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商業界オンライン 小島健輔からの直言
『“革命”に直撃された紳士スーツ市場』 (2018年11月16日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 紳士服専門店大手の青山商事とAOKIホールディングスが18年4〜9月期決算でそろって赤字転落、はるやまHDは赤字が拡大、コナカも18年9月通期決算で赤字転落という異常事態となったが、その要因は年初から繰り返して指摘した四半世紀に一度という“革命”にあることは疑う余地もない。いったい何が紳士スーツ市場を一変させ、紳士服専門店大手をそろって赤字に追い込んだのか。

既製スーツ売上げが激減

 青山商事の売上高は1052億円と前年同期から3.0%減少し、営業利益が10億6100万円と同70%も減少。純損失が1億2300万円と最終赤字に転落した。足を引っ張ったのがカジュアル事業の売上減少(−14.8%/−12億1800万円)もともかく、かさの大きいビジネスウェア事業の売上減少(−3.4%/−25億2900万円)で、営業利益は74.4%も減少した。

 AOKIホールディングスも売上高が839億円と2.1%減少して10億5600万円の純損失を計上。足を引っ張ったのがファッション事業の売上減少(−3.6%/−16億5300万円)で、営業赤字が15億8100万円と前期の1.5倍に肥大した。

 中でも売上減少が際立つのがスーツで、青山商事は6.3%、AOKIファッション事業は7.7%も減少している。着数ベースで見ても、青山商事は6.1%、AOKIは5.5%減っている。紳士服の販売着数は年々減少しており、最大手の青山商事でも15年3月期から18年3月期の3年間で5.1%減少しているが、1年で6.1%という急減はかつてない事態だ。

縮小一途の紳士スーツ市場

 紳士スーツ市場のピークは92年の8000億円と言われるが、08年には3000億円を割り込み、直近の17年では2150億円ほどまで縮小している。ロードサイド紳士服専門店チェーンのピークは94年の6570億円で、以降は年々縮小して01年には4866億円と5000億円の大台を割り、05年には3948億円まで減少。06〜08年は景気回復の波に乗って浮揚したものの、リーマンショック以降は失速して11年には3837億円と二番底を打った。

 12年以降は回復に転じて14年には百貨店紳士服を抜き、17年は4510億円まで戻したが、18年は一転して急減する。おそらくピークの94年からは65掛けにシュリンクしてしまうが、ピークの91年から4掛けにシュリンクした百貨店紳士服に比べれば大健闘といえよう。

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 12年以降の回復はアベノミクスによる景気の持ち直しと円安による単価アップで、総務省の「家計調査」でも12年以降は購入単価上昇が顕著に見られ、支出額も落ち止まっていた。そんな紳士スーツ市場と紳士服専門店チェーンを襲った四半世紀に一度という“革命”とはなんだったのだろうか。

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3つのニューテクが重なった“革命”

 17年春にアディダスが売り出した高機能合繊素材の「動けるスーツ」が契機となり、同年秋にはイセタンメンズ、はるやま商事がアディダスと取り組み、デサントやゴールドウインも参入して「アクティブスーツ」の発売ラッシュとなった。同年10月2日にスポーツ庁が「スニーカー通勤」を提唱したことも追い風になり、高機能でイージーケアなアクティブスーツが一気にブーム化。ビジネススーツの新ジャンルが広がった。

 18年に入ってはカジュアルSPAの一部もこなれた価格でアクティブスーツに参入。アディダスの3万9000円(税別)から始まったアクティブスーツは半値まで裾野が広がり、新たなビジネススタイルとなった。トラックスーツと大差ない縫製だから19年春夏では1万円を切るアクティブスーツが氾濫する一方、ウーステッドスーツから転向するニーズに応える意匠素材のややアッパーなライン(3万円代)も広がるだろう。

 もう1つが「カシヤマ・ザ・スマートテーラー」が火をつけた超短納期パーソナルオーダーだ。ウーステッドスーツから機能素材スーツまで採寸から1週間で届けるIoTなクイックサービスが注目され、選択肢が限定され修理加工の費用と期間も要する既製スーツからの転換が広がった。

 ニューテクなパーソナルオーダーという点では、ゾゾスーツ採寸に基づくPBビジネススーツを打ち上げたZOZOも世間の注目を浴びた。納期遅れが頻発してゾゾスーツ採寸には疑問符がついたが、ニューテクなビジネススーツへの関心を国民的に広げた功績は大きい。

 高機能&イージーケアなアクティブスーツ、IoTな超短納期パーソナルオーダー、国民的注目を浴びたゾゾスーツが重なって既製スーツからの転換が広がり、紳士服専門店チェーンの既製スーツ売上急減を招いたというのが実情ではないか。

“小綺麗な労働着”という現実

 着こなしが窮屈で選択もフィッティングも購入後のメインテナンスも手間取る“古典的な”既製スーツは、時間もお金もタイトな今日のライフスタイルとは大きく乖離しており、3つのニューテクの登場で既製スーツ離れが急進したのも必然だった。そのリスクを幾度も指摘したが、業界は部分的な現象と軽視して大きなダメージを負った。既製スーツ離れは労働戦力化が急進する婦人にも広がり、紳士では一段と加速すると覚悟するしかない。

 業界は“お洒落”と捉えても、お手軽価格のスーツを求める大半の消費者にとってはビジネスシーンに必要な“小綺麗な労働着”に過ぎない。四半世紀に一度という革命劇はそんな現実を業界に突きつけたのではないか。

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