小島健輔の最新論文

繊研新聞2022年6月10日付掲載
『アバターアパレルの市場性を考察する メタバースよりプレ・メタ』
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 IT業界やゲーム業界が近未来の覇権を賭けて「メタバース」の主導権を争い、その熱気はアパレル業界まで波及して「メタバース参入」と言うだけで株価が跳ね上がり、デザイナーも「メタバース」での作品発表とNFT販売を競っているほどだが、アパレル業界のほとんどは実態を理解しておらず、「異世界」の出来事のように傍観しているのが実情と思われる。だが、重装備を要する「メタバース」はともかく、“非没入”の「プレ・メタ」はすでに世界を席巻して3Dアバターが氾濫し、アバターとアバターアパレルのデジタル流通マーケットが急成長している。「メタバース」と「プレ・メタ」の違いは何か、そこで求められる「アバターアパレル」はリアルのアパレルとどう違うのだろうか。

 

■「メタバース」より「プレ・メタ」

 「メタバース」とはウィキペディアによれば『コンピュータネットワークの中に構築された三次元の仮想空間やそのサービスで、利用者は思い思いの分身(アバター)で参加してコミュニケーションや経済活動を行う』とされている。元々はサイバーパンク小説に登場する仮想空間サービスの名称として登場し、

VR(仮想現実空間)ゲーミングからコミック「攻殻機動隊」や映画「マトリックス」など脳神経直結の電脳空間までさまざまな概念が広がって来た。その概念や技術論はさておき、アパレルにとっての事業機会を考えれば、「メタバース」より「プレ・メタ」の方が遥かに市場が大きいのではないか。

 「メタバース」と「プレ・メタ」を分ける最大の違いは「没入性」だ。「メタバース」においてアバターに成りきって行動しコミュニケーションするにはVRゴーグル(視覚と聴覚・発声、表情)から全身のモーションキャプチャー(四肢から指先までの全関節)まで装着するのが必定で、五感で体感するには加速センサー等も必要になる。「プレ・メタ」のゲームセンターやRPG(ロールプレーイングゲーム)でも既に実用化されている技術だが、短時間のプレーを楽しむならともかく、長時間にわたって仮想空間内で行動するには装備が重すぎる。

 17年頃から台頭したVTuber(アバターに代理活動させるVirtual YouTuber)はアバターを動かすのにモーションキャプチャー方式とMMD方式(後述)があるが、モーションキャプチャーはかなりの重装備でスムースにプレイするにはエンジニアのサポートも必要になる。個人として活動するVTuberも少なくないが装備と技術的サポート、著作権管理やマーケティングをバックアップするプロダクションに所属して活動するVTuberが主流で、「にじさんじ」などを運営するVTuberプロダクションのANYCOLOR社は創業第5期の第3四半期段階(22年1月)で売上高101億6000万円、経常利益31億3000万円に達し(22年4月期見込みは売上高132億5900万円、当期純利益24億9700万円)、6月8日に東証グロースに上場している。

 個人としてアバタープレイを楽しむのに、多くの人はそこまでの装備とサポートを求めるだろうか。VRゴーグルを被ってゲーミングPCに夢中になる人も一部で、大半の人はゴーグルも被らず手軽なRPGやYouTubeで「プレ・メタ」を楽しむのではなかろうか。アバター育成やアバターマッチングなどのRPGは既に10年近い歴史があり、近年は内外のゲーム企業が「プレ・メタ」の疑似体験を競って加熱気味だ。

 世界でせいぜい二千万人ほどとされる「メタバース」プレイヤーに対し、RPGやYouTubeなど「プレ・メタ」プレイヤーは数十億人に達する。市場性を考えればアバターアパレルの主戦場は「プレ・メタ」に想定すべきではないか。

 

■MMDからVRoidとVRMコンソーシアムへ

 アバターを動かすもうひとつの方法がMMD(MIKUMIKU DANCE)という3DCGソフトウエアだ。ボーカロイドキャラクターの初音ミクを踊らせてたみたいというユーザー動機から始まり(08年に樋口優氏が開発してフリー配布)、広範な人型3Dキャラクターを踊らせる手軽なソフトウエアとして世界的なブームに発展した。楽曲や歌い手を選択して自分好みのアバターに好みの衣装を着せ、ステージや照明、さまざまなエフェクトやカメラワークを凝らしてダンスを競うもので、YouTubeやTikTokの主要領域として拡大している。

 MMDではフリー頒布されているモデルを改変したり着せ替えたり踊らせたりするのに多少なりとも3DCGのスキルが必要だったが、絵心さえあれば誰もが直感的に3Dキャラクターや衣装を作れるフリーソフト「VRoid Studio」がPIXIVから配布(21年10月に正式版)されるに及んで、一億総アバター時代の幕が上がった。「VRoid Studio」はほぼ同時に立ち上げられた3Dアバターファイルフォーマット規格「VRM」に準拠しており、「VRoid Studio」で作成した人型アバターとその衣服は自在な互換性がある。フィッティング操作でサイズ不要なことに加え、ユーザー側でカラーや素材、ディティールの改変も容易だ。

