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WWD 小島健輔リポート
『ライトオン再建の高い壁 ワールドのノウハウとリソースは通用するか』
(2024年10月15日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 ワールドは日本政策銀行と共同出資するW&Dインベストメントデザインを通じてライトオンにTOB(株式公開買い付け)を実施して子会社化するが、ライトオンにとっては長年の業績凋落で資本が消耗して行き詰まった果ての選択(破綻との二択だった)であり、ディスカウント価格のTOBスキームもタイトロープで、再建も困難を極めると思われる。

 

TOBのスキームと成立への関門

 

(1)創業家の資産管理会社である有限会社藤原興産と創業一族の保有する株式を合わせても発行済み株式の42.3%と過半に満たないが、藤原興産が有するライトオンに対する貸付金9億円のうち2億4999万9990円を放棄した残額6億5000万10円を一株当たり110円で藤原興産に第三者割当増資して貸付金を解消し、その上で創業家が所有する全株式を取得すれば発行済み株式の51.93%になる。

 

(2)2024年11月29日に開催する定時株主総会にて上記第三者割当増資議案を決議し、藤原興産が本第三者割当増資の払込みを完了(貸付金と相殺)した上で、速やかにTOBを開始する。

 

(3)買付価格が110円と10月7日の東証終値311円を大きく下回るディスカウント価格のため創業家以外の一般株主の応募は見込めない(必要としない)ことから、TOBの買付株数の下限を18,427,676株(51.93%)、上限を18,796.230株(52.96%)とし、応募総数が上限を超える場合は按分比例方式で買い付ける。買付総額は上限で20億6758万5300円になる。

 

(4)TOBが成立すればワールドの子会社であるワールドインベストメントネットワークと日本政策銀行が折半で買付資金を提供し、W&Dインベストメントデザインがライトオンを子会社化するが、東証スタンダードの上場維持基準(株主数400人以上、流通株式2000単位以上、流通株式比率25%以上、流通株式時価総額10億円以上)は割り込まないからライトオンの上場は維持される。

 

 周到に練られたTOBスキームだが、一見すれば成立には2つの関門が予想される。1つはTOB 開示前日(10月7日)の東証終値の3分の1強という異例に低いディスカウント価格だ。TOBでは3〜5割のプレミアムがつけられるのが一般的だから(24年の上場企業の成立したTOBの平均プレミアムは46%、最高は188.7%)、マイナス64.6%というディスカウント価格では一般株主の応募は期待できない。本件の場合は「期待できない」ではなく「期待させない」で、応募が多すぎて比例配分になれば創業家の株式全部を買い取れなくなるため、一般株主の応募を抑制するディスカウント価格という性格が推察される。

 10月11日の取引終了後に発表されたGFホールディングスによる出資するファンドを通じてのマックハウスに対するTOBも、11日の終値334円に対して買付価格は34円と90.4%のディスカウントで、買付株式の下限も親会社のチヨダが保有する9,389,880株(発行済み株式の60.73%)、上限も10,050,000株(同65.00%)と、一般株主の応募を想定しないスキームが共通している。

業績凋落の果てに6期連続の純損失に陥り、破綻の危機が迫った24年8月期は仕入れにも支障をきたして業績が底割れし、純損失が121億4200万円にも膨れ上がって純資産が3億1500万円(一株当たり8.49円)、自己資本比率が1.6%と超過債務寸前まで落ち込み、他に支援の引き受け手も現れず法的破綻か身売りかの二者択一に追い込まれていたから、110円というディスカウント価格もやむを得なかった。期末の一株あたり純資産から見れば110円はPBR13倍近く、専門機関によるデューデリジェンスでも株式価値は94〜125円と算定されていたから、その中央値に落ち着いたのは合理性がある。

  マックハウスのTOBでは25年2月期中間期末(24年8月31日)で純資産が一株当たり137.44円でも買付価格が34円となったことを思えば、ライトオンの同時点(24年8月期末)の一株当たり純資産が8.49円でも110円の買付価格となったことは幸甚と受け取るべきだろう。

 

大多数の株主は400円以上で購入したであろうから(24年の高値は458円、16年3月1日には1971円の高値を付けていた)、110円での応募は捨て値の損切りになり、TOBに応募する株主は極めて限られよう。TOBが成立してワールドの子会社(正確には孫会社)になっても上場は維持されるから、ワールドのテコ入れによる業績改善に期待して持ち続けるという選択にならざるを得ない。こういうTOBに付け込んで買い占めに走るファンドもあるが、もはやライトオンには吸い上げる資産もなく、買取上限株数との差も368,554株(1.1%)しかないから旨みはないと思われる。

もう1つの関門は予断を許さない。藤原興産に対する第三者割当増資は支配株主の移動を伴うから株主総会での特別決議が必要で、出席議決権の3分の2以上の賛成を要する。第三者割当前では創業家の持分は42.3%と過半に満たないから特別決議に足らないように見えるが、議決権株数の「出席」率が63.45%に満たなければ42.3%でも3分の2以上の議決権を確保できる。創業家がTOBに賛同しての出来レースであれば、このシナリオでシャンシャンと成り立つが、大口の外部投資家などTOBに異論を唱える勢力が出席して「出席」率が63.45%を超えれば情勢が一変するリスクがある。

破綻寸前まで資本が消耗しブランド価値も地に落ちたライトオンに投資家が手を出すメリットは見出せないから、どちらの関門も実際には支障とはならずTOBは成立すると思われるが、再建は困難を極めるのではないか。

 

ワールドの再建計画は期待できるか

 

