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小島健輔の最新論文

商業界オンライン 小島健輔からの直言
『アパレルチェーンの最新出退店事情』 (2018年09月28日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 当社主宰SPAC研究会では毎年9月に最新の出退店事情を検証しているが、ECが消費の主役となる中、アパレルチェーンの状況は日米共に一段と深刻化しており、出るも地獄、退くも地獄という様相を呈している。

出店より退店が多くて正解!

 退店ラッシュとなった15〜17年のピークは過ぎたものの、15年以降は出店より退店が多い状況が続いている。SPACメンバー企業の回答(毎年8月末締め)では出店も退店も急減しており、退店率はピークだった16年の143.4ほどではないが、17年は115.2、18年も124.4と退店が上回る状況には変わりなく、新規出店は抑制されている。

 退店の方が多いのはテナント出店型上場アパレルチェーン(7社計)とて同様で、退店率は15年の191.6をピークに16年は141.3、17年は101.3と退店ラッシュは沈静化しているが、退店の方が多い状況には変わりない。SPACメンバー企業と違うのは出店数が16年、17年と回復基調にあることで、これが危ない兆候だ。

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 米国の株式上場アパレルチェーン(8社計)では14年に退店が出店を上回って以降、出店が右肩下がりに急減する一方で退店は高水準を継続しており、退店率は14年が111.8、15年が144.5、16年が169.9、17年は326.2(退店数が出店数の3倍以上!)と右肩上がりに上昇している。その一方で直近の業績は回復に転じているが、それは不採算の店舗を撤収して好採算のECを拡大しているからで、閉店ラッシュは一時退避ではなく戦略的な販路資産入れ替えだと分かる。実際、店舗部門とEC部門の損益を分けて決算報告しているチェーンではルルレモン・アスレティカのように営業利益率が倍も開くケースが見られ、店舗部門も伸びているのに店舗網は縮小に転じている。

 国内アパレルチェーンの出店が回復しているのは喜ぶべき兆候ではなく、負の資産を積み増して将来に禍根を残すハイリスク行為と見るべきだ。

シリアスな退店理由

 戦略的か否かはともかく、退店の個々の事情を見ていくと店舗の抱える問題が浮き彫りになる。

 退店理由の大半は昔も今も「販売不振/収益低迷」であることに変わりはないが、14年以降、爪先上がりに上昇しているのはリーマンショック直後の様相とそっくりだ。違うのはリーマンの時は2年で回復したのに今回は5年目になっても増え続けていることで、景気ではなく店舗からECへの消費の移動が背景と思われる。

 テナントチェーンの苦悩をうかがわせるのが、12年以降は「販売不振/収益低迷」と並んで退店理由の過半を占める「定借満了」だ。11年ごろまでは退店理由の15〜24%を占めるに過ぎなかったことを思えば、館(デベロッパー)側の追い出しは年々露骨になっている。実際、「定借満了」退店の3分の1は「販売不振/収益低迷」でないのに退店を強いられており、売上げの伸び悩みに加えてイメージやゾーニングの都合で追い出されることも少なくないようだ。

 追い出されたり撤退したりするチェーンの一方で、その後の空き区画に出店するチェーンも多い。新規開発や増床が限られることもあって空き区画出店比率は年々上昇しており、12年以降は過半になり、17年以降は6割を超えている。空き区画出店はかつてほど家賃条件の優遇はなくなったが、最低保障売上げを低く抑えたり内装を居抜きで受け継ぐなどのメリットがある。

 まだ多数派ではないが14年以来、跳ね上がってきたのが「販売員確保など労務問題」で、17年、18年と急増している。有り体にいえば『販売員が確保できず営業継続が困難になった』ケースで、18年は16%に迫っている。『販売員を確保できないので出店を諦める』というケースも車立地の郊外SCや僻地のアウトレットモールでは、もはや珍しいことではなくなっている。

 外国人留学生頼りのコンビニやフードサービスに比べれば、まだ深刻ではないといっても時給の高騰はハイピッチで(4〜6月の三大都市圏アパレル販売パート&バイト平均時給は1003円と大台に乗った)、『ブランドイメージにあった容姿の日本人』などと高望みしていては店が開けられなくなるのも時間の問題だ。

引くも地獄の撤退戦

 00年に導入された定期借家契約では差し入れ保証金が基本家賃の10カ月分程度の敷金に軽減された一方で実質家賃は売上対比で4ポイント前後上乗せされ、定借満了後の営業継続が担保されなくなって店舗は資産から“利用権”に変質したが、テナントチェーンがその変質を理解して出店戦略に反映したかは大いに疑問がある。いまだ“資産”と勘違いしているチェーンもあるが、定借店舗は損益を割ったら資産どころか負債でしかなくなる。

 売れない店は定借期間満了とともに追い出されるし、売上不振で定借期間満了を待てず逃げ出せば、除却損や現状回復費用に加えて「敷金の全額没収」「残存期間の最低保証家賃全額徴収」など多額のペナルティまで要求されるケースもある。定借期間が3〜4年と短いターミナル施設ではペナルティ条項がある契約は半分程度だが、定借期間が5〜6年と長い郊外SCでは85%もの比率でペナルティ条項が適用されており、定借期間が8〜15年と長い米国では「残存期間の最低保証家賃全額徴収」が通例だ。定借期間内退店は退店の3分の1強に上昇しており、泣き面に蜂の損失に青ざめたチェーンも少なくないと思われる。

 普通借家契約だった前世紀ならともかく、定期借家契約店舗が大半(テナント出店のほぼ97%)を占める今日では店舗の資産価値は二束三文で、営業期間中にこつこつと積み上げた儲けなど退店損失で吹き飛んでしまう。赤字店舗は早々に処分するしかないが、損失に耐えられる資金がないと撤退もままならないのが現実だ。PLだけでなくBSとキャッシュフローを両にらみして計画的に撤退しないと、損益は改善してもキャッシュフローが綱渡りになりかねない。

 ECを拡大して損益とキャッシュフローを改善しながら計画的に店舗網を整理撤収していくのはアパレルチェーンのみならず、ECがメジャー化するマーケットでのチェーンストアの宿命だ。ECが主役となる今後を見据えて店舗網を撤収していくシナリオが経営計画の基軸とならざるを得ず、遅れをとれば不良資産を抱えて身動きがとれなくなる。もはや“杞憂”ではないという現実を直視すべきであろう。

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