小島健輔の最新論文

Japan Innovation Review(JBpress)
『年収水準に見るアパレル小売の課題とインフレ政策という突破口
人時生産性の向上とデフレスパイラルからの脱却が業界に新たな時代を開く』
(2023年07月21日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 アパレル・ファッション業界専門の転職支援サービス「クリーデンス」が毎年、調査している「職種・年齢別平均年収」の2022年版がこのほど発表されたが、他業界に比べて高いとは言えない水準に加えて30代で頭打ちになってしまう年収カーブに、この業界が抱える根本的な生産性とガバナンスの課題が伺える。

 

■キャリアを積んでも年収の頭打ちで「若者が回転する業界」

 「クリーデンス」の調査は2012年から見ているが、職種には多少の入れ替わりがあるものの、「25〜29歳」「30〜34歳」「35〜39歳」という年齢区分は変わらない。そもそも40代以上の区分が存在しないのは転職支援サービス故なのか、40代以上の年収が頭打ちになるからなのか、アパレル各社の年収カーブを聞き及ぶ限り、後者も否定出来ない。

アパレル業界の年収カーブ統計は存在しないし開示する上場大手も無いが、生産性の伸びがないから40代に入ると職種によっては給与の抑制や肩叩きが行われているようだ。厚生労働省の「賃金構造基本調査統計」では男女とも年収カーブの頂点は「55〜59歳」だが、「卸売業、小売業」の女性だけは「40〜44歳」がピークと頭打ちが早く、アパレル業界も似たようなものと推察される。

 職種には“流行”があって、2012年には在った「VMD」(Visual Merchandiser陳列専門職)は無くなり、近年は「WEB/EC」(オンライン販売関係職)が登場している。2012年から変わらない普遍的な職種として企画系の「デザイナー」「パタンナー」、営業系の「販売」「店長」を取り上げて2012年からの変化を見ると、年収がほとんど伸びていないどころか職種や年齢によっては大きく減少していることに驚かされる。

 「デザイナー」は「25〜29歳」こそ319万円から331万円と12万円増えたものの、「30〜34歳」は381万円で変わらず、「35〜39歳」は442万円から408万円に34万円も減っている。「パタンナー」は全世代で激減しており、「25〜29歳」は307万円から271万円と36万円、「30〜34歳」は349万円から324万円と25万円、「35〜39歳」は436万円から343万円と何と93万円も減っている。どちらも近年は3D・CADにシフトしてデータベース化が進み、先々はAIに仕事を奪われかねない職種だから、待遇も厳しいのだろうか。35歳過ぎたら辞めてくれと言わんばかりの年収推移を見る限り、アパレルの企画職は「若者が回転する職種」というのが実態なのだろう。

「販売」は「25〜29歳」で266万円から307万円と41万円、「30〜34歳」で304万円から337万円と33万円も増えているが、「35〜39歳」は368万円から351万円と17万円も減っている。「店長」は全世代で高騰しており、「25〜29歳」で307万円から360万円と53万円、「30〜34歳」で364万円から386万円と22万円、「35〜39歳」で402万円から435万円と33万円も増えている。

若年「販売」職の年収上昇はコロナ下の販売低迷による大量離職から一転しての売上回復による人手不足が背景で、それまでは永らく低迷していた。経験による生産性の伸びの限界が早く(E2Cプレイヤー※になれる人は別だが)、運営・管理や編集陳列までこなせる店長になれないと年収が頭打ちになることが見て取れる。

 「WEB/EC」の中でも社内で育成できるWebコーダー(HTMLやCSSでWebサイトの書き換えができるレヴェル)の年収は「販売」職と大差ないが、NetエンジニアやWebマーケティングはIT業界と出入りする人材だから年収相場が格段に高い。外人部隊的な位置付けで社内のキャリア育成体系からは乖離しているから、アパレル企業経営のガバナンスとは分けて考えるべきだろう。

