比で79.8%、19年比で72.5%と大きく落としたままだ。一人当たり売上もトレンドマーケットが3420.3万円と20年比103.9%、19年比でも96.6%と健闘しているのに対し、ミッド・トレンドマーケットは2799.9万円と20年比は101.9%でも19年比では89.8%にとどまる。

ミッド・トレンドマーケットの販売効率は立地の差もあってトレンドマーケットの58.2%と低いが、19年には68.7%だったから「グリーンレーベル・リラクシング」は大きく落ち込んでいる。一人当たり売上もトレンドマーケットの81.9%にとどまるが、19年は88.1%だったから、こちらも落としている。

ミッド・トレンドマーケットの直営店売上も219億3600万円と20年比76.8%、19年比72.1%とトレンドマーケット(441億7500万円)の20年比85.2%、19年比81.0%に比べて落ち込みが大きく、ECを含めたビジネスユニット売上も337億2600万円と20年比87.1%、19年比85.1%で、トレンドマーケット(650億6300万円)の20年比89.8%、19年比88.9%とは差があるから、運営やMDの巧拙を超えたブランドのマーケット・ポジションそのものが揺らいでいると見るべきだ。

もとより「グリーンレーベル・リラクシング」は都市郊外の団塊ジュニア層(ゼネレーションX)を狙ったファミリー業態だったが、基幹業態と同じセレクトSPAサプライのため駅ビル専門店価格となって郊外SCの大衆価格ライバルとは戦えず、駅ビル上層階や郊外ターミナルに出店が限定された。試行錯誤するうちに顧客層はゼネレーションY(80〜94年生まれ)に移り、価格が通り易いビジカジを中核に郊外のアップスケールモールにも店舗を広げ、マーケット・ポジションを確立して18〜19年に最盛期を迎えたが、19年10月の消費税増税で頭を打ち、ビジカジ中核のMDはコロナ禍で大きなダメージを受けた。

コロナからの回復過程で再びビジカジやオケイジョンを強めて軌道に乗りつつあったが、円安などによる調達コスト増で郊外では価格抵抗感が強まり、「グローバルワーク」など大衆価格ライバルのビジカジ&オケイジョン拡充で、再び立地と価格のギャップという壁が立ちはだかっている。 

郊外立地では割高でもトレンドマーケットと比べれば6掛け程度と単価が低く、同じ運営・販売方式では一人当たり売上はせいぜい8掛け程度に留まりかねず(23年は81.9%、19年の88.1%は頂点だった)、郊外店舗を広げるほど収益が圧迫される構図に陥っていると推察される。ならば子会社の手掛ける「コーエン」をリコンセプトして商品を一新しても、今の店舗スタイルと運営方式のまま広げていくメリットは皆無ではないか。

ECからスタートして顧客を広げ店舗展開を始めた「CITEN」はSC価格の範囲内という手軽さにもかかわらず洗練された単品企画とカラリングが秀逸で、品番数を絞ってSKUを広げ「縦売り」型のフェイシングとサプライを組んでセルフ販売&定型マテハンの330平米級以上のストア業態を確立できれば確実に化ける。直感的だが、カナダから米国に進出した直後の初々しかった「JOE FRESH」を想起させる。

 

■矛盾する政策の隘路から離脱せよ

 商品政策にも運営・販売政策にも出店政策にも「上り」と「下り」があり、それらの方向が相反すると互いに打ち消しあって営業成績が低迷し、損益が悪化してしまう。

 人件費の高い?ベテランの正社員販売員による手厚い接客を企業理念とするユナイテッドアローズは商品単価が高くないと人件費を吸収できず、商品政策(単価)や立地を下れば覿面に損益が苦しくなってしまう。「トレンドマーケット」「ミッド・トレンドマーケット」と区分する意味は薄く、価格帯と立地で「ターミナル立地のベタープライスマーケット」「郊外大商圏立地のモデレートプライスマーケット」と区分し、運営方法と損益構造を規定すべきだ。

