小島健輔の最新論文

ファッション販売2013年8月号掲載
『転機に立つファッションECとオムニチャネル戦略』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

急拡大するファッションEC

 試着も出来ないECで衣料品や靴を買うなど躊躇された数年前が嘘だったかのように、スマホの普及や送料の無料化、返品条件の緩和などが揃って衣料・服飾品のEC市場が急拡大し、今やネットショップとの相互送客(O2O)なくしては店頭販売も伸ばせない状況に至っている。
 経済産業省の調査や業界団体の統計などから推計すれば、11年度のファッション(衣料品と身の回り品)EC売上は5170億円、国内総売上に占めるシェアは約3.6%だったが、12年度は約20%増の6200億円前後に達し、13年度は7500億円に迫ってEC化率は5%を超えると推測される。日本経済新聞社が行った消費者アンケート調査では化粧品のEC化率は32.7%にも達しており、ファッションEC拡大の余地は十二分にある。スマホの普及や送料無料/期限内返品自由の一般化、O2Oの加速等を考えればファッションEC売上は15年度、遅くとも16年度には1兆円を超えるのではないか。
米国商務省の調査では12年の全米物販系EC売上は2247億ドルと前年から15.9%拡大してEC化率は6.5%に達し、韓国統計庁に拠れば韓国のEC化率は11年時点で5.3%と5%を超えている。日本の物販系EC売上は11年時点で4兆4910億円、EC化率は3.4%で、EC化率は米国の05年水準、韓国の06年水準と出遅れており、今後は米国や韓国以上のペースで拡大していくと見られる。
日本のファッションECは98年5月にニチメン子会社が「スタイライフ」事業を開始したのを皮切りに(00年独立法人化)、00年6月にゼイヴェル社(現ブランディング社)が「ファッションウォーカー」、同8月に伊藤忠商事が「マガシーク」、01年3月には丸紅が「セレクトスクエア」の展開を開始。04年以降はファッションビル/駅ビルもECモール開設に乗り出し、04年10月に「109ネット」、07年6月に「パルコシティ」、08年3月に「アイルミネ」、同4月に「LHF」(ラフォーレ原宿)がスタートし、12年9月には「イオンモール・オンライン」も開設された(「LHF」は08年11月に休止)。
 ファッションECをメジャー化したのがスタートトゥデイ社で、06年3月にモールサイトの「ゾゾタウン」で『受託ショップ事業』、09年3月にファッション企業の自社サイト運営代行の『EC支援事業』を開始。セレクトショップを主体とする高感度テナント集積がネットショッピングに抵抗の無い若者を惹き付ける一方でEC展開に乗り遅れまいとするファッション企業を捉え、同社の商品取扱高(小売売上高)は06年3月期の46.9億円から13年3月期は959億円に拡大し、国内ファッションEC売上の15%前後を握るに至った。 
ファッション企業のEC売上も拡大を続けている。00年にECに乗り出したユニクロは12年8月期時点で200億円を超え、今期は24%増ペース(年換算256億円)で推移している。05年の「ゾゾタウン」出店ではずみがついたユナイテッドアローズも13年3月期は前期比12.7%増の119.5億円を売り上げ、EC化率は11.2%に至っている。海の向こうではGAPが19.3億ドル、アバークロンビー&フィッチが7.0億ドルを売り上げ、EC化率は前者が14.0%、後者も15.5%に達している(ともに13年1月期)。日本でもEC化率が10%を超えるファッション企業は珍しくなくなり、ユナイテッドアローズ、ビームス、シップスは揃って10%を超えている。子供服SPAのコージィコーポレーションは13年8月期で32%を見込み、13年1月期に20%に達したアーバンリサーチも早々に30%まで高める計画だ。

