小島健輔の最新論文

ダイヤモンド・オンライン
『ユニクロ9%「一斉値下げ」で狙うアジア・国内のライバル“掃討作戦”』
(2021年03月18日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

「税抜き価格」表示特例措置終了に伴ってユニクロとジーユーが3月12日から同一価格で「税込価格」に移行し、実質9.1%の一斉値下げを断行したが、消費者が歓迎する一方、アパレル業界は強者の仕掛けた価格競争に戦慄し、調達原価への転嫁を疑う中傷推測まで流れるほどのパニックとなった。コロナ禍が長引いてアパレル業界が存亡の瀬戸際にある今、価格競争を仕掛けたファーストリテイリングの真意はどこにあるのだろうか。「アパレルの終焉と再生」の著者でグローバルSPAの経営にも詳しいアパレル流通コンサルタントの小島健輔氏が検証する。

 

■周到に準備された意趣返しの奇襲

 「税抜き価格」表示特例措置が三月末で終わる機会を捉えてユニクロとジーユーが仕掛けた実質一斉値引きは唐突な思いつきではなく、19年10月の消費税増税直後から周到に準備されていたものと推察する。

 19年10月の消費税10%への2%増税では、「税込価格」表示に切り替え済みの良品計画やワークマンが価格を据え置いて増税分を吸収し売上を伸ばしたのに対し、「税抜き価格」表示のユニクロは増税分が値上げとなって直営既存店売上(EC含む)が9〜11月は4.1%減、12月は5.3%減、1月は7.9%減と落ち込んだ。この時の判断ミスに懲り、「税抜き価格」表示特例措置が終わる21年3月末を反撃の機会と定めてサプライチェーンと店舗運営の両面から効率化とコスト削減を着々と進め、満を侍して決行したのが今回の同一価格で「税込価格」へ切り替えるという一斉値引きだった。

 実質9.1%の値下げを吸収するには企画・生産から物流・販売まで周到な準備が必要で、タグの付け替えを回避するとか些細な小細工とは比較にならない。ユニクロは毎年2月と8月に一斉に新シーズン品に切り替えるから「税込表示」に切り替えるならこのタイミングで、3月12日というタイミングはライバルチェーンの対策を封じる奇襲作戦だったのではないか。実際、3月4日の発表直後はアパレル各社で対策が議題になったと聞くが、調達済みの商品を自腹を切って部分的に値下げするしかなく、一斉値下げに対抗できるはずもなかった。

 

■アパレルのエッセンシャルシフトとデフレ再燃

 このタイミングでの一斉値下げはライバル潰しの絶好のタイミングだった。長引く経済と所得の低迷にコロナ禍が追い討ちをかけて消費が減少しエッセンシャルシフト(生活必需品志向)が強まる中、衣料消費が激減し普段着志向と価格志向が急進しているからだ。

 20年の国税庁発表平均給与は前年から1.2%(00年比では6.5%)減少し、社会保険料や所得税、住民税や消費税など国民負担を差し引いた実質所得は2.6%(00年比では19.0%)も減少。総務省家計調査の平均消費支出は前年から5.3%(00年比では12.4%)減少し、被覆・履物支出は18.4%(00年比では45.5%)、アパレル(洋服・シャツ・セーター)支出は20.2%(00年比では45.7%)も落ち込んだ。その一方で食料支出は1.6%増加しエンゲル計数は27.5%と05年の22.9%から4.6ポイントも上昇したのだから、日本人の生計は急ピッチで貧しくなっている。

21年1月の総務省労働力調査では完全失業者数は12カ月連続で増加して197万人に達し、うち女性が81万人を占める。正規雇用就業者が36万人増えたのに対し非正規雇用就業者は91万人減少し、女性はその75%、68万人を占める。加えて、野村総研はシフトが5割以上減って休業手当を受け取れていない「実質的失業」女性が103.1万人(男性は43.4万人)と昨年12月からの2ヶ月間で13万人も増えていると指摘しているから、職を失ったり収入が激減して生計に窮する女性は200万人近いのではないか。コロナに直撃された宿泊業、飲食サービス業、小売業などで非正規雇用の女性達が雇用の調整弁となっている実態が伺える。

勤労女性が生計に窮する中ではお洒落に支出を割く余裕はなく、20年の全国百貨店総売上が前年から25.7%、衣料品売上が31.1%減少する中、婦人服・洋品は32.2%、化粧品は39.1%も減少している。その一方、しまむらの21年2月期既存店売上は2.6%、ユニクロの21年8月期上半期(20年9月〜21年2月)既存店売上は5.6%、ワークマンの20年4月〜21年2月累計既存店売上は14.4%も伸びているから、衣料品のエッセンシャルシフトは明らかだ。

