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商業界オンライン 小島健輔からの直言
『衣料品レンタルビジネスのヒ・ミ・ツ』 (2018年07月16日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 法人向けのユニフォームに留まっていた衣料品のレンタルが消費者向けの婦人服に波及し、紳士服でも爆発的に広がり始めたが、消費者のみならず業界側にも必然的な背景があった訳で、それがまた採算性にも直結するというマジックが伺える。衣料品レンタルビジネスのヒ・ミ・ツを初公開してしまおう。

レナウンの「着ルダケ」はレンタルではなくリース

 婦人服のレンタルでは「エアークローゼット」やストライプの「メチャカリ」などOL向けのコンサバな通勤服が主流となっているが、AOKIの「スーツボックス」や今回立ち上げのレナウンの「着ルダケ」もビジネスマン向けのコンサバな通勤服で、トレンドによる陳腐化や好みによる偏りが避けられる点も共通している。

「着ルダケ」では百貨店で6万円前後の紳士既製スーツをワンシーズン(春夏期/秋冬期)2着レンタルして月々4800円(税別)からとOLの通勤服レンタルよりお得感があるが、それには3つの訳がある。1つは商品の償却期間の違い、1つはお届けと回収の頻度の違い、1つはレンタルではなくリースであることだ。

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 ちなみにエアークローゼットの場合、月1回3着セットのライトプランで6800円、同3着セットの返却期限無し借り放題のレギュラープランで9800円だが(いずれも税別、返送料1回300円)、スタイリストが選んで送ってくる3着セットはそれぞれ定価が明示されており、3着で3万〜4万円程度のようだ。百貨店のOL向けNBや駅ビルの専門店ブランドというクラスが保たれており、ファストファッションや量販ブランドが送られることはない。

 OLの通勤服だとトレンドがあるからワンシーズンで償却するしかないし、回収後は他の顧客にも再レンタルするシステムだから、幾度も配送と回収とクリーニングを繰り返す費用がかかる。レナウンの「着ルダケ」は翌年も着てもらう2シーズンしばり?(契約はワンシーズンごと)の専用商品で裾上げなどのお直しもするから、レンタルではなく乗用車のようなリースだ。シーズンの最初に配送してシーズン末に回収するだけだから行って来いの物流もクリーニングも1回だけだ。

 2シーズン経過した後は新品に切り替えて再契約するが、引き取りたければ1着1万5000円で買い取れる点もリースの残存価格と類似している。エアークローゼットなどOL向けの通勤着レンタルでも気に入れば返却せず「会員価格」で買い取れるが、その相場は定価の半額で、定価の4分の1で買い取れる「着ルダケ」は残存価格でも借り手に有利に見えるが、これもワンシーズン償却と2シーズン償却の違いゆえだ。

なんでレンタルなのか、両面の事情

 衣料品のレンタルが広がる背景には、借り手たる消費者と貸し手たるアパレル業者の両面の事情があるようだ。

 消費者にしてみれば、少子高齢化による社会負担増で主婦も高齢者も働かざるを得ない一億総労働力化で核家族的家事分担が崩れ、衣服を選んだり洗ったりクリーニングするゆとりが無く、全てお任せで済ませたいというニーズが高まっている。フィットが緩くアバウトになっていることも追い風で、OL層など店で買ってもお直しをする人がほとんどいないのが現実だ。アパレル業者にしてみれば、慢性的過剰供給による販売不振で値引きと残品がかさんで利益の確保が難しく、品揃えの幅を維持するのも困難になっているから、レンタルやリースで確実に償却できるメリットは大きい。

 ちなみにOL通勤服の場合、レンタル商品の調達コストは定価の3分の1ほどだから、アパレル業者にとっては生産原価にやや上乗せした程度で、シーズン中の過剰品のはけ口(アウトレット)になっていると推察される。レンタル業者はシーズン中に2回貸し出せば経費を含めて回収でき、「会員価格」で買い取ってもらえれば月々の会費がまるまる利益になる。自社商品をレンタルするアパレル業者の場合は定価の20%程度で生産しているケースもあり、1回貸し出せば原価を回収でき、2回貸し出せば利益が出るし、「会員価格」で買い取ってもらえればアウトレットに回すより儲けが大きい。

 現実問題として回収してクリーニングしスタイリストがセレクトして送り出すサイクルを考えれば、シーズン中に2回転させるのが限界ではないか。「会員価格」での買い取りがどの程度か推察の域を出ないが、レンタルは効率の良いアウトレットという一面は否めないようだ。

「着ルダケ」はなぜ採算が採れるのか

 これが「着ルダケ」のような紳士既製スーツのリースともなれば、もっとマジックが大きい。元より紳士既製スーツは体型や身長はもちろんデザインや素材にも幅が必要で消化率が低く、半年以上前から生産して年に2回転するかしないかという非効率なビジネスだから、シーズン前に契約を取ってリースすれば行き先が確保できて消化が読める。レンタルではなく特定顧客に2シーズン専用するリースだから、その間に償却して利益が出れば「販売」したのと変わらない。

 百貨店での紳士服販売は消化仕入れで百貨店に在庫リスクがないのに売上げの40%前後も仕入れ歩率を取られ、販売員の人件費も値引きロスもアパレル側が負担するから、アパレル側に残るのは最大でも売上げの40%程度に過ぎない。しかも、前述した品揃えの幅を維持すると期末にセールしても20%前後の商品が残って翌期に持ち越すことになる(婦人服やカジュアルでは10%強で済む)。結果、アパレル側には仕込み額(シーズンの定価総投入額)の3割ほどしか残らないから、経費を考えれば定価の20%以下で作らないと利益は残らない。

 定価6万円のスーツを2着、半年間リースすれば月額4800円×6カ月で2万8800円になるから、宅配やクリーニングの経費を差し引いても6万円×2着×20%の原価2万4000円はギリギリ回収できる。第2シーズンもリースすれば確実に利益が残るわけで、特定顧客専用商品として2シーズンしばりすれば、解約時に1着1万5000円で買い取ってもらわなくても採算が採れる。解約はワンシーズン(6カ月)経過後は可能だから、そのリスクと1万5000円の回収のバランスを読んでいると思われる。

 レナウンの「着ルダケ」は法人対象のトライアルを経て一般消費者向けレンタルを始めたが、エントリーサイトの「ご利用手順」や「よくあるご質問」を見る限り「リース契約」であることが明示されておらず、運用上のトラブルが多発するのではと危惧される。「リース契約」として契約体系や利用手順を再設計して明示すべきではないか。

紳士既製スーツ市場は崩壊する

 従来型の紳士既製スーツ市場は今春以来、前門の「アクティブスーツ」、後門の「短納期オーダースーツ」にはさまれて急激に縮小しており、「着ルダケ」のような手頃で便利なレンタルやリースが広がれば、お洒落より実用で買われてきた分野だけに、品揃えや採算が維持できないところまで追い込まれてしまう。既に瀬戸際にある百貨店紳士服はもちろん、ロードサイドの紳士服チェーンまで、市場崩壊に伴う抜本的戦略転換が避けられないだろう。

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