ファッション販売が一変

 ここまでファッションECがメジャー化した要因は店頭販売の退化とEC販売の進化の両面にあったと思われる。
 00年6月に大店立地法が施行されて商業施設の営業時間規制が緩和されたのを契機にイオングループなどが営業時間を延長し、販売員の二交代制が必定となって全国的に販売員不足が常態化し店舗運営や接客の質が急速に低下した。この状況は若年労働人口の減少と若者の販売職離れも重なって今日に至るも解消されていない。
 その一方、国内EC市場の12%を占めるまで巨大化したアマゾン・ジャパン(12年12月期で18.6%増の約6200億円)が仕掛けた送料無料化や返品容認に競合他社が呼応して11年秋以降、急速に送料無料と期限内返品容認が広がり、ハードルが低くなって顧客層が一段と広がった。また12年春には画期的なコンテンツ表現で韓流ファッションサイトの「Dholic」が人気沸騰し、店頭のベテラン販売員を超える懇切な商品紹介や購入者レビューが国内ファッションサイトに広がった事も特記しておきたい。「H&M」並みの低価格トレンド商品を二タイプの体型の劇可愛モデルが計十数ポーズも見せ(カメラ目線もアイドルグラビア系です!)、素材組織や裏地、ジッパーやボタンをズームアップして見せ、しかも過去の購入者によるレビューが取捨選択無く何十も並ぶのだから、リアル店舗のスキルの怪しい販売員に接客されるより余程確かな買い物が出来る。
 ECサイトの進化とリアル店舗の退化が相乗してファッション商品のEC購入が一般化し、リアル店舗での販売もECと密接に関連するようになり、SNSやショールーミングアプリまで活用したO2Oによる相互送客が競われる段階に至っている。

オムニチャネル・リテイリングとO2O

「オムニチャネル・リテイリング」とは11年に米メイシーズのCEOが提唱し、スマホの急速な普及とともに瞬く間に全米流通業に浸透した概念で、『リアル店舗はもちろんPCやスマホ等、顧客との様々な接点(オムニチャネル)を統合運営し、顧客利便性を高めて商機を極大化する流通戦略』と定義される。かつての「マルチチャネル戦略」が各チャネルをパラレルに展開してチャネル間の交流を欠いていたのに対し、「オムニチャネル戦略」は各チャネルを有機的に繋いで相乗効果を追求する点が異なる、とされる。
「マルチチャネル」時代にはECサイトはリアル店舗と顧客を奪い合うカニバリを引き起こすと危惧されていたが、リアル店舗とECサイトを併用する顧客の年間購入金額がリアル店舗のみ活用する顧客より格段に大きく(様々な調査結果に拠れば、ほぼ2.5倍)、ECサイトでの購入金額が大きい顧客ほどリアル店舗での購入金額も大きい事が実証されるに連れ、ECサイト顧客の増加とヘビーユーザー化がリアル店舗売上も増大させると認識されるようになり、積極的なO2Oが競われるようになった。
O2Oとは「オンラインtoオフライン」の略で、ECサイトからリアル店舗、あるいはその逆も含む顧客誘導を指す。自社サイトでの店舗紹介、バーゲン情報や割引クーポン配信、EC購入商品の店頭受け渡し/お直し対応、スタッフブログやSNSを活用したコミュニケーション等のリアル店舗誘導の一方、サイトURL記載のショップカード配布や専用アプリによる自社ECサイトへの誘導など、O2Oの手法は様々だ。多岐にわたるO2Oを実行しているのがユナイテッドアローズで、自社ECサイトでのリアルタイムな店頭在庫表示やバーチャル試着シミュレーション『UAスタイルシェア』、スマホのGPS機能を活用したチェックインポイントサービス『スマポ』等でリアル店舗へ顧客を誘導する一方、試着落ちした顧客に対象商品の品番を記入した商品検索カードを渡してサイトでの購入を促している。
O2Oによる売上増加効果をSPAC研究会加盟企業に聞いたところ、リアル店舗/ECサイトとも最大30%、平均してリアル店舗に9.4%、ECサイトに12.0%という結果となった。O2Oを積極的に行えば多大な店舗投資を要せず計21.4%も売上が増加するのだから、各社が真剣に取り組むのも当然であろう。ECに出遅れた企業などO2Oも仕掛けられず、失った売上の巨大さに絶句するしかあるまい。 家電製品等のショールーミング(スマホのカメラでバーコードをスキャンして価格を比較する)が一般化した米国ではファッション分野でも店頭商品のバーコードから自社サイトの該当ページに誘導するO2O(専用アプリの配布が必要、QRコードならアプリ不要)が普及しており、ギャップやフォーエバー21、ヴィクトリアズ・シークレットやZARAも活用しているが、日本ではコージィコーポレーション(スターベイションズ/ベビードールを展開)を除けばほとんど未導入で、出遅れ感を否めない。

