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商業界オンライン 小島健輔からの直言
『小島健輔が見る「総花にならない多様性対応」』 (2018年10月10日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 立地に縛られる商業施設は地域のさまざまなニーズに対応するのが基本だが、総花的になっては周辺ライバルと重なって集客が希薄化するリスクがある一方、フォーカスを絞り過ぎては客数不足に陥ったり競合環境の変化に直撃されかねない。総花と計算ずくの多様性対応はどこが違うのか、9月末に相次いで開業した2つの注目施設に探ってみよう。

軸の通った多様性対応  

 高島屋は9月25日に日本橋店と隣接してグループの東神開発が開発・運営する新館を開業したが、地下1階から地上1階の店舗面積約1万7000㎡にデイリーな食品やイートイン、上質な衣料品や服飾雑貨、スポーツウエアやヨガスタジオ、バラエティに富んだレストラン街など計114店をそろえた姿は、本館で捉えきれない新興顧客を取り込む別館の役割を担うものだ。

 直後の9月28日に三井不動産が名古屋市港区に開業した「ららぽーと名古屋みなとアクルス」はさまざまな分野の有力企業と取り組み、店舗面積5万9500㎡(商業施設面積は約7万㎡)の3層サーキットモールに食や住、スポーツやカルチャー、エンターテイメントなど217の多様なテナントをライフスタイル軸でアップスケールに構成していた。

 どちらも一見しては総花とも取れる多様な対応が目につくが、前者は伝統的な顧客に支えられた高島屋日本橋店が捉えきれない新興マンション族や周辺のオフィスワーカーを取り込むという軸が通り、後者は難点のある足元商圏を超えた広域からライフスタイルを充実させたいファミリー族を引き込むという軸が通っており、決して総花的というわけではない。

「日本橋高島屋S.C.」新館の場合

 地下1階と地上1階のぼほ半分が食品やイートインで、平日は7時30分から営業して近隣オフィスワーカーの日常需要に応える。2〜3階の大半と4階の一部を占めるファッション関連は、ハイソなセレクトショップからナチュラルなライフスタイルカジュアル、アクティブなスポーツウエアまで多様で、中央区と周辺の区で急増するマンション族のさまざまなライフスタイルに応えるものだ。4階は生活雑貨やヨガスタジオなどレディス感覚が強いが、5階はこだわりのビジネス雑貨や理髪店などメンズ感覚が強く、周辺オフィスのエグゼクティブも意識している。

 オフィスワーカーのコンビニエンスニーズ、高級マンション族のスノブなファッションニーズやアクティブなウエルネスニーズ、周辺エグゼクティブのこだわりニーズと四方に目を配った構成は高島屋流の「丸ビル」にも見えるが、2〜4階には「丸ビル」とは次元を画す都心生活文化の“華”も垣間見えた。それはNYマンハッタン・セントラルパーク周辺の高級マンション(サービス付きアパートメント)族の生活文化を彷彿させるスノブな香りで、日本橋が銀座や丸の内と差別化してアイデンティティを確立していく方向性を示唆するものと受け止められる。

 足元の中央区はもちろん周辺の千代田区、港区も突出した高所得商圏であることに加え、近年は高級マンションの開発で人口が急増して20〜40代で過半を占める(15年で52.34%/全国平均は36.91%)まで世代構成も若返っており、新興マンション族や周辺オフィスワーカーへの対応が急務だった。そんな商圏の変貌に対する高島屋の回答が「日本橋高島屋S.C.」新館で、四方に目を配った対応は総花に見えても筋が通ったものなのだ。

「ららぽーと名古屋みなとアクルス」の場合

 東邦ガス跡地再開発プロジェクトの中核商業施設で、東京なら江東区のような名古屋市有数の工業地帯ゆえ製造業従事者が多く、所得水準も女性比率も低く人口も減少傾向という難点のある立地だった。それ故、北側の中川区、北東側の熱田区、東側の南区など良質な近接地域から集客する必要に迫られ、ららぽーととしてはコンパクトなスケールにもかかわらず、さまざまな分野の有力企業と取り組んで食や住、スポーツやカルチャー、エンターテイメントなど、ライフスタイル軸でアップスケールな構成が図られた。

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 正面右翼に2層の独立棟を構え、Tサイト風にカフェ一体で早朝から営業する蔦屋書店をはじめ、フードエンターテイメントとスポーツ&アウトドア、インテリア関連主体に、ファッションもライフスタイル業態と外資ブランド中心に構成して周辺の「郊外型SC」とは一線を画している。その一方で「赤ちゃん本舗」を軸に手頃なベビー〜キッズ関連や日常食品、ららぽーととしては手頃なフードコートなどで足元の集客にも気を配っている。

 近年の大型SCとしてはコンパクトな6万㎡級ながら、緻密に構成して足元と広域の多様なニーズを捉える「ららぽーと名古屋みなとアクルス」は、計画的に多様性対応を図った好例といってよいだろう。

多様性対応の二重構造が不可欠

 大型商業施設の構成は商圏と競合を精査してさまざまな二重構造を仕掛けるのが定石で、よほど深刻な競合に直面する劣位の施設でもない限り、リスクが大きく変化にも弱い“一本足打法”は現実的ではない。

 二重構造の軸は(1)足元対応と広域対応、(2)平日対応と週末対応、(3)日常カテゴリーと非日常カテゴリー、(4)主客層とサブ客層、(5)もの消費とこと消費、(6)時間節約と時間消費などでそれぞれが絡むが、近年のネット社会ではローカルネット対応も考慮されるべきだろう。アプリとGPSなどを活用するローカルSNSやローカルECはローカルテレビ同様、ナショナルなECに圧迫される地域の商業施設にとって画期的な反撃策となり得る。

 多様性対応は施設の建築やモールレイアウト、テナント配置にも反映されなければならない。電車客/バス客/自転車客/乗用車客はもちろんドライブスルー客やお急ぎ(時間節約)客と時間消費客、ペット同伴客や要支援客、表通りと裏通り、客数業態と客単価業態、時間節約業態と時間消費業態などさまざまな考慮が必要だ。

 そんな対応が必ずしも実行されないのは建築規制や経済的制約に加え、開発・建築部門と企画・リーシング部門の連携の悪さが指摘される。建築先行でハードが固まってから企画・リーシング部門に手渡されるという悪習は何とかならないものだろうか。稀に開発段階で建築部門に注文をつけでもすれば“越権行為”として叩かれる組織体質にも唖然とさせられるが、そんな悪しき二重構造は誰のためにもなるまい。

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