小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『ユニクロは「ライフウエア」のグローバル寡占ブランドになる』
(2024年09月25日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 2024-25年秋冬の「ユニクロ:シー」と「ユニクロ ユー」のコレクションが店頭に並んでベーシックラインの「ユニクロ」とも違和感なく調和するさまを見て、「ユニクロ」は本当にグローバルブランドに進化したのだと実感させられる。「ザラ」のドレスアイテムの「完成度」を除けば、他のグローバルブランドも国内のライバルSPAも製品の「完成度」と「顧客カバー率」いう根本的なところで完膚なく引き離されたのではないか。

 

洗練の汎用単品グローバルブランドヘ

 

 クレア・ワイト・ケラー氏が「ユニクロ:シー」のみならず「ユニクロ」総体のクリエイティブデイレクターに起用されたせいか、少なくともカラーパレットは「ユニクロ:シー」も「ユニクロ ユー」も「ユニクロ」もシックなヨーロピアントーンに集約され、売り場で見ても違和感のないワンコンセプトにまとまって見える。小型のブランドショップならともかく標準店で300坪、大型店は1000坪を超えるスケールでこれほど統一感が出せるのは脅威と言って良いだろう。VMD効果というより各々の商品企画にグローバルなナチュラルモード感覚が通底しているゆえで、クレア・ワイト・ケラー氏の起用は大正解だったのではないか。

 かつての「ユニクロ」はアメカジ系グローバルNB(ナショナルブランド)の残滓を引きずって洗練を欠くトーン・イン・トーンなカラー展開のイメージがあったが、今秋冬のコレクションは「ユニクロ:シー」で平均3.05色(メンズ3.17色、ウイメンズ3.00色)、「ユニクロ ユー」も平均3.03色(メンズ3.18色、ウイメンズ2.87色)とシックなパレットに絞り込まれている。男女ともカバーする企画が多くMD展開が大きい「ユニクロ」メンズもアウターやボトムは2〜5色、ニットやスエットも大半は2〜6色のベーシックカラーに集約されており、柄物や素材によっては1色企画も見られる。

 カラー展開が目立つのはカシミヤ・クルーネックセーターの21色、ラムウール・クルーネックセーターの13色、メリノウール・クルーネックセーターの10色ぐらいで、同じ素材でもVネックセーターやカーディガンは3〜4色のベーシックカラーに絞られている。21色、13色と言ってもアメカジ的なレインボー展開ではなく、デリケートに階調が設計されたニュアンスカラーでそろえられている。

カラーパレットは「ザラ」と大差ないシックなナチュラルモードに見えるが、ニュアンスカラーのバリエーションが豊富な分、コーディネイトのトーン(明彩度)の厚み(立体感)は「ザラ」を上回る。「ザラ」は1〜4色(大半が2色)に絞り込むためニュアンスカラーによるトーンの厚みを出せないが、どのアイテムもニュアンスカラーのバリエーションがそろう「ユニクロ」は単品コーディネイト、とりわけレイヤードでトーンの立体感を出すことができる。その魅力がECサイトや店頭のスタイリングに表現しきれていないのは残念だが、デザインチームのカラーパレット設計(素材による発色の差も含め)は秀逸だと思う。

後述するように「ユニクロ」のサイズ展開は在庫効率を無視するかのごとくカバーレンジが広く(障壁戦略です)、数々のクリエイターとの協業を重ねてパターンとグレーディングも次第に洗練され、ボディコンシャスなフィットからストリートなゆるレイヤードまでさまざまなスタイリングが組める「汎用パーツ」に進化している。店頭のスタイリングは時代ズレしたマッチョなマネキンも災いして洗練には遠いが、デザイン的にもスペック的にも色・サイズのMD展開的にも「ユニクロ」ほど汎用性(同時に創造性でもある)のある単品衣料パーツは古今東西に存在しない。長年のスペック開発の積み上げにクレア・ワイト・ケラー氏のディレクションも加わり、「ユニクロ」はグローバルブランドとして揺るぎなきポジションを確立したのではないか。

 

「製品としての完成度とお値打ち」「着回し着崩しの柔軟性」の相剋

 

