小島健輔の最新論文

マネー現代
『「ECの限界」に直面したアパレル業界…じつは新しい「試着サロン」が突破口になる!』
(2020年12月03日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

ECはどこまで店舗売上の落ち込みをカバーしたか

ちょっと前の話になるが、コロナ禍で店舗売上が激減した3〜5月期のオンワードホールディングスの国内アパレル事業売上は百貨店が71%、SCや駅ビルが40%も減少した一方でECは50%も伸びて45%を占めたが、それでも店舗売上の減少を埋めきれず国内アパレル事業全体では41%も減少した。

ユナイテッドアローズの4〜6月期も店舗売上が63.5%減少した一方でECは40.2%も伸びて48.5%を占めたが、店舗売上の減少を埋めきれず全体では40.0%減少した。

米国でもノードストロムの5〜7月期は店舗の営業日数が半減して売上が73.8%も減少したが、EC比率が61%に達しても店舗売上の減少を補えず全社売上は52.9%も減少した。

その一方、ウォルマートUSの5〜7月期は生活雑貨と食品が好調でECが97%も伸び、既存店売上も9.3%増加した。

ウォルマートのECは店舗在庫引き当ての店舗出荷や店舗渡しが大半を占めるためEC売上を別途計上しておらず店舗売上に含まれるが、20年1月期では215億ドル(ウォルマートUS売上の6.3%)に達したと推計される。

コロナ禍の5〜7月期はそこから97%も伸びて既存店売上を9.3%押し上げたわけだから、EC比率は瞬間風速ながら9.6%に達したことになる。その勢いをもたらしたのがカーブサイド・ピックアップだった。

カーブサイド・ピックアップはECで発注と決済を済ませて時間予約した店舗の駐車場で受け取るだけだから、混雑する店内で商品を探しピッキングして袋詰めする手間と感染リスクを回避できるメリットが大きく、コロナ禍の購買慣習として急拡大したが、サイズやフィットのお試しを要するアパレルはその対象となりにくかった。

もしもECで確実にサイズが選べたなら、もう少しは店舗売上の落ち込みをカバー出来たのではないか。

バーチャル・フィッティングが決定打とならないワケ

ZOZOSUITの大失敗は記憶に新しいが、それを乗り越えるべくZOZOSUITも工夫して新世代に進化しているし、スマホで撮影した画像データをAIが顧客属性から3D化して採寸したり、過去の購買履歴のサイズと選択商品のサイズを比較したりと、様々なアプリが実用化されているが、これで安心という決定打はいまだ見えていない

人体は三次元の生体だから呼吸や食事でサイズは少なからず動くし、運動したり脱ぎ着する余裕もアパレルには必要だ。

それも単純な寸法だけでなく、素材の伸縮率や伸縮方向、落ち感や張り腰感、重量や摩擦係数、工業パターンの組み方や縫製仕様でも大きく違うとなると、どこまでAIが進化しても限界がありそうだ。

人体は多様で着衣の対応が必要

TFL(Tokyo Fashion Technology Lab)のレポートに拠れば、まず呼吸によって胸囲は4cm程度変化し、脱着や運動に対応するには、さらに10cm程度の余裕が必要だとする。つまり、人体の実寸よりアパレルは胸囲で14cm程度大きくないと着られない(ストレッチ素材はそこまで必要ないが加圧がかかる)。

人体は胸囲ではトップバストとアンダーバスト、腰回りではウエストと腰骨周りとヒップなど部位、男女や年齢、体型によって極めて様々だし、それに纏うアパレルもシルエットやフィットの嗜好、素材の物性によって限りなく多様だ。

ブラジャーがアンダーバストとカップのサイズだけでなく3/4カップやハーフカップ、寄せたり上げたりのパターンや素材が開発されて様々なバスト形状に対応できるようになったのとは逆に、ジーンズはトレンドを追ってウエスト位置が高くなり、呼吸や動作で寸法が変わり難く楽に着れるローライズデザインが無くなったことも人気衰退の一因かも知れない。それだけ人体は多様で着衣の対応が必要なのだ。

同じ人物でも季節によって体型は多少変わるし、何年も経てば一変することもある。TPOによってもフィットは異なるし、フィットのトレンドは数年で2サイズ分も動く。

バブル崩壊でミニマルデザインに転じた90年代には肩幅が6センチも縮まったし、近年は中古衣料店の売れ行きが大きいサイズに偏って小さいサイズばかり残るという傾向が続いている。アパレルの企画や生産に詳しい人ほどバーチャル・フィッティングに懐疑的になってしまうのも致し方ないだろう。