 職種や年齢を包括した業界全体の平均年収水準は22年で346万円と国税庁調査の平均年収443.3万円には見劣りがするが、これは平均46.9歳/勤続12.6年を反映したもので、厚生労働省「賃金構造基本調査統計」と年齢別に比較すれば、「25〜29歳」は301.4万円に対して320万円、「30〜34歳」は337.2万円に対して367万円、「35〜39歳」は375万円に対して396万円と多少なりとも平均を凌駕している。厚生労働省「賃金構造基本調査統計」の女性に限れば、「25〜29歳」は289.0万円、「30〜34歳」は304.8万円、「35〜39歳」は321.8万円だから、20代〜30代の若年女性にとっては他業界より高水準と言って良いのではないか。問題は、その水準が「40〜44歳」、あるいはもっと早く頭打ちになり、先が見えなくなってしまうことだ。

 アパレル企業の大部分を占める販売や店舗運営、企画の現場はDXの遅れ※もあって生産性の限界が低く、キャリアを積んでもいずれ年収水準は頭打ちになる。不惑が迫る年頃になれば先行きに限界を感じて去っていく人が多いのがこの業界の現実で、「若者が回転する業界」との指摘は免れない。アパレル業界がそんな限界を超えてキャリアアップに見合う年収水準を実現していくには、いったい何を変えていくべきなのだろうか。

 

※E2Cプレイヤー・・・ECサイトやSNSで発信して顧客と交流し、ECサイトや店舗に集客できる企業内インフルエンサー。

※DXの遅れ・・・筆者の別稿『小島健輔が解説「アパレル業界のDXはなぜ、分断と混迷を抜け出せない?」』を参照されたい。

 

■「人時生産性」の自社管理よりアウトソーシングが賢明なのか?

 小売業界、とりわけチェーンストアの世界では「人時生産性」(一人一時間当たり売上/粗利益)は運営効率や給与水準を左右する基幹指標として重視され、店舗毎に年間・月間・週間の人時量予算が定められて店長には売上や粗利益と並んでその達成責任が問われるが、アパレルの世界では必ずしも重視されていない。衣料スーパーやSPAなど量販的なチェーンでは重視されても、付加価値志向のブランドビジネスでは「人時生産性」という管理意識そのものが欠けていることが多い。

売上は販売員や店長の属人的な努力やスキルが創るものという感覚が根強く(マテハンなど視野にも入っていない)、販売員や店長の入れ替えで売上のテコ入れを図ることも多く、人時量管理どころか「派遣販売員」や「販売代行」に依存して自社管理を放棄するケースも少なくない。地方店舗の場合など、その方が採用や管理、福利厚生のコストを含めば割安になるという合理的判断でもあるが、店舗運営と販売を外注化して損益管理をブラックボックス化する経営感覚は小売業とは異質だ。FCや販売代行の活用で人件費負担を抑制する政策は否定しないが、それで店舗運営がブラックボックス化して効率が停滞するとしたら、いずれ収益力に響いてくる。

地域による採用の難度と定着率の低さに加え、逆に定着して勤続が長くなれば年齢上昇でコストに合わなくなるという販売職の現実も背景にあり、若年販売員を都合良く回転させて人件費負担の上昇を回避するには自社で抱えず、「派遣販売員」や「販売代行」「FC」に依存する方が賢明という判断があるようだが、それでは小売業としてのマネジメントもガバナンスも成り立たなくなる。

ワークマンのように運営委託型のFCシステムに徹し、路面のトレーニングストアを除く商業施設の直営店も「販売代行」に委託するならともかく(直営店の「販売代行」委託は運営ノウハウ確立に問題ありだと思うが)、自社従業員で直営店を運営しながら地域や物件ごとの都合で運営をアウトソーシングするのはマネジメントを曖昧にし、「人時生産性」向上を妨げてしまうリスクが大きい。実際、そのような都合アウトソーシングを行なっているアパレルチェーンの「人時生産性」は直営に徹するチェーンに比べ押し並べて低い(ユニクロや無印良品など例外的にFC委託するケースは除く)。

それでも販売職の高齢化(=高コスト化)はアパレル小売業にとって深刻な経営課題であり、自社販売組織の突出した力量で急成長したアパレルの経営者が将来の最大の懸念として挙げていたほどだ。若者向けブランドで成功したそのアパレルは販売員と顧客の高齢化に伴って高齢者向けの高価格ブランドにシフトし、事業規模は萎縮したが永らく事業を継続出来た。若者向けの手頃なブランドのまま販売員が高齢化・高コスト化していけば、経営が破綻するか大量の早期退職や人員整理を余儀なくされたに違いない。

