小島健輔の最新論文

マネー現代
『「ウイグル騒動」でここから「ユニクロショック」は本当に起きてしまう…のか?』
(2021年04月20日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

板挟みで「踏み絵」

新疆ウイグル自治区の人権問題ではヘネス&マウリッツ(H&M)の新疆産綿を使用しないとした方針が中国政府の逆鱗に触れ、中国内で不買運動を仕掛けられネットからも締め出されて店舗検索もできず、新疆ウイグル自治区での強制労働に対する懸念を表明したナイキやアディダス、ZARA(インディテックス)にも嫌がらせや不買運動が波及している。

その一方、欧米では新疆産綿の使用を続けるユニクロのフランス法人やインディテックスなど4社が「人道に対する罪の隠匿の疑い」でフランスのNGOからパリ裁判所に告発されるなど(受理されるかどうかは不明)、人権問題に背を向ければ欧米の批判は免れない。

グローバル展開のアパレル企業は欧米と中国の板挟みで「人道」と「商売」のどっちを取るか、欧米市場と中国市場のどっちを取るか、踏み絵を迫られている。

そんな中、良品計画は「これまでの監査において、法令または弊社の行動規範に対する重大な違反は確認していない」、ファーストリテイリングは「全部の工場、綿花の生産を監視しており、問題があれば即座に取引停止している」などと説明しているが、それで済む情勢なのだろうか。

政治的中立…?

実際のところ新疆綿は中国産綿花の八割以上を占め、新疆地区で栽培・採集されても紡績や製品化は中国の各地で行われるため、中国産の綿糸と綿製品を全て回避しない限り欧米側の理解は得られないし、ほんの少しでも新疆綿の不使用や新疆地区縫製工場の回避を匂わしただけでも中国政府と中国人民の総攻撃を浴びてしまう。立場を曖昧にしたまま両方にいい顔をするのは難しいのが現実だ。

中国製品は20年で我が国の衣類輸入数量の61.9%、衣類輸入金額の55.8%を占めている。国内生産品は数量で2%そこそこに過ぎないしコストも高いから、ボリュームゾーンの国内供給数量に占める中国製品の比率は輸入数量に占める比率と大差ない。

近年の経済大国化で給与水準も上昇して低コスト産地とは言えなくなり、「チャイナ+ワン」と言われる南アジア圏への生産地シフトが進んでいるが、遠隔で物流に時間を要し生産ロットも一桁大きくリードタイムが長い南アジア圏に比べれば、長年の取引で品質が安定し小ロット短サイクル生産も効く中国産地のメリットは捨て難い。ユニクロなども中国生産比率を落として来たとはいえ、いまだに残っている。

加えて、中国産の綿糸を否定してしまうと南アジア生産品まで引っかかるし、中国産の合繊糸まで否定すればアジアで安く作れる産地は無くなってしまう。我が国合繊メーカーも低コスト品は中国の工場で生産しているから、「メイド・イン・チャイナ」を否定すれば何も作れなくなる。

中国市場を捨てる覚悟はある…のか?

日本のアパレルにとっては中国を回避した低コスト生産は不可能に近いが、欧米諸国にとっては東欧やロシア、中東やアフリカ、中南米での代替生産が可能で、いざとなれば中国を切り捨てる覚悟は出来ている。

それは衣料品に限らず、家電や電子部品・IT製品も同様で、戦略部品・製品についてはコストが高くなっても中国を外す覚悟も準備も出来ている。竹のカーテンに閉ざされていた70年代まで、中国は欧米の生産圏に存在しなかったのだから……。それに比べれば、我が国のアパレル事業者や電子部品・IT製品事業者は覚悟も準備も全くできていないのではないか。 

四苦八苦して中国生産を排除できるとしても、中国市場を放棄できるかというと、さらに難しいものがある。ユニクロの直近中間期(20年9月〜21年2月)売上のうちグレーターチャイナ(中国・香港・台湾)は30.6%を占めて二桁増収と成長性も高く、収益力も国内を上回る。

ライバルのH&Mやインディテックスに逆風が吹く中、集中出店してナンバーワンの座を確立せんとしているだけに、中国市場を放棄することは成長を放棄することに等しい。

良品計画の東アジア売上は20年8月期で全社の25.3%だが営業利益は国内事業の1.5倍も稼ぎ、中国市場は東アジア売上の56%を占める。売上シェアはユニクロほどではないが、収益依存度はユニクロ以上と推察される。良品計画の欧米事業はユニクロ以上に苦戦して赤字に苦しんでいるから、中国市場の放棄は成長の放棄と同義で、収益力も激減してしまう。

中国は「修羅場」と化した

両社とも中国市場の放棄は中国生産の排除より困難で、欧米との板挟みとなれば欧米市場からの撤退という選択を迫られるかも知れない。

欧米市場の売上はユニクロの直近中間期で9.96%、全社では8.4%に過ぎないし、営業利益も出ていない。良品計画の20年8月期では全社売上の3.7%に過ぎないし大幅な赤字だったから、どちらも欧米市場を切り捨てても業績にダメージはない。ならば中国市場を取って欧米市場を切り捨てるという決断となることは十分に考えられる。

算盤づくでは「人道」より「商売」を取って、欧米市場を切り捨て中国市場を取るという決断をするとしても、国際政治情勢はいずれ、その決断もご破算にしかねない。

中国・北朝鮮・ロシアなど共産党独裁陣営、米国・西欧・日本・台湾・豪州・インドなど民主資本主義陣営の政治的対立と相互不信が極まる中、民主資本主義陣営はコストが跳ね上がっても戦略部品・製品の開発とサプライの陣営内完結を覚悟しつつあり、中国を再び竹のカーテンの向こうに隔離しようとしている。

東西冷戦の終了に伴う生産圏のグローバル化に出遅れて経済大国の座から滑り落ちた日本が、ようやく中国・アジアを生産圏・市場圏に取り込んだかと思ったのも束の間、欧米とともに中国を生産圏からも市場圏からも締め出す決断ができるのだろうか。

国家レヴェルでも自ら戦略を仕掛けられず米国に追随するしかないのだから、日本のアパレル企業が中国と縁を切る決断ができるとは思えない。どちらにもいい顔を見せて曖昧に振る舞ううちに『Show the flag』と詰め寄られ、決断できないままどちらにも切り捨てられるリスクが高まっていくのではないかと懸念される。

もはや中国はアパレルに限らず日本企業にとって「希望の地」ではなく、一発触発のカントリーリスクを抱えた「修羅場」になろうとしている。中国を失って中国が世界に輸出して来たデフレも失業もなくなるとしたら、日本にとっては南アジアから豪州やインドといった環太平洋圏に新たな繁栄の構図を描くチャンスとなるかも知れない。決断の時は日に日に迫っているのだ。

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