後者についてはパート&バイト比率を高め、人時効率の高いセミセルフ販売と定型化したマテハン(物流段階での処理プロセスが必要)に徹しないと収益性が見込めず、それが出来ないなら後者の比率を抑制して「ベタープライスマーケット」の深耕(業態開発)に注力すべきではないか。ユナイテッドアローズの頂点に立つ「ドゥロワー」は品質と洗練を追求して顧客が富裕層に限定され9店舗にとどまるが、アパレル軸にこだわらずマーケットの広がりが期待できる機能系ベターブランドの開発、そのライフスタイルブランドへの発展も検討されるべきだろう。「ブリーフィング」や「デルセー」、ストリート系ではドイツの「プレインスポーツ」などがイメージされる。

正社員販売員による手厚い接客を企業理念とする以上、高コスト体質の解消は困難だから、より高単価な自前のブランドビジネス、あるいはラグジュアリーブランドの運営・販売代行などに事業基盤を移していくべきではないか。そこには販売員の待遇を一変させる損益構造があるはずだ。

 第三の「郊外生活圏立地のポピュラープライスマーケット」は「郊外大商圏立地のモデレートプライスマーケット」以上にパート&バイト比率の高い人時効率至上の運営とマテハンを効率化するロジスティクスが必要だから、手厚い接客を企業理念とする本体から切り離した「チェーンストア文化」の事業体が発想を変えて手掛けるべきだ。

一方で商品についてはユナイテッドアローズのDNAを継承し、バイイングSPAではなくデザインチーム(デザイナー/パタンナー/生産MD)による開発が好ましい。それもマーケットの萎縮が止まらないアメカジ&トラッド系でなく、抜けたモード系(レディスはフェミニンモード、メンズはスタイリッシュモード)が有望ではないか。「CITEN」はその意味でも有望で、駅ビル系のモードトレンドを「縦売り」の単品MDに落とし込む「coca」(アダプト・リテイリング)のようなマーケティングが思い浮かぶ。

 

※単体の期末従業員総数に対するアルバイト比率は2.35%だが、正規雇用従業員3,575人中、600人前後は育児や身体上の理由により就業規則に定める勤務時間での就業が困難で勤務時間を個別に取り決めた従業員。

 

■迷走する財務戦略

 ユナイテッドアローズの商品財務はコロナ禍以前から鈍重で財務負担が大きく、23年3月期も19年3月期の水準を回復したとは言え課題を残している。

 棚資産回転日数は119.7日と前期から6.8日、20年からは12.4日も縮まったが19年の118.2日と大差なく、在庫回転数も3.05回と19年の3.09回とほとんど変わらず鈍重だ(最も速かった14年でも3.17回)。売掛債権回転も32.3日と前期から3.4日縮まっても20年の26.4日からは5.9日長く、アダストリアの18.3日(23年2月期)、売上金を直接収納する店舗が多いファーストリテイリングの9.6日(22年8月期)に比べて資金負担が重い。

 買掛債務回転日数は56.4日と21年より13.3日長くなって19年からも6日長く、CCCは95.5日と前期から12.1日も短縮されて19年の97.2日より速くなり、売上の回復にもかかわらず運転資金は340億5600万円と三期間ほとんど変わっておらず、19年の8掛けに抑制されている。純資産に対する運転資金率は前期から15ポイント、19年からも5.8ポイント下がっても101.1%と危険水域を脱しておらず、慢性的な資本不足は解消されていない(21年4月5日掲載の「新経営陣はユナイテッドアローズを再建できるか」で詳説した300億円近い資金流失が元凶)。アダストリアの36.0%(23年2月期)、ファーストリテイリングの21.4%(22年8月期)と比べれば如何にタイトか理解されよう。

 コロナ禍による危機は切り抜けたがコロナ禍以前からのタイトな財務体質は変わっておらず、経営のフリーハンドを高めるには資本増強が急務と思われるが、130万株(自己株式を除く発行済み株式の4.6%)、20億円を上限とする自社株式取得、今期8円増やして55円とする配当拡大(配当性向30.8%→32.45%、15億6730万円)など株価押し上げを意図した資本の流失(計35億6730万円)は資本増強とは逆行している。コロナ下で156億円に急増した有利子負債も25億円と返済が進んで19年の36億円も下回ったが、それもキャッシュフローを減少させる。

