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マネー現代
『女子高生「制服ビジネス」、なぜかユニクロも“参入”できない「知られざる深層」』
(2021年01月04日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

「JK」が制服を着崩すワケ

『女子高生 制服路上観察』(光文社新書)という書名は一瞬、マニアックな方向けかと勘違いしそうだが、中身は大手制服メーカーのマーケティング研究者がコンペという真剣勝負を勝ち抜くため、女子校生と制服の関係をグループインタビューや現場観察を積み重ねて解明した「報告レポート」に近いもので、これまで不明だったことに次々と答えが提示される目から鱗に引き込まれ、一気に読み通してしまった。

女子高生と制服は切っても切れないもので、制服のない学校でも制服紛いの市販品「なんちゃって制服」で通学する子が大半だし、制服を廃止した学校でも生徒の要望や学校側の経営的な必要(入学志望人数)から再び制服に戻すケースが多い。

女子高生は人生で最も輝かしい(と自覚している)3年間を「JK」として謳歌したい訳で、「JK」を対外的に表象する制服を必要とし、自分表現の着こなし着崩しにこだわる

そんな女子高生の制服の要はスカートであって、キュロットやパンツは『働く女や子供のもので、青春の輝きに相応しくない』と嫌われ、制服も「なんちゃって制服」も「タータンチェックのプリーツスカート」に極まり、校則で膝丈を規定してもベルトラインを巻き上げてミニ丈で着られてしまうことが多い。

後述する関西圏など一部を除き、「JK」=タータンチェックのミニ丈プリーツスカートという図式が定着している。

制服はフォーマルでもあり日常服でもあって高校生活を規定してしまうから、女子高生は自分らしく場をわきまえて着こなす(着崩す)権利があると考えており、放課後では服装指導教員が目を剥くほど着崩す一方、公式行事や教師との面接などでは着崩しを控えている。

学校の評判を落とすような度を越した着崩しがひろがる要因は、1)学校の偏差値ポジションと乖離した立派すぎるデザインが恥ずかしい、2)今時JKの溌剌とした感覚と乖離した古臭い押し付けデザインが嫌だ、のどちらかであり、それを解消したデザインや規則に変えると度を越した着崩しは収まる。

制服は若々しい清潔感があって目立ち過ぎず、学校の現実的ポジションから乖離しない無難なデザインが好まれ、JKなりのTPOによる着崩しがやり難いほど過度にデザインされたもの、過度にカジュアルなものは定着せず、短期で廃止されている。

制服ビジネスの「肝」

この本では制服メーカーが採用コンペに勝ち抜くべく、マーケティングからプレゼンまで、ほんの二ヶ月ほどで男女・夏冬の12アイテムを企画しサンプルを作成する過程が紹介されているが、デザインとタータンチェックの柄生地開発に始まって国内自社工場でのCAD・CAMを駆使したパターンメイキングから裁断、サンプル縫製、プレス仕上げの敏速な手際はアパレル業界の常識を超えている。

制服業界は水平分業でサプライチェーンが分断されるアパレル業界で一番、垂直統合とデジタル化が進んでいるのかも知れない。

ユニクロが「撤退」した背景

コンペに勝って採用されてからの製品生産が制服メーカーの真骨頂で、様々なデータから入学生のサイズ分布(入学手続き後の本人採寸まで判らない)を推計して見込み生産するが、不足すれば一点毎の超短納期生産が必要になるからロスを覚悟で多少は多めに作る

入学手続き後の採寸にもノウハウが必要で、過度の着崩しができないように学校が定めた基準の範囲で一人一人のサイズを生徒と話し合って決めていく。スカートのミニ丈希望はもちろん、巻き上げや落とし履きをしたい子のオーバーサイズ希望、特定スポーツで短期の体型変化が予想される子(主に男子)のサイズ予測など、地元で実績がある制服店とチームを組まないと対応し切れない

採寸の結果、見込み生産とのサイズ別点数の過不足は当然に生じるから、採寸終了から入学式直前までの3週間ほどで(入学手続きから入学式まで約一ヶ月)超短納期生産しなければならない

国内自社工場のCAD・CAM生産ラインに一点づつ採寸データを反映させて個別生産するのだからコストに見合うはずはないし、入学時期は全国の学校が一斉だから残業必至のてんてこ舞いになる。

アジアの大規模工場での大量計画生産で低価格・高品質を実現し、国民的カジュアルブランドとなったユニクロがユニフォーム事業に進出したのは2005年だったが、わずか4年後の09年に撤退したのも必然だった。

効率的な大量計画生産と短納期の個別生産を強いられる制服ビジネスは相入れるはずもなかった。

学校制服やユニフォームのビジネスは契約の獲得と採寸対応生産はシビアなものがあり、国内スマートファクトリーによるきめ細かい短納期生産体制が求められるが、一度取り組めば最低でも3年、大きな問題がなければ長年続くサステナブルなビジネスだ

営業体制と生産体制を確立した事業者にとっては参入障壁が高い手堅いビジネスなのだろう。

※CAD・CAM……コンピュータ支援設計・生産、及びその設備機器。
※スマートファクトリー……消費地に近接して配置されるCAD・CAM装備の高速生産工場。

JK制服のウェアリングとローカル対応に学ぶ

近年はJS高学年からお洒落やお化粧に目覚める娘も少なくないが、学級カーストに翻弄されて社会関係に目覚め、体型も少女から大人に変わっていくJK時代の制服の着こなし着崩し感覚が若年世代のウェアリングの原点になっているのではないか。

女性の体型は17歳、25歳、40歳を節目に大きく変わるが、誰でも25歳までは制服崩しのウェアリングを引きずるし、若々しい感覚を保つ女性なら40歳を過ぎてもそれが残る。オーバーサイズのニットやアウターの緩いこなしはスクールベストやカーディガンを引っ張って弛ませウエストを隠す伸ばし技、スポーツウエアのスカート・イン・スパッツは制服スカートの下にショートパンツやジャージパンツを重ね履く埴輪スタイルの残滓に見える。

“着崩し世代”の欧米トレンドへの違和感

JKの制服はミニスカートが大勢を占めるとは言え、神戸や大阪にはロングスカートを好むローカルマーケットがある。

同じロングスカートでも、阪急沿線の名門校では正規のスカートがクラシックなロング丈だが、阪神沿線(多分)では膝下丈スカートのジッパーを開いて落とし履きロングに、大阪では膝下丈スカートをオーバーサイズで落とし履いてロングに、という違いを報告している。

本書とは別の調査によるとミニスカートの短さでは横浜が群を抜いているが、ミニスカート崩しにもローカルバリエーションがあるに違いない。JK制服の着崩しにそんなローカルバリエーションがあるのなら、大人になってのウェアリングにも同様なローカルバリエーションがあるに違いないが、アパレル業界が真摯に対応しているようには見えない。

制服崩しのJK期を通過しない(そもそも学校制服は極めて稀)欧米女性のウェアリングはボディコンシャスで緩い崩しがなく、日本人目線には老けて見えたりエロく見えたりする。

そんな欧米から発信されるトレンドが我が国で崇められた時代は前世紀で終わり、コギャル文化の台頭(95年頃)以降にJK世代を通過して制服崩しウェアリングを身に付けた若年層は欧米トレンドに違和感を感じているのではないか。だとすれば、欧米のトレンド情報を頼みとして顧客を見ず、ローカル対応にも消極的なアパレル業界は見当違いの商品企画でドブに金を捨てているのかも知れない。

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