O2O成功のポイント

 O2O効果を高めるには様々な手法やITテクノロジーがあるが、技術論の前に本質を押さえる必要がある。そのポイントは以下の五点に尽きよう。
第一がMD展開の共通化。ユニクロもユナイテッドアローズもECサイト開設当初はカニバリを恐れてリアル店舗と差別化を図り、店頭と異なる専用商品を展開して挫折した。商品展開を共通化しないとO2Oも仕掛けようが無いから、専用商品は会員限定キャンペーン等にとどめ、店頭と同一商品の同時展開※でリアル店舗/ECサイト間の買い回りと在庫運用の効率化を狙うのが定石だ(※ECサイト限定で先物予約キャンペーンを行うケースも見られる)。
第二が在庫の一元管理。オムニチャネル・トータルの売上/消化率極大化には店舗の補充用在庫もECサイトの受注に引き当てるべきで、商品センター在庫のみならず店頭在庫も含めた一元管理が望まれる。ECモールに出店する場合はモール側に在庫を委託するため一元管理は難しいが、ユナイテッドアローズやシップスはスタートトゥデイ社とリアルタイムで在庫情報を共有し、スタートトゥデイ側に在庫が無ければ自社商品センターの在庫を引き当てている。
第三が顧客サービスの共通化。どのチャネルを選択するかは顧客の自由だからポイント還元サービスも共通化して還元率や購入額による優遇条件等も統一し、ためたポイントはどちらでも利用出来るようにする。
第四が顧客情報の一元管理。リアル店舗とECサイト、双方向に顧客を誘導するには顧客情報(属性/購買履歴等)の一元管理が欠かせない。モールサイトは通常、個々の顧客属性/購買履歴は提供しないから、自社ECサイトによる顧客情報の蓄積と活用が課題となる。モールサイトは複数モールに展開して売上を拡大し顧客を取り込み、自社サイトに顧客を誘導して顧客情報を蓄積しリアル店舗へ送客する、といった使い分けが必要だ。
第五がECのブランド事業帰属。ユナイテッドアローズでは事業部横断の『EC統括チーム』がECサイトの販促企画立案やモールサイトの選定/出店交渉等を行っているが、商品構成や在庫管理等の営業実務は各ブランド事業部に属するEC担当が行っている。リアル店舗を運営するブランド事業部がECサイトも店舗のひとつとして運営してこそ、リアル店舗とECサイトの相乗効果が発揮出来るのだ。