既に「VRoid Studio」で作成された3Dアバターや衣装(アパレル、下着、服飾品)はBOOTH(PIXIVが運営するネット上のクリエイターズマーケット)などで極めて安価に販売されており、「プレ・メタ」のアバターアパレル市場が急拡大している。多くの人がフリーでダウンロードしたり購入したアバターに好みのヘアスタイルやメイクを施し、自分で作ったり購入した衣装を着せて自在にスタイリングを組み、好みの楽曲と振り付け、背景やエフェクト、カメラワークでMMDを創ってYouTubeやTikTokに投稿している。

「VRM」規格を推進するVRMコンソーシアムは通信事業者やゲーム開発事業者、クリエイター団体を網羅しており、MMDから発展した我が国の3Dアバターとアバター衣装の流通が一気に拡大していくのは間違いない。MMDとRPGが先導した我が国では重装備な没入型「メタバース」に先行し、ユーザー参画型「プレ・メタ」マーケットが急拡大していくと見るべきだ。

 

■NFT販売よりダウンロード販売

  業界では一点ものや数量限定のNFT(Non-Fungible Token 非代替性トークン)販売ばかりが注目されているが、私はNFTはアバターアパレルの本命にならないばかりか、価格に見合う価値があるのかも疑わしいと思っている。

 NFT販売では購入者に限定的な「所有権」は付与されるが「著作権」は創作者の手を離れず、二次創作権も付与されないから、一点もの作品や限定製作リトグラフなど美術作品の流通に近い。加えて、ネット上に掲示される画像データは誰もがコピー可能でブラウザで鑑賞できる。時流に乗ったブームなのか法外な価格がつくこともあるようだが、冷静になってみれば値崩れすることもあり、投機という一面を否めない。NFT販売では二次流通に対するロイヤルティに期待する声もあるようだが、正当な権利者以外の第三者が出品することも可能で、詐欺的流通のリスクも指摘されている。

 対してVRM規格によるダウンロード販売では購入者に与える権利の範囲を『二次創作は可でもその著作権は原製作者に帰属する』など任意に設定でき、システムファイルを暗号化すれば不正コピーも防止できる。デジタルコンテンツのダウンロード販売だから販売数量に制約はなく在庫リスクもないから、手頃な価格での量販が可能だ。実際、下着や装身具は数十円から、衣装も数百円から、3万ポリゴンクラスの3Dアバターでも5000円前後で販売されている。

 アバターも含めて乗り換えや着せ替えを手頃に楽しむにはダウンロード販売がデフォルトであり、そもそも民主的フリー空間であるべきネットワーク世界(MMDでは全てがフリーだ)に投機的流通を持ち込むべきではあるまい。

 

■アバターアパレルとリアルアパレルは次元が異なる

 アバターアパレルとリアルアパレルの互換性についても認識が必要だ。現段階ではリアルで企画されたアパレルをアバター向けに商品化することが多いようだが、二つの点で再考する必要がある。

 ひとつは、リアルで企画されたアパレルはパターンメイキングのCADで作られているから不要に重く、アバターアパレルとしての二次創作性や着回しの自在性を妨げるリスクがある。もうひとつは、リアルのアパレルは製造コストや在庫リスク、現実的な着装に制約されて奔放なデザインが難しいことで、アバターアパレルとしてはつまらなくなる。

実際、MMDモデルやRPGキャラクターの衣装は電飾使いや極端な露出などとんでもなくファンタスティックなものもあり、それらはコスプレと割り切るしかない。コミック発のJKスタイルなどリアルクローズもあるが、カワイイ至上でフィットや露出度はリアルとは乖離がある。

リアルのアパレルに持ち込むにはパターンメイキングCADでゼロから作る必要があり、手間もコストもかかって在庫リスクも発生するから、アバター衣装の魅力は削がれてしまう。「VRoid Studio」などVRM規格の3Dグラフィックソフトで手軽に作られるアバターアパレルと、パターンメイキングCADで重装備に造られるリアルのアパレルは別物と割り切るべきだ。

 美少女ばかりに(メタバース参加者の9割が男性なのにアバターの8割が“美少女”※)獣人キャラも混じるメタ空間に遊ぼうというのに、リアルなアパレルは楽しさに欠ける。アバターアパレルはアパレルデザイナーよりイラストレーターやゲームクリエイターがリードすることになるのだろうか。

※「メタバース進化論」(技術評論社)の調査データより

論文バックナンバーリスト