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商業界オンライン 小島健輔からの直言
『バーバリー焼却処分騒動とアーカイブビジネス』 (2018年09月14日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 英バーバリー社が昨年度だけでも2860万ポンド(42億円)に上る売れ残り在庫を焼却処分したことが環境保護派などから非難を浴び、廃棄処分の即時中止に追い込まれたが、売れ残り在庫に押しつぶされそうな大多数のファッションブランドにとっては雲の上の騒動に思えるに違いない。焼却処分は税金対策にも使われるぐらい、売れ残り在庫の処分方法としては最もぜいたくな選択だからだ。

焼却処分は最善の選択

 売れ残り在庫はアウトレットやフラッシュセールサイトで処分するか在庫転売業者(バッタ屋さん)に流して少しでも換金したいものだが、いずれも安値で消費者に流れてイメージを損なうリスクがある。バッタ屋さんに流す場合はタグを切り取ったり(洗濯タグは残す)、海外輸出を約束させるなどしているが、海外の仕分け基地から還流するのは止められない。再流通を阻止するには焼却処分が確実だが、全損処理になるから利益にゆとりがないと踏み切れない。

 バーバリー社はコスト構造改善のリストラ中でラグジュアリーブランドとしてはボロ儲けという状況ではないが、18年3月期は27億3300万ポンド(4045億円、前比−1.2%)を売り上げて4億1030万ポンド(607億円、前比+4.0%)、売上対比15.0%の営業利益を稼いでいる。2860万ポンドは期末在庫の7%弱に相当し、うち1000万ポンドはコティ社とのライセンス終了に伴う香水・化粧品の在庫だとされる。

 価格帯は大きく異なるがH&Mも昨年、デンマークで毎年12トンほど売れ残り衣類を焼却処分していることがテレビ報道されて『サスティナブルじゃない』と非難されたが、年々不振在庫が積み上がるH&Mは処分を急がざるを得ないのだろう。誰にも迷惑をかけるわけではないのに、そんなことまで非難する風潮は不寛容に過ぎるのではないか。

 H&Mの売れ残り在庫は多くの低価格SPA同様、引き取り業者では繊維原料以上の値がつかないから焼却処分という選択になるが、バーバリーの売れ残り在庫は相応の再流通価値があるからこそ焼却処分せざるを得ない。同じ焼却処分でも理由は正反対なのだ。

 高級ブランドの売れ残り品処分は転売を防ぐためと税金対策のために焼却処分が一般的だったが、近年はアウトレットやフラッシュセールサイトで公然と売られることが多くなった。そんな中であえて焼却処分するバーバリー社は正価で買ってくれた顧客への義理を通す誠実さが賞賛されてもよかったのではないか。

アーカイブビジネスという選択

 高級ブランドの焼却処分が『サスティナブルじゃない』と非難されるなら、もう1つの選択がある。それがアーカイブビジネスだ。「アーカイブビジネス」とは商品を長期に保管し、長い時を経てヴィンテージ価値を訴求するもので、ワインやコニャック、ウイスキーなどスピリッツ業界では一般的な事業スタイルだ。

 衣料・服飾でもコレクション型※の高級ブランドは年に2回も在庫が回転せず、処分しないと膨大な在庫が積み上がるが、値引きして売ったり処分ルートに流してイメージを損なうことなくアーカイブを積み上げ、長い時を経てタイムカプセルを開けるようにヴィンテージ価値を売るという商法も可能だ。ワインではピノ種で数年~10年、カベルネ種では10〜20年の熟成が求められるが(樹齢やテロワールなどで異なる)、衣料品にヴィンテージ価値が認められるにはもっと時間を要する。

 現在、中古衣料業界でヴィンテージ価値が評価されるのは90年代中心に00年代初期までで、新品販売時からは15〜25年を要している。ただ古いだけで価値が評価されるはずはなく、格付けが高いブランドに限られるのはワインも衣料品も同様だ。70年代以前のヴィンテージは美術館級のコレクションアイテムで、ブランドによっては新品当時以上の値がつく。

※AWとSSのコレクションを発表して受注生産するビジネスモデル。近年はプレフォールやクルーズが加わって2+2のコレクションになったが、在庫回転に変化は見られない。

経営効率というハードルを超えて

 アーカイブビジネスは長く熟成させるほど価値が高まるというアイロニーの成立が必要で、それには時間に風化しない確かなプロダクトが限定生産され厳密に在庫が管理されるという条件が付く。「バーバリー」のようなコレクション型の高級ブランドなら4000億円という事業スケールでも商品によっては成り立つが、2つの超えるべきハードルがある。1つは厳密な在庫管理、1つは経営効率概念の切り替えだ。

 商品から分離できないタグにヴィンテージ(19AWなど)と品番、製造番号を付記し、売れ残り在庫も厳密に管理しなければならない。何十年も在庫を寝かせるスピリッツ業界のような悠久な事業感覚も不可欠で、短期の業績を急いては成り立たない。LVMHやシャネルなど欧州のラグジュアリービジネスはスピリッツ事業やワイナリー投資にも積極的だから、アーカイブビジネスにも理解が深いと推察されるが、株主へのリターンに神経質な米国式の経営に流れるバーバリー社には無理かもしれない。

 現実的な選択としてはコムデギャルソンの「CDG」のようなアーカイブから発想したリメイク品を企画・販売するブランド事業が考えられるが、売れ残り在庫問題の解決にはならない。ホントの“本物”は年月に風化しないはずで、この機会に高級ブランドビジネスの在り方を問い直してもよいのではないか。

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