私は1990年代末から2000年代初期にいくつかの「ユニクロ症候群プロジェクト」(「ユニクロ」を真似たり対抗する業態開発)にMD設計で関わったが、どのプロジェクトも2つの点で「ユニクロ」に歯が立たず、短期で壁にあたった。1つは個々の商品の「生産仕様」開発で、「製品としての完成度とお値打ち」「着回し着崩しの柔軟性」の相剋、もう1つは色・サイズのバリエーション展開による「顧客カバー率」と在庫回転の相剋だった。

汎用性の単品衣料パーツは「製品としての完成度とお値打ち」「着回し着崩しの柔軟性」という相反する要件を満たす必要があるが、それには素材の物性や機能はもちろん、パターンやグレーディング(パターンの各サイズ対応)、仔細な縫製仕様の開発が不可欠だ。にもかかわらず、小売業の商品開発はバイヤー・MDのマーケティング感覚と品ぞろえ構成力に依存するだけで「生産仕様」開発力を欠いていた。

「ユニクロ」のようなデザインチーム(デザイナー、パタンナー、生産管理)を抱えているわけではないから当然で、取り組むアパレル事業者や商社の手持ち仕様に乗るしかなく、生産ロットの格差(当時でも数十万対数万と1ケタ違った)と開発期間の短さ(12カ月対4〜5カ月)もあって、「製品としての完成度とお値打ち」の段階で遠く及ばす、「着回し着崩しの柔軟性」まで手も頭も回らず、「ユニクロ」の足元にも寄り付けなかった。

「ユニクロ」とてフリースブーム失速後の02年4月に元イッセイミヤケ社長の多田裕氏を室長に招いてデザイン研究室を立ち上げるまでは小売業の商品開発体制を大きくは出ておらず、商社などサプライヤーの生産仕様に依存していたから大同小異だったが、以降の開発体制拡充のスピードは速く、リーマンショック以降のグローバルサプライウォーズに間に合った。

とはいっても大衆価格と高品質を両立する生産仕様(「製品としての完成度とお値打ち」)やディストリビューションの課題が先行し、汎用性単品衣料パーツとしての「着回し着崩しの柔軟性」が追求されるようになったのは、欧米事業が黒字化してグローバルブランド化に自信を持った22年8月期からではなかったか。23年秋冬からクレア・ワイト・ケラーによる「ユニクロ : シー」が立ち上がり、「着回し着崩しの柔軟性と創造性」「トランスジェンダー化」が同時進行していったのもうなずける。

実際、24年秋冬では「ユニクロ : シー」のメンズ12品番中10品番、「ユニクロ」のメンズでもざっと数えて44%の品番がユニセックス対応で、最も少ないパンツでも30%、ニットでは58%、スエットでは69%に達している。ウィメンズではECサイトの商品詳細(サイズ欄)にユニセックス対応の表記が見られないが、「ユニクロ : シー」のウィメンズ商品はメンズ売り場に出前されているのをしばしば見かけるから、事実上?のユニセックス企画は少なくないと思われる。

「ユニセックス企画」と言ってもメンズとウィメンズの体形は根本的に違うから、単純なグレーディングで済むわけがない。「マッキントッシュ フィロソフィー」(三陽商会)のユニセックス企画アウターはメンズ向けサイズとウィメンズ向けサイズでパターンを根本から変えているが、「ユニクロ : シー」のアウターは大きめなグレーディングでアバウトに対応している。カジュアルな汎用性単品衣料パーツとはいえ、第一線のグローバルブランドと世界で認められるには改善の余地がある。

「製品としての完成度とお値打ち」「着回し着崩しの柔軟性」の両立は各国市場のさまざまな顧客に対応するグローバルブランド化と同義であり、課題を抱えながらも「ユニクロ」は着実にその域に到達しつつあるのではないか。

 

「顧客カバー率」と在庫回転の相剋

 

カラーはシックなニュアンスカラーに絞っても「ユニクロ」のサイズ展開はライバルを圧倒するスケールで、メンズ(半分近くの品番がウィメンズもカバー)のアウターやトップスは6〜8サイズ、イージーフィットなボトムは8サイズ、デリケートフィットなボトムは14〜16サイズもそろえている。その棚割り(SKU数量配置陳列)を欠品なく維持するには膨大な補給在庫の積み上げが必要で、どれほど在庫負担が大きくても、「世界のいかなる顧客もサイズ落ちはさせない」という覚悟が伝わってくる。