自己資本比率は55.1と20年の水準を回復しているから財務が逼迫しているわけではないが、株主資本は338億9700万円と20年の386億3400万円を回復しておらず、事業投資と商品財務の心理的足枷になってコロナ禍のような緊急事態への即応力も損なう。それでも自己株式取得と配当拡大に走る経営判断は同日発表の取締役及び執行役員に対する業績連動型株式報酬制度導入と表裏一体なのかと勘ぐりたくもなる。そんな勘ぐりをしたくなるのも、企業理念の根底を支える一般社員の給与水準が低迷しているからだ。

 

■企業理念とカバナンス再構築へ給与水準を嵩上げよ

 23年3月期の好決算を受け、ユナイテッドアローズの松崎善則社長執行役員CEOは初任給の引き上げより既存社員への還元を優先し、決算賞与を上積み昇給・昇格者比率を拡大するがベースアップは行わないと発言しており、40年ぶりという物価上昇を背景とした今春の賃上げラッシュとは温度差がある。

 今春の賃上げは経団連調査で3.91%(前年は2.35%)、日経調査でも大企業が3.89%(前年は2.28%)、中小企業が3.57%(前年は2.19%)と前年を大きく上回った。小売業界でもイオンが正社員を5.03%、パート従業員を7%、しまむらも正社員を6.5%、パート従業員を5.2%賃上げし、初任給も1万7600円増の27万3000円とした。ワークマンも全社員の賃金をベースアップ3%を含んで5%引き上げ、アダストリアは正社員の賃金を6%引き上げ、初任給も1万円増の25万円にした。ファーストリテイリングはグローバルな人材調達を見据え、初任給を25万5000円から30万円に上げて年収を18%、新人店長は月収29万円を39万円に上げて年収を36%もアップし、そのほかの対象従業員も最大で年収を40%もアップするという。

 そんな賃上げラッシュの中、ユナイテッドアローズの初任給はみなし残業代(14時間分22,176円)を含んで22万3200円(基本給は201,024円)と時代錯誤の感があり、それでも採用人数の20倍以上の応募があると豪語する感覚はやり甲斐収奪のきな臭ささえ感じさせる。もっと問題なのは、従業員の平均年間給与が20年3月期の488万2000円(平均32歳、勤続7年)をピークに減り続け、22年3月期は405万4000円(平均34歳、勤続9年)と17%も減少してしまったことだ。

 これは有価証券報告書の「提出会社の状況」に記載される数字でユナイテッドアローズ単体を表しているが、22年3月期で3826人と連結従業員数の90.8%を占めるから、連結水準と大きな差はないと思われる。有価証券報告書の開示は決算短信から遅れて6月末になるから、23年3月期の水準は現段階では開示されていない。

 コロナ前までは売上対比15%台に収まっていた人件費が21年には18.28%、22年も17.21%に達し、売上が回復した23年も16.45%と高止まりして収益を圧迫しているから、賃上げどころか賃下げを目論んできたのが実態だ。

  23年3月期決算と同日に発表した長期ビジョン2032「美しい会社 ユナイテッドアローズ」では様々に美辞麗句が並べられる中、従業員の給与水準については一切の言質がなく、逆に「人員効率化」として従業員数が20年3月期から80.8%に減ったこと、「人件費の下方硬直性是正」として人件費を同85.5%に削減したことが誇らしげに謳われている。

 その一方で自己株式取得や増配、取締役と執行役員への業績連動型株式報酬制度導入を推し進めるガバナンス感覚は株主と経営陣への偏重が著しく、従業員に対する優しさも顧客に対する誠実さも見出せない。この現実を見て、従業員や顧客はユナイテッドアローズを「美しい会社」と受け止めてくれるだろうか。

 創業の理念を大きく逸脱して従業員をコストと見做し、業績も本格回復させられず将来の成長も描けない現経営陣に、創業経営者や物言う株主ははっきりと審判を下すべきだろう。

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