ECで売れるアパレルには限界がある

コロナ禍もあってアパレル販売もECシフトが加速しているが、だからと言ってEC売上が過半を超えて店舗販売よりメジャーになるのは難しい。過半を超えれば品揃えが崩れ、店舗と合わせた合計売上は萎んでいくリスクが高い。同じブランドでもECで売れている商品と店舗で売れている商品はかなり異なるのが実情だからだ。

ECと店舗販売では根本的に異なることが二つある。

ひとつはMDの違いで、店舗では売場のスペースに合わせて「面」の品揃えを組むから多アイテムのバラエティが一覧できるが、ECはスペースの制約はないものの、SKU単位の単品登録を検索編集でカテゴリーにまとめて画面を構成するからアイテム毎の売れ筋を追う「線」(時系列)のMDになる。

多数のブランドが出店する(実態は「出品」)ECモールではアイテム毎の人気順などの検索編集で訴求するから、ますます単品の売れ筋を競い合うことになり、デリケートな違いを表現できるわけではないから価格の低い方へ収斂していく。

もうひとつは、手に取って試着して解ってもらえるようなデリケートな違いは訴求できないから、スマホ画面でも一見して特性が解るようシンプルで価格も抑えた商品でないと売りにくい。

ゆえに一見して特性が判る価格を抑えた単品を素材やディティールを切り替えて時系列に追うMDになり、ブランドとしての「面」の品揃えは崩れていく。同じブランドでも店舗とECでは商品もMDも少なからず違うのだ。

D2Cのスタートアップブランドなど受注生産のクラウドファンディング型ECから始めてECを広げていくから、単品軸の「線」のMDから「面」のMDに広がらず、事業規模の拡大が難しくなる。その分、在庫消化の効率は良いから規模を負わなければ収益を確保できるが、店舗展開ブランドのような世界観を確立するには限界がある。

元からD2Cでスタートするならともかく、「面」のMDで一定規模を売ってきたブランドが過半をECで売るようになるのは無理がある。その壁を超えるのがウェブルーミング型の試着サロンだ。

「ウェブルーミング型試着サロン」に注目

試着販売というとサンプルを揃えたショールーミングストアというイメージがあるが、ポップアップなど期間限定店舗以外は試着サンプルの運用が煩雑で上手くいかず、ZARAやGUも実験段階に止まっている。

代わって期待されるのがECからお取り寄せして試着するウェブルーミングサロンで、顧客がECから取り寄せるから無駄なサンプルを置かずに済み、販売員が立ち会ってフィッティングするからお直しもできるし、購入しなかったり返品された商品のコンディションも管理できるから再販率も高まる。

米ノードストロム百貨店のサテライト店舗「ノードストロム・ローカル」がその代表例でロサンゼルス市内の住宅地に三店舗を配し、ECから市内9店舗のノードストロム百貨店の在庫を取り寄せて試着できる。

280平米ほどのサロンには大型の試着室と洒落た接客スペース、ネイルサロンやカフェ、テーラーサービス(修理加工)のカウンターが配され、スタイリストが常駐してコーディネイトをアドバイスし、フィッティングではお直しのピンも打つ。

19年10月にウィメンズ旗艦店を開設したNYマンハッタンでも、先駆けて9月にアッパーイーストサイドとウエストビレッジに「ノードストロム・ローカル」を開設している。

日本でも有望

ECで選んで取り寄せるウェブルーミング型試着サロンは、次々と百貨店が閉店してブランド難民となった地方都市や郊外都市の顧客の期待に応える百貨店のサテライト店、あるいは売場がなくなった大手アパレルのブランド複合試着サロンとして我が国でも有望と思われる。

在庫処分のオフプライスストアばかりだとブランド価値が損なわれるから、三越伊勢丹や高島屋、オンワードや三陽商会がそんな試着サロンを展開するのは必然で、「オンワード・クローゼット」などはその先駆けとなるだろう。

※ショールーミング(Showrooming)とは店舗で商品を見てネットで情報を調べたりECで購入する購買行動、ウェブルーミング(Webrooming)とはネット(ECやSNS)で店舗や商品を選んで取り置いたりしてから店舗に行く購買行動、両方を行き来する購買行動をO2O(Online to Offline)と言う。

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