 

■「人時生産性」を高める4つのアプローチ

「人時生産性」を高めるには「一人当たり売上」を高め、「運営人時量」を抑制することが肝要だが、それには4つのアプローチがある。

 

1)業務プロセスを見直して人時量を圧縮する

  最も基本的なアプローチで、業務のプロセスを見直せば相応の圧縮が出来るし、アナログな機器からIT機器まで活用して大きく圧縮することも可能だ。

 業務のプロセスの見直しは「誰が」「何時」「何処で」やるかを組み替えるのが基本。残業が発生しがちな閉店後の「レジ精算」を昼間のアイドルタイムに行ったり(ワークマンは14時)、「棚戻し」を開店直後の「フェイシング管理」と一括して行ったり、それを開店前に陳列専門の学生バイト(多くは美大生)に任せたり、売場の「品出し」を効率化すべく生産地の出荷基地やTCで品番別にバンドル化したり、などがその例だが、見直せばキリが無いくらい次々に出てくる。

 その延長上で「分業」(単能化)と「統業」(多能化/マルチタスク)を組み替えるという“荒技”も生産現場やサービス業では効果的で、物流施設や店舗でも人時量の圧縮やサービスの向上が期待できる。大量生産では工程毎に分業するが、精密作業を要する少量生産品では一人が全工程を担うセル生産(統業)の方が効率的で完成度も高くなる。ホテルでも今時は同じスタッフがフロントもドアマンも客室の清掃管理も兼ねるマルチタスクが当たり前になって来たが、チップが収入を左右する欧米では未だタブーのままだ。店舗では逆に、販売力のあるスタッフが接客中にマテハンに手を取られぬよう、ストッカーと呼ばれるマテハン専門スタッフが在庫の確認や接客現場への商品搬入を担う分業も高効率な百貨店などで行われている。

 搬入搬出にカートを使えば作業が軽減されるし、ランプチェンジャーを使えば天井照明のランプ交換や向きの変更が容易かつ安全に行える。RFIDタグと専用スキャナーを使えば棚卸しはもちろん、迷い子商品の棚戻しや店在庫引き当てBOPISのピックアップも手早く行える。RFIDタグは一括読み取りのセルフレジも可能にするから、導入すればレジ精算の人時量を画期的に圧縮出来る。

 

2) 変形労働時間制とパート&バイト活用でシフトを効率化する

 業務プロセスを見直して人時量を圧縮しても、実際のシフトは従業者個々人の都合や労務規定もあるから計画通りに組めないことも多い。そのギャップを解消するのが正社員の変形労働時間制とパート&バイト活用だ。変形労働時間制は繁閑の異なる月や週、曜日によって出勤日数や勤務時間を柔軟に組み替えるもので、単純な日勤制や二交代制に比べれば無駄なく人時量を配置できるし、従業員側も勤務時間を自分のライフスタイルに合わせ易くなる。

 店長など現場管理職のシフト調整(レイバーコントロール)業務負担は重く、個々人の都合を調整する手間は軽減が難しかったが、最近はシフト枠に個々人の希望を埋めていくアプリが普及して現場管理職の負担も多少は圧縮されたようだ。

 シフトの効率と人時量の圧縮を一気に進める荒技が営業時間の短縮と休日増だ。ロードサイドの独立店が大半のしまむらは営業時間を10時〜19時の9時間にして省人時シフトを容易にしているし、ワークマンのFC店は年間22日も店休日がある。激安スーパーでは週末しか営業しないケースもあるが、業務も売上も集中して効率化出来ている。コロンブスの卵ではないが、営業時間を短縮し店休日を増やしても通年売上はほとんど変わらず、人時量を大きく圧縮できる。アパレル店舗では長時間営業や無休営業は不要なはずで、原点から見直すべきだろう。

 

