小島健輔の最新論文

商業界オンライン 小島健輔からの直言
『デフレが深まり貧困化する日本を憂う』(2020年01月08日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

img_bfee0ee9c7fd9841f1bff85ec1274615829382

 19年はインバウンドも頭を打って百貨店売上高は11月までの累計で98.6と18年通期の98.9を下回り、アパレルで一人勝ちして来たユニクロも9〜11月売上げが95.9(既存店+EC)と失速するなど、消費税増税も災いして消費は一段と冷え込んでいる。その中で目を引くのがセール時期の一段の早期化と単価の低下で、デフレが再び加速している。20年はオリンピックの狂騒の陰で日本の貧困化とデフレが加速するデッドエンドの年となるのではないか。

EC主導で早期化するセール

 アパレル業界では12年の夏セールから三越・伊勢丹とルミネが音頭を取ったセール後倒しが需給の実態にそぐわず17年の冬セールから元に戻り、夏セールも三越・伊勢丹は18年から業界にそろえて6月末に戻している。ECのセールやプレセールはさらに前のめりで、ルミネはオンラインの「アイルミネ」が冬夏とも本セール当日の0時から11時間フライングするだけだが、プレセールは12月6日から始めていたし、百貨店アパレル各社の公式オンラインサイトも、本セールは百貨店から1週間ほどフライングするだけだが(それも2〜3年前までは考えられなかったことだ)、プレセールは11月末から始めていた。

 加えて、米国の歳末商戦を皮切る「ブラックフライデー」(11月第4木曜の感謝祭休日の翌日にスタートするセール)をイオンなどが持ち込んで、米国より1週近く早い勤労感謝の日(11月23日)からプレセールがスタートするようになり、「サイバーマンデー」(感謝祭休暇明けの月曜にオフィスのパソコンから注文が集中するダイヤルアップ時代の旧習が起源)もアマゾンが仕掛けて広がり、セール時期はますます前倒される傾向にある。

 半年前後も先行する企画・生産と過剰供給で需給ギャップが避けられないアパレルでは、正価消化率が半分にも達しないままセールに突入するブランドやストアが多く、セールの後送りなどもとより非現実的だ。クーポン発行で消化不振品をさばくアウトレットと化したECモールの値崩れが店頭に波及するのも必然で、プレセールの早期化を招く要因ともなっている。

 百貨店や商業施設のセールはプレセール段階で2〜3割引、本セールで3〜4割引、最終処分段階でようやく5割引で、もとより割高だった価格からその程度の値引きではいまひとつお買い得感を欠く。その要因は、百貨店では35年間で原価率が半減して(43%→20%)お値打ち感が損なわれたことももちろんだが、すっかりメジャー化した中古衣料店やリセールアプリ、ようやく目立ち始めたオフプライスストアの売価を知ってしまえば、多少の割引では食指が動かなくなる。

価格の常識を変えるオフプライスストア

 都心商業施設の冬セールから郊外パワーセンターのオフプライスストアに目を移せば、ブランド商品のセール価格が法外に思えるほど桁違いの低価格衣料品が並ぶ。

 駅ビルブランドは百貨店NBの5〜6掛け、郊外SCのお値頃SPAなら同3〜4掛けといった価格帯だが、しまむらに行けばもうワンライン低く、そのオフプライス版ともなれば百貨店NBの十分の一を切る。この冬の売れ筋となったオーバーサイズのウール風コート(チェスターあるいはノーカラーV)を例にとれば、正価は百貨店NBで3万9000円〜4万9000円、駅ビルブランドで1万9000円〜2万9000円、駅ビルやSCのお値頃SPAで7900円〜1万2800円、しまむらで4900円〜6900円ぐらいだが、しまむらのセールや同クラス品のオフプライスストアなら1480円〜2480円で買える。

 もちろん品質には差があり、上はカシミヤ5%/ウール70%/ナイロン25%(ウール100%では重くなるしイージーケアにできない)から下はウール5%/アクリル95%まで、風合いや付属、縫製や仕上げもそれ相応に差があるが、遠目素人目には大差ない。それで正価で上下10倍、セールやオフプライスまで入れると30倍もの価格差がある。ラグジュアリーブランドまで加えれば、上下200倍、300倍と価格差が広がる。ブランドや品質にこだわらなければ、本当に桁違いの低価格で似たような商品を手に入れられるのが現実なのだ。

 しまむらクラス商品のオフプライスストアといえば東京圏西部の16号線以遠郊外に37店舗を展開して70億円を売り上げる「タカハシ」が筆頭だが、ウールコートや中綿コートで980円〜、セーターで390円〜、ジャージスーツで890円〜、ソックスなら98円から手に入る。しまむらのセール期を日常化したような200坪ほどのスーパー型レイアウトの店舗には客足が絶えず、レジ待ちが常態化している。