ECサイトには持ち越しの値下げ品番(3990円→1990円など、ほぼ半額で、同名の現行品番が並行するから「持ち越し」と知れる)も混じっているし、同一デザインの素材違いを同品番に数えるかどうかもあって正確な今シーズンの品番数は数え切れないが、下着・雑貨を除くアパレルの計画生産品番(「ユニクロ:シー」「ユニクロ ユー」を含む)だけで300近いのではなかろうか。その多くが世界各国のさまざまな顧客をカバーすべく多サイズ展開されているから、欠品させない補給体制を構えれば膨大な在庫負担になる。

ユニクロは計画生産した大量の製品を生産地の出荷倉庫に待機させ、販売時期に合わせて各国の消費地DCに移していく。消費地在庫のうちDCに補給在庫として60%、店舗に40%、店舗在庫のうち売り場に70%、バックヤードに30%ぐらいのバランスだと推察されるが、大量の色・サイズSKUを欠品させないことが最優先されるから、在庫回転は2.85回(23年8月期ファーストリテイリング連結)に留まる。

これを「非効率」と見るか、広範な顧客を多サイズ展開でカバーして欠品させないことで占拠率を高め、大量のサイズ在庫負担に耐えられないライバルを排除する「独占障壁戦略」と見るかだが、私はユニクロの「非効率」は確信犯的独占障壁戦略と見る。実際、「ユニクロ」に挑戦したアパレルチェーンや量販店衣料部門は在庫負担に音を上げ、結局はサイズ展開を限定して正面対決を放棄したから、「ユニクロ」の覇権はいささかも揺るがなかった。

ユニクロとて在庫回転の「非効率」には限界があるだろうが、倉庫在庫を商社管理に依存していた17年8月期までは4.5〜5回転、倉庫在庫を自社管理に移行した18年8月期以降は2.5〜3.0回転を目安にしていると思われる。多サイズ展開で幅広い顧客を捉えながら在庫運用や売価変更で消化回転を許容範囲にコントロールし、「独占障壁」のメリットを享受しているのではないか。

 

「ライフウエア」のグローバル寡占ブランドになる

 

製品の完成度と汎用性で「時間」を超越する(持ち越しても値下げすればさばける※)「ユニクロ」のビジネスモデルは、「時間」を切り詰めて鮮度と効率を追求するインディテックスのビジネスモデルとは真逆だ。

「ザラ」のミルクラン生産※ドレスアイテムは完成度こそ高いが「ユニクロ」より相応に高価格だし、オフショア生産のカジュアルアイテムはトレンド鮮度はともかく、汎用パーツ性という点では「ユニクロ」の敵ではない。何より「ザラ」はモードの伝道士であって「ライフウエア」(汎用衣料パーツ)のサプライヤーではなく、欧州や南米などラテン圏はともかくアジアなどモンゴロイド圏、米国でもカントリーサイドでは広範な支持が得られず苦戦してきた。「ユニクロ」の汎用性は世界に通じるが、「ザラ」のモードは世界の半分にしか通じない。その意味でも、「ユニクロ」がグローバルSPAの頂点に立つ日は遠くないのかもしれない。

もはや「ユニクロ」の牙城に挑戦する国内企業は存在せず、グローバルなライバルもあえて「非効率」なビジネスモデルには手を出さず独自の「高効率」なビジネスモデルに注力するから、「ユニクロ」は手頃な「ライフウエア」(汎用衣料パーツ)においてグローバル寡占ブランドのポジションを長期にわたって享受することになる。ならば一段と高収益化し、潤沢なキャッシュフローが「ユニクロ」いやファーストリテイリングを異次元の世界に押し上げていく。そのとき、ファーストリテイリングは何に化けるのだろうか。

 

※ECサイトの商品リストを見る限り、5型に1型ほどの割合で持ち越し品番が並んでいるから、数量ベースで最大10%近くを持ち越していると推察される。

※ミルクラン生産…自社工場でCADCAM裁断したパーツと副資材をフランチャイズ工場に供給して完成した製品を回収するルート便集配方式の生産で、インディテックスでは週サイクルで運用できる近隣国圏(スペイン、ポルトガル、モロッコ)に限られる

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