小島健輔の最新論文

販売革新2010年1月号掲載
流通業界2010年の論点
『ファストファッションと低価格SPAの人気は続くのか』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

 H&M上陸から2年目に入ってH&Mは既に6店を布石して春には心斎橋、武蔵村山(イオンモール)他と出店が加速しており、フォーエバー21も原宿店に加えて来春の銀座(松坂屋)、新宿(マルイ)、船橋(ららぽーと)進出が決定。ZARAも11末開店の渋谷店で50店舗となった。一時の過熱ブームこそ収まったものの外資ファストSPAは加速度的な多店化に移っており、10年度末までにH&Mとフォーエバー21だけでも2ダース近くに達する勢いだ。多店化とともにファストファッションブームはさらに拡がるのか、それとも多店化で薄まって失速するのか。低価格化は何処まで行くのか、ユニクロの勢いは何時まで続くのか、今年の動向を推測してみよう。

急速多店化で1000億円超の市場を獲得

 H&M2店舗の売上は09年度上半期(08年12月〜09年5月)の年間119.6億円ペースから09年度第3四半期(6〜8月)は年間85.5億円ペースと7掛け強に急減速しており、秋以降の急速な多店化もあって1店舗当たり年商は大型化で埋め合わせても40億円程度に収斂していくものと推察される。フォーエバー21原宿店も一時の勢いは収まって年商100億円弱に着地するものと推察されるが、これも春以降の急速な多店化とともに1店舗当たり年商は60億円程度に減速して行くものと思われる。
 10年末のH&Mの店舗数を15〜16店舗、フォーエバー21を同7〜8店舗と見れば、多店化による効率低下を見込んでも両者計の売上規模は少なくとも1000億円の大台に乗る事になる。ギャップ社が上陸後14年にして860億円程度、インディテックス社(ZARA)が同11年にしてようやく300億円台に乗せたと推計されるのに較べれば、ファストSPA両社の勢いは桁違いと言うしか無い。
 迎撃する民族系ファストSPAのフリーズマートも9月開店のラゾーナ川崎店、2号店の自由が丘店とも予算を大幅に上回っており、今期(10年8月期)中に12店まで増やす計画だ。1店あたりのスケールは50〜80坪/年商3〜5億円と外資系とは比較すべくもないが、旗艦店となる路面店は150坪級を計画しており、徐々に大型化していくものと見られる。今春にはフランドル系のイッツ・インターナショナルがファストタイプではないが低価格高品質を追求する大型SPAを立ち上げる他、大手アパレルを含む数社がファストSPAあるいは低価格SPAの開発を進めているようだ。
 外資系ファストSPAの多店化に加えて民族系ファストSPAが出揃えば否が応でもファスト合戦が盛り上がり、衣料品のさらなる低価格化が進む事になる。それがまた既存のアパレル事業者や小売業者を追い詰めて新たな参戦者をもたらし、さらなるファスト合戦/劇安合戦が繰り返される事になるのだろう。

ファッション市場を一変させたファスト旋風

 ファスト消費の急激な拡大は既存のアパレル市場を侵食するのはもちろん、価格常識を一変させて広範な単価ダウンをもたらし、衣料消費と業界地図を一変させつつある。高価格が指摘される百貨店ブランドはもちろん、これまでファスト消費をリードして来たギャル系お手頃ブランドやヤングトレンドな低価格SPAまで急速に売上を落としているのだ。
 渋谷109全館売上はH&M原宿店の開店を契機にガクンと落ち込み、フォーエバー21原宿店の開店で一段と低下し、H&M渋谷店の開店で8掛け状態に落ち込んでしまった。外資ファストSPAの低価格とトレンド鮮度を体験して、これまで‘速い安い可愛い’と思って来た109ブランドが急に色褪せて見え、客足の退きとともに値崩れが拡がって売上の急落を招いたものと推察される。それはヤングトレンドな低価格SPAのハニーズや駅ビル系のお手頃ブランドとて同様だったのではないか。
 ファストファッションとは次元が異なるが、ファーストリテイリングのジーユーが仕掛けた990円ジーンズがイオンの880円、ドンキの690円までエスカレートしてジーンズの極端な値崩れを誘発し、ジーンズカジュアルの退潮も加わってライトオンやジーズメイトの急激な売上低下とNBジーンズ市場の崩壊に繋がった事も単価ダウンの典型事例として挙げられよう。
 もっとマクロに見ても、アパレル外衣の輸入単価は前年から10.1%(前々年からは18.0%)も低下しているし、家計調査における衣料品の購入単価も前年から9.5%も低下している(09年1〜9月)。深刻な不況にファスト消費ブームも加わって衣料品のデフレが急激に進行しているのだ。

ヒートテックとレギパンが衣料支出を圧縮

 この冬商戦では値下げしても防寒アウターやセーターに勢いがなく、初秋物のような薄手のワンピースやスカートが真冬まで売れ、単価ダウンとあいまって売上低迷に輪をかけたが、その元凶はヒートテックとレギパンであった。ヒートテックの爆発的な普及によってアウターやセーターの防寒性が薄れて需要が縮み、レギパンのヒットでスカートやワンピースは真冬でも薄手で済むようになって単価が下がり、冬のウェアリングと衣料支出が一変してしまったのだ。
 これからもユニクロなどが機能アイテムを次々と開発し、ファストSPAが手軽なレイヤードアイテムを次々と登場させて季節のウェアリングの常識を覆し、単価ダウンと衣料支出縮小を加速する可能性が極めて高い。衣料消費縮小の元凶はユニクロとファストSPAだと言っても過言ではないだろう。

ファストファッションと低価格SPAの人気は続くのか

 衣料品はかつての半耐久消費材から急速に賞味期間の短い純消費材へと変質しつつあり、機能アイテムやレイヤードアイテムの登場で季節のウェアリングも刻々と変化している。ユニクロなどが画期的な機能アイテムを低価格で売り拡げ、ファストSPAが意表を突く新鮮なレイヤードアイテムを次々と送り出す今日のファッション市場では、ウェアリングも購買行動もどんどん変化せざるを得ない。
 低価格化も衣料生産のコンポーネンツ性という本質と低コスト生産地へのさらなる移動を考えれば、まだまだ下がると見るのが合理的だ。消費のグローバル平準化という避けられない趨勢から見ても、北京や上海と同じ価格水準になるまで低下して行くと見るのが賢明であろう。ユニクロもファストファッションも一過性のブームではなく、等身大で合理的な購買行動を志向し機能的で新鮮なウェアリングを求める衣料消費の後戻りのない本流と見るべきだ。
 ファストSPAの突出した高販売効率こそ多店化によって低下するにしても、ファストファッション市場総体は民族系の新手ブランド参入も火を注いで右肩上がりに拡大していくに違いない。ユニクロ的低価格機能アイテムにしても、より広範な客層に拡がってさらに市場を拡大していくだろう。進化にせよ退化にせよ、マーケットの変化に逆流を期待すべきではないのだ。

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