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商業界オンライン 小島健輔からの直言
『あの「ヘンリ・ベンデル」が全店閉鎖!!』 (2018年09月18日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 ウォール・ストリート・ジャーナルやビジネスインサイダーが伝えるところによると、「ビクトリアズ・シークレット」や「バス&ボディワークス」を擁するL.ブランズ社のレスリー・ウェクスナー会長兼CEOは9月13日、「ヘンリ・ベンデル」の全23店舗とECサイトを来年1月末に閉鎖すると発表したそうで、全米のみならず世界の「ヘンリ・ベンデル」ファンをがっかりさせている。ラルフローレンやロード&テーラーに続いて、あのモダン・アールデコスタイルの美しいストアまで消えれば、5番街も寂しくなってしまうのではないか。

大幅赤字のお荷物事業だった

「ヘンリ・ベンデル」はL.ブランズ社がまだアパレル中心のLimited.Incだった頃(『伸びる企業は化ける企業』)のイメージリーダー的事業で、91年3月に開店したNY5番街714の旗艦店は1913年に開店して80年代前半のレーガノミクス・バブル期まで人気を集めたラグジュアリーセレクト「HENRI-BENDEL」を85年に買収して移転増床再生したもの。開店当初は華やかなアールデコ様式のストアデザインと美術的なVMDが世界中の注目を集めた。

 ベンデル・ストライプの化粧ポーチなど小物雑貨や服飾雑貨は観光客などにも人気を博したものの、アパレルのマーチャンダイジングには初期から試行錯誤し、近年は90年に布石したボストンやシカゴなどの大型店を次々と閉めてアパレルから手を引き、SCや空港内のギフトショップ的な展開に甘んじていた。18年の売上げ見通しは約8500万ドルにすぎず、4500万ドルの営業損失を見込むお荷物事業になっていたから、主力の「ビクトリアズ・シークレット」が不振で業績が停滞するL.ブランズ社としてはやむを得ない決断だったのだろう。

 撤退費用は見積り中だが、定期借家契約期間の残存期間家賃全額保証という米国の出店契約を考えれば、17年4月に5番街旗艦店を閉めて3億7000万ドルの損失を計上したラルフローレンの事例が頭に浮かぶ。5番街の一等地にあれだけの店舗を維持するレントを察すれば4500万ドルの営業損失の大半は5番街旗艦店で生じていたに違いないが、それを閉めるとなると桁違いの特別損失が発生する。そっちの方がダメージが大きいのではないか。

全社的リストラの一環

 L.ブランズ社は主力の「ビクトリアズ・シークレット」が米国女性のセクシー離れとアスレジャー志向で業績が陰っており、カジュアルラインの「PINK」もアメリカンイーグルの「Aerie」に圧されて不調で、「バス&ボディワークス」は堅調とはいえ全社業績も頭打ちになっていた。「ビクトリアズ・シークレット」の不調にはマーケットとのギャップやマーチャンダイジングの失策のみならず、創業期からのカタログ販売を16年まで引きずってEC時代のスピード感から取り残されたことも大きく、ようやく17年の第4四半期からECが加速している。

 そんな事情で事業の再構築が急がれる中、損失を垂れ流すお荷物事業を清算する必要に迫られたと見られるが、ヘンリ・ベンデル事業はL.ブランズ社の売上げの0.7%にも届かず、損失額は営業利益の2.6%にすぎない。ゆえに、このニュースが昨年末から55%も下げたL.ブランズ社の株価に及ぼしたのは2.31%のダウン(28.09ドル⇒27.44ドル)でしかなく、翌14日には28.97ドルと戻している。株式市場は些細な「ヘンリ・ベンデル」より「ビクトリアズ・シークレット」など中核事業の再構築を迫っているのだろう。

それでもブランド価値は高い

 店舗もECサイトも閉めても「ヘンリ・ベンデル」のブランドは消えない。L.ブランズ社のビジネスはうまくいかなかったが、一時ほどではないにしても米国内のみならずわが国でもアジアでも「ヘンリ・ベンデル」は人気で、BUYMAなど転売サイトにはベンデル・ストライプの雑貨などがあふれ、専門店さえ存在している。閉店報道が広がれば「ローラ・アシュレイ」同様、転売バイヤーが殺到して来年1月末を待つまでもなく在庫が尽きて開店休業状態になってしまうのではないか。

 行き詰まったのは「ローラ・アシュレイ」同様、ビジネスのプラットフォームであってコンテンツ(ブランド)ではない。オムニチャネルなプラットフォームを確立してグローバルに販売する事業者にとっては格好の商材だから、事業または権利を買い取ってリ・ブランディングすれば容易に10億ドル級のビジネスに化けるに違いない。

「ローラ・アシュレイ」は伊藤忠商事が引き継ぐが、「ヘンリ・ベンデル」はどこが引き継ぐのだろうか。できるならライセンスの切り売りではなく、トム・フォードによる「グッチ」の再生のようなラグジュアリーの王道を見せてほしいものだ。

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