3)店舗を大型化して「一人当たり保守面積」を拡大する

 店舗を大型化すれば「一人当たり保守面積」を容易に拡大でき、販売効率が同じなら「一人当たり保守面積」が大きくなるほど「一人当たり売上」が高まる。実際、平均人件費が528.1万円(連結)と突出して高くても売上対比8.7%の営業利益を稼いでいる「しまむら」事業では、平均1,045平米の店舗を正社員1.3人とパート5.8人(8時間換算、以下同)で運営して3億2,511万円を売り上げている。「一人当たり保守面積」は147.2平米と突出して広く、平米当たり売上が31万1500円でも「一人当たり売上」は4593.0万円に達する。仕入れ型で粗利益率が33.2%と低くても「一人当たり粗利益」は1520.2万円と、粗利益率が49.0%(ロイヤルティ収入を除く)の国内ユニクロ事業より高く、突出した高給与でも人件費率は12.8%に収まっている。

 それは急ピッチで店舗規模を拡大して来た国内ユニクロ事業とて同様で、平均1,018平米の店舗を正社員16.1人とパート&バイト12.4人で運営して8億4,216万円を売り上げている。「一人当たり保守面積」は35.7平米と「しまむら」の4分の1弱でも平米当たり売上が82.7万円と「しまむら」の2.7倍近く、「一人当たり売上」は2,961.5万円と高水準だ。粗利益利率が49.0%(ロイヤル低収入を除く)と高く「一人当たり粗利益」は1,451.5万円と「しまむら」に迫り、平均人件費408.7万円を支給しても人件費率は13.8%に収まっていると推計される(連結決算の人件費率から計算)。

 

4)客単価を高めて一人当たり売上/粗利益を嵩上げる

 セルフ販売が可能な低価格品では「一人当たり保守面積」が「一人当たり売上」「一人当たり粗利益」を左右するが、接客販売を必須とする中高価格品では「客単価」が「一人当たり売上」「一人当たり粗利益」に直結する。業容の拡大を狙って下手に価格帯を下げれば覿面に「客単価」が下がって「一人当たり売上」「一人当たり粗利益」も下がって人件費を吸収できなくなり、「賃下げ」を余儀なくされてしまう。それではガバナンスが崩れて人手不足が深刻化し、業績がさらに悪化してしまう。

 手厚い接客で商品単価も客単価も高いユナイテッドアローズは「一人当たり保守面積」が25.4平米と小さくても平米当たり売上が421.6万円と高く、平均281.6平米で3億5,448万円を売り上げる店舗を正社員11.1人で運営して「一人当たり売上」は3,186.1万円に達する。粗利益率46.0%で「一人当たり粗利益」は1,644.0万円と突出して高く、平均525.7万円の人件費を費やしても人件費率は16.5%になんとか収まり、4.9%の営業利益率を確保している。かつては「一人当たり売上」も「一人当たり粗利益」ももっと高かったが、高コストな販売組織をそのままに単価の低い「グリーンレーベルリラクシング」を拡大したため水準が低下し、利益率も給与水準も切り下げを余儀なくされた。

 

■インフレ政策という選択が突破口になる

 永らくデフレが続いた我が国ではインフレ政策はタブー視されてきたが、2%前後のインフレが定着している(22年は7.99%、23年は4月までで4.52%ともっと高い)米国では意図してインフレ政策を採って業績を大きく伸ばした事例がある。00年前後の8年間に渡る米国ミセスチェーンChico’sのインフレ政策がそれで、毎年8%づつ値上げして既存店売上の二桁増を続け、98年1月期から06年1月期の8期間で売上を18.7倍、営業利益を60.8倍に伸ばし、03年から06年の営業利益率は20%を超えて全米アパレルチェーンの首位を飾った。

 30年ぶりというインフレ(23年は4月までで2.73%)に直面する今の我が国では、インフレ政策が奏功するチャンスは大きい。もとより嗜好性の付加価値を訴求するアパレルビジネスが「ユニクロ」の成功に引き摺られてデフレ志向に流れた四半世紀の迷走から脱すれば、人時生産性が飛躍的に高まって収益性も給与水準も一変するかも知れない。80年代のように付加価値志向が暴走しても破綻を招きかねないが、効率低下で「賃下げ」にまで追い込まれるデフレスパイラルを脱すれば、アパレルにも新たな時代が開くのではないか。

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