百貨店やデベの対応

 リアル店舗からECサイトへの送客が拡大すれば、百貨店やデベロッパーの売上がECへ流出してしまう。ファッションECが広がる中、百貨店やデベロッパーはO2Oにどう対応するのだろうか。
 日本では売上は限られるもののルミネやパルコ、イオンモールなど商業施設デベもECモールを手掛けているが、サイモンやウェストフィールドなど米国のSCデベはECモールを手掛けていない。ホームページやSNS、専用‘AT MALL’アプリを使ったテナント案内やセール/イベント告知、GPSを使った館内誘導や駐車場誘導などに注力しているが、テナントのO2Oや顧客のショールーミングは何ら規制していない。
 日本と違って大半が買い取りの百貨店は販売消化機会を拡げるべくオムニチャネル戦略に意欲的で、スマホで店頭のバーコードをスキャンさせて自社サイトの該当商品コンテンツに飛ばしたり、イベントやセールを告知したりクーポンを配布したり、GPSで売場を案内したり、ギフトレジストリー(欲しいアニバーサリーギフトを家族や友人に知らせる)を登録出来る等、様々な機能を提供している。O2Oもショールーミングも自社ECサイトに誘導するので規制する必要がない。
 日本では駅ビル/ファッションビル/SCデベは今のところ寛容で、ECモールを展開しているルミネやパルコもテナントのO2Oを容認しており、EC送客をデベのモールサイトに限らせる訳でもない。米国モールデベのような専用‘AT MALL’アプリを使った顧客サービスを実行している訳でもないから、バーコードやQRコードによるショールーミングは経営陣の想像の及ばぬ世界のようで、規制を検討する段階にさえない。
 それに対して米国のようなオムニチャネル戦略に大きく出遅れた百貨店はECに対して過剰な危機感を抱いており、三越伊勢丹のようにブランド側のO2O行為を厳しく規制するケースも見られる。バーコード/QRコードをスキャンする顧客のショールーミング行為まで規制するとは思えないが、ブランドのECサイトへ飛ばせるバーコード/QRコードタグの商品添付を規制する可能性はある。そんな時流に棹さす規制をごり押しするより自らのECサイトを拡充し、メイシーズやノードストロムのような専用ストア・アプリを顧客に提供してオムニチャネルなO2Oで売上拡大を図るべきであろう。
 ファッション分野のオムニチャネル戦略は緒に就いたばかりだが、野村総研はO2O市場(非物販含む)は12年の29.8兆円から17年には50.9兆円に拡大すると試算している。日本の商業施設デベや百貨店はオムニチャネル戦略に大きく出遅れており、その焦りがテナント/ブランドのO2Oを不用意に妨げかねない状況は大きな問題だ。

インフレするショッピングサイトの経費率

 「ゾゾタウン」の急成長やアマゾン、楽天市場のファッション分野への本格参入に加え、多くのファッション企業が自社ECサイトを拡充する中、既存ファッションECモールの業績が悪化している。スタイライフは雑誌連動型EC事業の「Look!s」を12年春に廃止し、13年3月期は18.3%の減収で11年3月期以降、3期連続の赤字を計上。マガシークも13年3月期は2.2%の減収で、5億円強の営業赤字に陥った。この情況下、11年10月にワールド系EC企業のファッション・コ・ラボがファッションウォーカーを吸収。12年6月には高島屋がセレクトスクエアを子会社化。13年3月にはスマホ対応の「dショッピング」を開始したNTTドコモがマガシークを、既に筆頭株主になっていた楽天がスタイライフをTOBで子会社化と、生き残りを賭けたファッションECモールの再編が加速している。
国内最大のファッションEC企業スタートトゥデイにもブレーキがかかっており、13年3月期の営業収入は10.2%増、営業利益も10.7%増と増収増益は継続したものの、商品取扱高は期首目標を14%、営業収入は同16%、営業利益は同18%も下回った。有力テナントの出店サイト拡散もあって「ゾゾタウン」の会員一人当り年間購入金額や平均出荷単価、平均年間購入回数は軒並み悪化。12年11月に踏み切った10%ポイント還元サービスこそ13年2月に1%に引き下げたが送料無料は継続し、11年春までは受け付けていなかった返品も「商品到着後7日以内なら可」とする等、コスト上昇要因も重なり、成長鈍化と収益悪化を招いている。07年3月期は22.4%に収まっていた『受託ショップ』の手数料率も13年3月期には27.7%まで上昇し、新規取引先には35%を提示するなど、テナントの収益性も悪化していると見られる。
当社がSPAC研究会加盟企業に毎年実施している調査でも、自社サイトの売上対比営業経費率は11年3月時の31.5%から13年3月は33.4%、モールサイトのそれは同31.6%から34.6%とジワジワと上昇している。それでもリアル店舗に比べればコストパフォーマンスは10ポイント以上高いが、ECサイトのコストインフレはリアル店舗とECサイトを連携するオムニチャネル戦略の必然性を突き付けている。

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