小島健輔の最新論文

商業界オンライン 小島健輔からの直言
『小島健輔が激白「アパレル業界がはまった3つの自滅の罠」』 (2019年06月21日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 過剰供給と需給ギャップでセールを繰り返しても過半が売れ残る泥沼から抜けられないアパレル業界だが、そんな惨状に陥った元凶は自らはまった3つの罠だったと指摘したい。それは1)作り過ぎの罠、2)販売蔑視の罠、3)顧客蔑視の罠、に他ならない。業界競って作ることに夢中で売り切ることを軽視し、販売現場と顧客を蔑視した報いが残品の山となったのではないか。

作り過ぎの罠

 アパレル業界は幾度、数字をそろえて指摘しても、見たくない知りたくない現実のようだが、長年の悪癖の積み上げでアパレル製品は消費量を倍以上も上回る過剰供給が慢性化しており、直近の18年では推定消費量13億6100万枚に対して輸入(97.7%)と国内生産(2.3%)合わせて28億9900万点が供給されている。差し引きすれば15億3800万点が売れ残った計算で、セールを繰り返しても46.9%しか消化されず、最悪記録をまたも更新してしまった。

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 その売れ残り品がどこへ行ったかは本媒体の『小島健輔が提言 過半が売れ残るアパレル流通への回答 オフプライスストア革命が迫る』を参照されたいが、狂気としか言いようがないほどの過剰供給がなぜ生じ、歯止めがかからないまま肥大してしまったのだろうか。そこにはアパレル業界が抱える特異な体質が指摘される。

1)原価抑制を優先しての過大ロット調達

 90年代のデフレから始まった海外生産シフトが年々加速し、とりわけ近年は高コスト化した中国から低コストな南アジアへの生産地移転が進み、調達コストは下がっても生産ロットとリードタイムが肥大して過剰供給と売れ残りに輪をかけている。

 国内→中国→南アジアと低コスト産地に移転するたびに生産ロットの桁が跳ね上がり、南アジア生産では万枚単位にもなってしまうが、ユニクロなど単業態で数百店舗を展開するビッグブランドでない限りそんなロットを売り切るのは困難で、大半のブランドは残品覚悟で販売力以上のロットを発注しているのが現実だ。ちなみに、駅ビルなどで数十店舗を展開するブランドの適正ロットは数百枚で、大当たりしても数千枚だ。そんな中堅ブランドまで南アジア生産に流れる業界の狂気には戦慄させられる。

 生産ロットの桁が上がるのは非熟練単能工によるパーツ分業で工場規模が大きくなるからで、付加価値の高い国内工場では熟練多能工によるセル生産で小ロットに対応している。

 ロットの桁が上がれば生産期間も長くなり、インフラの整わない南アジアでは工程間物流にも日数がかかり、船積みコンテナで輸送すれば物流も週単位で伸びるから、発注からブランドの国内倉庫到着まで国内生産が3週間とすれば中国沿海部は6週間、南アジアは12週間以上とリードタイムが倍々に長くなる。閑散期の低コスト生産を狙えば、その倍はかかる。リードタイムが長くなるほど的中率が落ちて消化率も落ちるのがアパレルの怖いところで、リードタイムが倍になればリスクも倍になる。

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2)値引きと残品のロスを上乗せて調達する悪習

 これも外野には信じられないことかもしれないが、アパレル業界では前年の値引きと残品のロスを翌年の調達量に上乗せするのが一般的だ。前年並みの売上げを確保するには値引きと残品のロスを上乗せして調達する必要があるからだが、これでは値引きと残品のロスを予約するようなもので、消化が悪化すれば雪だるま式に調達量が増えていく。

 売れ残り品を償却せず翌期に持ち越して販売できる分野(紳士スーツ/シャツや定番品)ではその分は上乗せされないが、値引き分は丸々上乗せされる。ちなみにアパレルメーカーの持ち越し残品率は婦人服で平均12%、紳士服では20%にも達すると推計される。

 もちろん、こんな悪習を抜け出そうとする試みは幾度も行われてきたが、よほど調達と配分・補給・物流、在庫消化運用を一貫して改革しない限り、調達の絞り込みは売上げの萎縮をもたらすことが多く、新規調達の絞り込みと再拡大、売れ残り在庫の処分と新規調達の絞り込みを循環的に繰り返す企業が多い。その事情は本媒体『小島健輔が指摘 迷走するライトオンの突破口はこれだ』をご一読いただければ理解されると思う。