非正規雇用の女性に限らず正規雇用の男女とて社会保険料増や増税で生計が逼迫する中、不要不急の贅沢や衣料支出を切り詰めるしかなく、愛顧するブランドやストアを格下げする傾向が顕著に見られる。高所得でもユニクロで良しとする人も少なからず、生計が苦しい低所得層にとってはユニクロは手の届かないブランドになっている。20年の家計調査ではアパレル購入点数が14.0%減少する一方でアパレル支出は20.2%減少しているから、単純計算すれば平均購入単価は7.2%減少したことになる。

その一方でアパレル業界の20年の供給点数は10.3%しか削減されておらず、21年の春物に限ればほぼ前年並みの数量が仕込まれているから過剰供給は解消されず、コロナ禍で大量放出された前年の過剰在庫に巣篭もり生活の断捨離と換金のタンス在庫放出が加わり、新作アパレルの価格が通る状況ではない。アパレルのデフレ圧力はコロナに直撃された20年春夏と大差ないのではないか。

ユニクロが一斉値下げを仕掛けるベストなタイミングだったことは間違いなく、ライバルチェーンの追従値下げが広がってアパレルの価格は消費税分の下方修正を強いられることになりそうだ。

 

■覇者が仕掛けた掃討戦

 コロナ禍の20年は7兆2000億円ほどに激減した国内アパレル市場におけるユニクロ(8069億円/20年8月期)の占拠率は11.21%にも達し、ジーユー(2461億円)と合わせれば14.63%にも及ぶ。ライバルは最大のしまむらでも4462億円(寝装・インテリアを除く21年2月期推計)、アダストリアも1797億円(21年2月期推計)に過ぎず、良品計画も国内衣料・雑貨売上は1335億円(20年2月期)と限られ、ワークマン(21年3月期予想チェーン全店売上)の1390億円に追い抜かれた。

ユニクロは品質対価格の“お値打ち感”でデファクトスタンダード(業界標準)となって久しく、生産ロットの桁が違うライバルは対抗不能に陥っている。生産ロットが一桁少ないライバルチェーンはワンライン割高になり、二桁少なく流通コストが極端に高い百貨店アパレルなどユニクロと同品質のアイテムなら三倍で売らないと利益が残らない。

もはや国内にはオンデマンドな製販同盟VMIサプライと低コストなフランチャイズ販売体制で激安価格を実現したワークマンを除いてライバルはなく、路面店舗でコストを抑えたしまむらや西松屋を除き、流通コストの高いテナント出店チェーンはユニクロに価格競争を仕掛けられれば干上がってしまう。今回の一斉値下げはもはや勝負の付いたテナント出店チェーンに対する掃討戦であり、コロナ禍のダメージもあって対抗する余力もないライバルチェーンは総崩れになりそうだ。

 

■中国市場でも王手を仕掛けるか

 ユニクロが一斉値下げを断行すべく周到に進めてきた調達と店舗運営のコスト削減は日本国内に限ったものではなく、覇権を確立しつつある中国市場でも牙を剝くのではないか。

 中国市場で覇権を争うH&MやINDITEXはコロナ禍の欧米市場で大きなダメージを受けて店舗網の再編を余儀なくされており、前期にH&Mは187店(129出店)、INDITEXは751店(111出店)を閉め、今期は閉店が一段と加速する。H&Mは前期に中国で19%(現地通貨17%)、香港市場で36%(現地通貨35%)も売上を落とし、INDITEXは前々期末の600店から前期末は361店と六掛けに店舗網を絞っている。

 本国の直近決算を見てもH&M(20年11月期)は19.6%の減収、82.1%の営業減益で純資産も24億4600

万SEK減少しており、借入金が4.5倍に激増して純資産対比負債比率が146.6%にも達しているから、不採算店舗を閉め不採算事業を整理せざるを得ない。INDITEX(21年1月期)は第4四半期がコロナ第三波のダメージを受け通期で27.9%の減収、68.4%の営業減益となったが、純資産の減少を3億9900万EURに留めてほぼ無借金体質を堅持し財務には余裕がある。とは言えOMO、DX、サステナブルの三大方針のもと非効率な店舗販売からオンライン販売へのシフトを急いでおり(ECは77%伸びて全売上の32.3%を占めた)、アウェイなモンゴロイド圏の店舗網は圧縮を加速すると見られる。

 背中を見せたライバルに対してユニクロが追撃を仕掛けるのは必然で、日本市場で果たしたコスト削減を武器に中国を中心としたグレイターチャイナ市場で出店攻勢と価格キャンペーンを仕掛けるに違いない。日本市場に続き、ユニクロは中国でも覇権を確立するのではないか。

※VMI(Vendor Managed Inventory)…あらかじめ定めた陳列棚割と販売計画に基づいてベンダーに在庫管理と補給・補充生産を委任する取引形態。

※OMO(Online Merges with Offline)…ネットと店舗の垣根を超えた融合を意味し、モバイルフォンをキーデバイスとしてウェブルーミングとショールーミングを駆使し、店舗を受け取り・お試し・ローカル出荷のC&C(Click&Collect)拠点として顧客利便を最大化する。

※DX(Digital Transformation)・・・デジタル技術でプロセスやサプライチェーンを繋ぐ業務革新。

 

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