 ワールドが開示している再建計画は、損益分岐点を引き下げるリストラと収益構造を構築する再生の両面2段階で極めて真っ当なものだが、そこには2つのリスクが潜んでいる。

 リストラ段階では、(1)不採算店舗の大規模な退店による損益分岐点の引き下げ

(2)本部組織のスリム化と店舗の運営効率化・人員最適化による人件費削減(3)本部拠点の集約による賃借料削減とワールドグループへの業務委託や機能移管による一般管理費の圧縮――を進める。

 

再生段階では、(4)ワールドグループの「購買コンサルティング」「店舗開発・販売代行」活用によるコスト削減(5)ワールドグループのリソース活用によるPB企画力の向上と仕入れ原価率の低減(6)ワールドグループのMD設計と在庫コントロールのノウハウによる在庫効率と粗利益率の向上――を挙げる。

 

25年8月期のフェーズ1ではコスト構造改革と組織安定化、26年8月期のフェーズ2では再成長への挑戦と事業安定化、27年8月期のフェーズ3では持続的な事業基盤の構築と付加価値創造をうたっている。

 

この施策も手順も手堅いものだが、売り上げを再構築する「マーケティング戦略」と「MD戦略」「サプライチェーン政策」については一言も触れていない。投資ファンドから送り込まれる再建チームのスキームよりは格段に真っ当だが、核心を外していると言っては厳しすぎるだろうか。

 ちなみにGFグループによるマックハウス再建計画では、

  • GFグループの中国を中心にアジアに配置する53の物流拠点を活用して商品調達コストを削減する。
  • GFグループが国内に配置する43の物流拠点を活用して物流効率を向上しコストを削減する。
  • GFグループの顧客情報管理ノウハウとペルソナマーケティングを活用してMDを再構築する。
  • GFグループのアパレルECフルフィル体制を活用して、現在は全売上の5%にとどまるECを拡大して収益化する。

と極めて具体的だ。

 

「MD戦略」「サプライチェーン政策」についてはワールドグループが確立したリソースの活用を想定しているのだろうが、ジーニングや手頃価格のカジュアルについてワールドグループは競争優位なノウハウもリソースも持ち合わせておらず、成果が出るまで試行錯誤することになるだろう。少子高齢化による老若男女総労働力化と温暖化にアスレジャー革命と素材革新が加わって衣服の機能化・イージーケア化が進行し、カジュアルのウエアリングとシーズンMD展開も急変しているが、ワールドの大半のブランドは往時のライフスタイルとウエアリングを出ていないように見える。

ライトオンはリーマンショック以前の旧態なジーニングやワークスタイルに固執してアスレジャー以降の軽量化・機能化・イージーケア・イージーフィットの奔流に取り残され、顧客が離反して歯止めなく業績を悪化させていった。再生には客数と売り上げの回復が必定だが、ワールド自体がこの奔流に乗り遅れており、リソースも旧態化しているとすれば、短期での成果は期待できないのではないか。

少子高齢化が加速して社会負担が重くのしかかり、老若男女総労働力化しても生産性も経済も停滞し、衣料消費も伸び悩んで毎年3割前後が売れ残って持ち越されたり廃棄される我が国でカジュアルチェーンが売り上げを伸ばすには、「顧客カバー率」を拡大するマーケティングとMD戦略が必定だ。ユニクロは在庫効率を犠牲にしても大量計画生産でお値打ちを高め、サイズ展開で圧倒的カバー率を実現して「ライフウエア」の寡占ブランドとなったが、ライトオンは軽量化・機能化・イージーケア・イージーフィットという奔流に乗る新世代のカジュアルコンセプトを見出せず、ウェアリングでもMD展開でも顧客カバー率が低下して売上を落としていった。その呪縛を断ち切って顧客を広げ売上を拡大するマーケティング戦略とMD戦略がワールドにあるのだろうか。

 

再生にはカジュアルチェーンに通じた経営陣投入が必須

 

 再成長に転ずるマーケティング戦略とMD戦略がワールドになくても、ライトオンの組織が生きていれば、旧弊を打破できなかった創業家の経営陣が去った後、組織が覚醒して軽量化・機能化・イージーケア・イージーフィットという奔流に乗るマーケティングとMDにチャレンジするかもしれないが、それも難しいと思われる。

 軽量化・機能化・イージーケア・イージーフィットという奔流は13年頃から芽生え、コロナパンデミックを経て拡大して23年、24年と続いた温暖化で爆発したが、この間もライトオンのウエアリングもMD展開もほとんど革新されずサプライチェーンも変わらなかったから、創業家経営陣だけの責任ではない。窮状を打破できない経営陣の下で希望を失って組織も活力を失い、現状維持に汲々とする守り体質に固まっていったのだろう。コロナ前19年8月期から24年8月期の5期間で売上高は52.5%、従業員数(パートは8時間換算)は62.4%に減り、一人当たり人件費(給与はこの85%前後)は344.0万円から313.8万円に落ちたから、士気が崩れるという次元を通り越して生計が崩壊する次元だったと思われる。転職できる人材はあらかた去って、組織は機能不全に陥っていたのではないか。

 ライトオンの組織がそんな状態である以上、ライトオンの残留人材とワールドからの出向者だけでは再生は難しい。郊外の生活圏ロードサイドやショッピングモールに展開するカジュアルチェーンでキャリアを積んで店舗運営にも商品開発にも精通した経営者や執行役員を投入しないと、再生どころか泥沼に沈みかねない。

 ワールドにとって高い買い物になるか安い買い物になるか、自らのリソースを見極めるか否かで決まるのではないか。ライトオンの再建に苦労してワールド自身の覚醒の契機となるなら、それも良しとするべきだろう。

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