3)値引きと残品のロスを上乗せて原価を切り下げる悪癖

 これも残念な事実だが、前年の消化歩留り(投入した定価総額に対する実現売上げの比率)から翌期の収益を確保せんとすれば、値引きと残品のロスを前提とした調達原価率を設定せざるを得ない。消化歩留りが悪化すれば調達原価率が切り下げられる訳で、年々消化歩留りが悪化してきたアパレル業界ではジリジリと調達原価率が切り下げられ、その分、お値打ち感も劣化していった。それがまた顧客を遠ざけて消化歩留りを悪化させるという悪循環を抜けられないでいるのだ。

小売プラットフォーマーによるコスト転嫁“事件”

 消化歩留りの悪化に伴うジリジリとした原価率の切り下げとは別に、百貨店や商業施設、モール事業者など小売プラットフォーマーからのコスト転嫁で断層的に原価率が切り下げられる“事件”も過去、4回起きている。

 DCブランドブームによる過剰付加価値が崩れた84年を契機に百貨店取引が委託にシフトした“事件”では短期に10〜12ポイント、92~98年にかけて百貨店がバブル崩壊による売上急落を納入掛け率の切り下げに転嫁した“事件”では計12ポイント切り下げられ、百貨店ブランドのお値打ち感は半減してしまった。

 定期借家契約導入に伴うイニシャルコストの低下を00年代前半に商業施設デベが家賃などランニングコストにジリジリと転嫁した“事件”では4ポイント前後、宅配料金値上げなど物流経費の高騰をECプラットフォーマーが出品者に転嫁した18年の“事件”でも現段階では2〜3ポイントに収まっており、百貨店の転嫁幅の大きさはアパレル消費を根底から冷却させる劇薬となった。

販売蔑視の罠

 過剰に作って供給する一方、アパレル業界は創ることに注力するほど販売消化に真剣に取り組んできたとは到底思えない。経営陣は販売現場に責任を押し付け、数字や人事による遠隔操作に終始するばかりで、販売や補給の仕組み、現場の消化スキルを根本から改革しようとはしてこなかった。

1)顧客と現場を見ない量と数字の遠隔操作

 売上げを増やすには店舗を増やし在庫を積めばよいというスタンスが強く、本部のデスクでPOSの数字を見て在庫をコントロールし、売れ筋は追加あるいは類似品を投入し、不振品は値引きで処理しようとする。それでは品揃えが細り、売れ残り品が滞貨し、値引きが荒利を食いつぶしてしまう。

 POSでは捉えきれない品揃えのデリケートなバランス、売場での分類配置や陳列訴求、ウエアリング提案と顧客の反応を見て、現場が機動的に在庫を編集運用して販売と連携させないと消化は進まない。これが本当のビジュアルマーチャンダイジングだが、アパレル業界はディスプレーに終始してフェイシング管理も編集運用も軽視し、消化運用スキルを失ってしまった。もとよりアパレルや食品はローカル性が強く、本部による一律な品揃えや在庫運用では効率的な消化は望めない。顧客に直接接する現場の判断や運用スキルが売上げや消化を大きく左右する。

 そんな当たり前のことを軽視して、本部が数字だけで一方的に配分・補給し値引きや店間移動を指示するCMIに徹すれば、現場は判断センスと運用スキルを失って「指示待ちのコストセンター」に堕してしまい、「知恵と工夫で結果を出すプロフィットセンター」からかけ離れてしまう。店舗の現場で働いているのは知恵も人格も人生もある生身の人間であることが事業規模の拡大とともに忘れられた感は否めない。

 欧米の大手チェーンが情報システムの分散処理と同様、現場の判断や工夫を引き出すSMIに転じていったのと比べれば、わが国のアパレルチェーンは中央集権のCMIに固執して現場の活力を損なったのではないか。大手GMSとドン・キホーテ(PPIH)の業績格差を見ればCMIとSMIの明暗は明らかだろう。POS依存のCMIが現場の活力とスキルを損なうという弊害の大きさを痛感するにつけ、ブームに火がついたAI依存が危ぶまれる。

※CMI(Central Managed Inventory)は本部が品揃えと在庫のコントロールを担う体制。SMI(Store Managed Inventory)は店舗が部分的にせよ品揃えと在庫のコントロールを担う体制。