 来店客には外国人も目立つが、大多数は家族連れや主婦など日本人だ。「タカハシ」を見ているとしまむらが裾値を切り捨てようとしているのは自殺行為に思えるし、日本は貧乏になったのだとひしひしと実感される。

貧困化する日本という現実

img_37af79e461fdd125c11ac3c9a963aa451279377

 国税庁の民間給与実態統計では08年から18年にかけて平均給与所得は430万円から440.7万円と2.49%増えてリーマンショック前の水準を回復したとされるが、同期間に手取り収入は逆に2.27%〜3.77%(所得帯や家族構成で異なる)減少している。健康保険料や厚生年金保険料の上昇や配偶者控除の一部廃止、扶養控除の廃止・縮小、定率減税の廃止など社会負担増と増税によるもので、これに19年10月から2%の消費税増税が加わったから、手取りはほぼ5%の減収になる。これで消費が冷え込まないわけがない。

 直近18年の所得帯分布を見ても、年収400万円未満が54.2%を占め、600万円未満までで79.3%とほぼ8割を占める。百貨店で購入する所得階級を年収800万円以上と見れば、9.8%ともはや1割を切っている。地方都市や郊外で百貨店が成立しなくなるのも当然だ。

 健康保険料9.9%(東京都)、厚生年金保険料18.3%、40歳以上は介護保険料1.73%のそれぞれ半分と雇用保険料0.3%を自己負担(半分は事業主が負担)し、所得税と住民税を合わせれば、18年の平均年収440万円なら手取りはほぼ78%(344万2970円)に目減りしてしまう。住居費や光熱費、食費、教育費、通信費といった必須の支出だけで手一杯で、衣料品などは抑制せざるを得ない。法外に割高な百貨店ブランドなど到底手が出ず、手頃なブランドのセールを狙うか、日常生活で使う衣料はオフプライス品かリユース品で済ませるのが一般的になっているのではないか。

 貧富差が開いているとはいえ年収1000万円以上の給与所得者は5%しか居らず、控除の恩恵もなく累進税率も厳しいから手取りは意外に少ない(年収1500万円で69.75%、2000万円で66.15%)。油断して使い過ぎれば、税金の支払いに苦慮することになりかねない。

 高級ブランド消費にしても、19年の世界売上げは2800億ユーロとも2200億ドルとも言われるが(分野とクラスの捉え方でさまざま)、日本市場は8%前後を占めると見られる。90年代半ばには世界の24%を占めていたのが08年には12%に落ち、19年の8%前後も半分近くは外国人観光客によるものと推察される。近年でも「ルイ・ヴィトン」は9%前後、「エルメス」は12.54%などスーパーブランドの日本市場シェアはまだ10%前後あるが、外国人観光客が支える比率が高くなっている。バブル末期はもちろん、通勤電車のOLの大半が「ルイ・ヴィトン」を抱えていた今世紀初め頃に比べても、日本は本当に貧しくなったものだと痛感される。

デフレは一段と深まり消費者は選別する

 少子高齢化で社会負担がかさんで勤労者の手取り所得が減り、国民総動員政策で辛うじてまだプラス(18年で1.7%増)を保っている勤労者総数も遠からず減少に転じ、経済の停滞とデフレのスパイラルが深まるのは目に見えている。その突破口を求めて、1930年代のように戦争という究極の経済活性化政策に流れることがないよう祈るしかあるまい。

 小売業者が自らの組織コストを支えるべく単価上昇や品揃えの効率的集約を図れば、ゆとりのないマーケットは即座に財布の紐を締める。店が、企業が、誠意がない好意がないと察すれば、汗水垂らし心を砕いて稼いだわずかな浄財を投ずることを躊躇なくやめる。そんな小市民にも可能な意思表示を淡々と履行するに違いない。

 現場が顧客より取引先より組織の上部を見上げて忖度するヒラメ体質に陥れば、顧客も取引先も敏感に察知して距離を置き始める。そんな幾年かの果てに組織の活力も周囲の支持も失い、巨大な組織が腐れ崩れ落ちていく。百貨店が、量販店が、FC本部が、巨大プラットフォーマーが、そんな黄泉比良坂を下っていくカタルシスが目前で展開されていく。

 良識ある誰かが止めるに違いない、と誰もが思い過ごすうちに取り返しのつかない終幕へと事態は急転する。企業も社会も国家も、そんなデッドエンドに差し掛かっているのではないか。

 

論文バックナンバーリスト