2)販売員の使い捨て

 現場の運用スキル劣化をもたらしたもう1つの要因が定着率の低さで、3年以内に辞めてしまう店舗スタッフが大半では消化運用スキルは定着しない。会社として確立した運用マニュアルやそれをベースとした週次月次の運用指示に加え(今やタブレットベースの双方向ビジュアル確認グループウエアが必定)、マニュアルではカバーし切れない状況対応の判断力と運用スキルの現場承継が必要だからだ。

 そんな運用スキルの習熟が売上げと消化に直結し、キャリアを積めば報酬も上昇していくというのが健全なガバナンスだが、アパレル販売の現場では「接客販売」ばかりがフォーカスされ、接客テクニックを競う「ロープレコンテスト」が横行してきた。

 物品販売では正確な情報(商品情報や在庫情報)を提供して顧客のスムーズな商品選択をサポートするのが接客の役割であり、必要以上に購入をあおったり親密な接遇をしては過剰購入や返品など弊害が生ずる。接客テクニックで販売消化するには限界があり、下手にあおれば「押し込み販売」と顧客を遠ざけかねないし、個人売上げスライドで報酬を伸ばせる人は限られる。

 販売の大半は品揃えと分類配置、フェイシング管理・補充、出前訴求と編集運用という「販売準備陳列」(本当のVMD)で決まるものであり、アパレルの場合、買上率や客単価はフィッティングのスキルが大きく左右する。その習熟を軽視したまま「接客販売」を競わせても成果は限られ、店舗スタッフの報酬を伸ばして定着率を上げるのは難しい。C&Cが急伸する今日では「ロープレコンテスト」より「タブレット接客コンテスト」の方がはるかに有用ではないか。

「販売」とは何か「店舗運営」とは何か、何がコストになり何が利益を生むのか、真摯に体得しようとせずPOS依存の遠隔操作で現場の運用スキルを損ない、原価率を切り下げて値引きと残品のロスを穴埋めしてきた机上の経営陣がアパレル業界をダメにした、と言ったら過言だろうか。

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顧客蔑視の罠

 これら全ての過ちの源泉が「ファッションシステム」といわれる業界ぐるみの情報の非対称性増幅操作と根拠のない感性の優越意識だ。分かりやすく言えば、作り手売り手の消費者に対する情報優位を増幅して付加価値を高めようという、消費者保護の精神に真っ向から逆らう今どき鼻白む業界論理だ。

 ファッション業界とジャーナリズムが結託して消費者をあおるという古典的な「ファッションシステム」が成立したのは1920年代のパリとNYだといわれるが、わが国ではファッション誌ブームがブレイクした70年代初期だったと思われる。その仕組みが頂点に達したのがDCブームピークの84年で、同時に付加価値バブルの崩壊が始まっている。

 作り手売り手の方が高感度で情報が先行し高い付加価値が成立するという「ファッションシステム」の論理は、バブル崩壊後の90年代からストリートファッションに目覚めた若い消費者によって崩れ始め、アパレル製品の価格はデフレしていく。「ファッションシステム」の崩壊を決定的にしたのがSNSによるネット・デモクラシーで、今や消費者代表のインフルエンサーが「ファッションシステム」の上位に立って業界の情報優位性は完全に崩れた。

 結果、ウエアリングのローカル化(地域や世代の文化やライフスタイルによる分散)が急速に進み、欧米ファッション業界を頂点としたモードトレンドの神通力は崩壊。一部スーパーブランドを除いてグローバルブランドの業績が急速に陰りつつあるが、わが国アパレル業界の欧米モードトレンド信仰はいまだ根強く、ローカルなマーケットとの乖離と過剰供給でアパレル販売の不振は極まっている。

 アパレル業界がものづくりより販売消化に注力し、「ファッションシステム」の幻想にとらわれず顧客に寄り添っていれば、小売プラットフォーマーが自らの利益のためにアパレル業界を収奪することがなかったなら、原価率がこれほど切り下げられることもお値打ちが劣化することもなく、過半が売れ残るという惨状に陥ることはなかったのではないか。今からでも遅くはない。欧米モードトレンドにとらわれずローカルな顧客に寄り添い、調達量を抑制して現場スキルで大切に売り切っていくなら、アパレル業界は消費者の価格不信を払拭して泥沼を脱出できるかもしれない。

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