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『コロナ直撃、アパレル業界の「大量在庫」が行きつく意外すぎる場所』
(2020年05月13日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

緊急事態宣言の延長で休業が長引くアパレル業界でいま、資金繰りに窮する企業が続出して在庫の換金処分を急ぐ中、ブランドが生活圏の「格落ち商業施設」に販路を求めるという“都落ち”が広がっている。

“下剋上”の在庫処分劇

緊急事態宣言下で百貨店や駅ビルなど繁華街の商業施設はもちろん、郊外でも大規模モールの多くが休業を継続する中、販路がECや地方店に限られる百貨店ブランドや駅ビルブランドなどは刻々と賞味期限が迫る季節在庫(春物/初夏物)を換金できず、資金繰りに窮している。

もとよりEC販売比率が高かったブランドはECを伸ばして店舗売上の激減を多少なりともカバーできているが、そうでなかったブランドはEC売上を多少伸ばしても焼け石に水で、店舗売上の落ち込みに直撃されている。ZOZOなど人気のファッションECモールには出品希望が殺到して物流倉庫が満杯だから、後発のブランドが出品を広げる余地も限られる。

出品希望が殺到していると言っても、ECが大きく伸びているわけではない。

お籠り生活が続きリモートワークを強いられる中では傍目を気にするお洒落は不要だから、サイズやフィットが分かりやすい手頃なカジュアルや部屋着が伸びているだけで、値の張るビジネスウエアや外出着は大幅に値引きしても動きは鈍い。ECが救世主と言っても店舗売上の激減をカバーするには遠く、米国ではEC販売比率が36%に達するニーマン・マーカスも、50%に達するJ.クルーもあえなく破綻している。

一部商業施設で売上にかかわらず徴収される最低保証家賃は減免してもらえても、仕入れ代金の支払いや従業員の休業補償(助成金があるが申請から支給まで2〜3ヶ月かかる)など出費は止められず、資金繰りを回すには虎の子の商品を叩き売るしかないのが現実だ。

叩き売ると言っても、ECで期末の最終バーゲン並みに大幅値引きしても原価を割ることはないが、二次流通業者(バッタ屋さん)に放出してはオンシーズン品でも調達原価の半分ほどにしかならない。

これまでイメージの毀損を恐れて二次流通に放出しなかった著名ブランドまで背に腹は変えられず大量に放出しているから、中小零細業者が大半の二次流通業界の買い取り資金も逼迫しており、名の通らないブランドや不人気ブランドは買い叩かれてしまう。

ならば自ら直販して換金に努めるのは必然の選択だが、これまで販路としてきた百貨店や駅ビル、大規模モールはことごとく休業しているから、営業している地方や郊外の“格下”商業施設に活路を求めざるを得ない。そこにブランドと販路の力関係が逆転するという“下剋上”が生じることになる。

「LCC型の生活圏商業施設」は活況

緊急事態宣言下でほとんどの商業施設が休業しているという印象があるが、それは大都市圏の都心部や郊外ターミナルであって、地方や郊外の生活圏では少なからぬ商業施設が営業している。

スーパーマーケット核の近隣型ショッピングセンター、ホームセンター核やディスカウントストア核のパワーセンターなどがそうで、ローカルでは日常消費の主流を担っている。そういう身近な商業施設に共通しているのが、以下の2点だ。

1)“三密”も避けられる軽装備なオープンモール建築

大規模モールのような空調の効いたビル型建築でなく、平屋か二階建ての庇があるだけのオープンモール、あるいは駐車場を囲んで店舗が並ぶストリップモールだから、開放感があって“三密”も避けられる。規模も限られるから車出入りで渋滞することが少なく、店舗前の駐車場に直接乗り付けられる施設(それをストリップモールと言う)も多い。多くは倉庫のような手軽な鉄骨造りで、鉄骨鉄筋コンクリート造りの大規模モールに比べれば建築費も工期も半分以下に抑えられる。

2)管理コストも家賃も安いLCC型

セキュリティや金銭出納から従業員食堂までフルサービスの大規模モールに比べると運営管理サービスが限定されるから管理費や共益費が安く(管理費や共益費がないケースもある)、営業時間や店休日を揃えなくても良いなど営業の自由度も高い。

地代も建築費も格安だから家賃も安く、退店時のペナルティも軽い。百貨店や駅ビルがなんだかんだと月坪10万円前後かそれ以上、郊外の大規模モールでも月坪3〜4万円取られるのに対し、月坪数千円から高くても一万円強で済む施設が多い。商業施設のLCC(格安航空会社)と言えば分かりやすいだろうか。

何もかもが格安な分、来店客数も販売効率も都心の商業施設や郊外の大規模モールに比べれば相応に劣るが、生活必需品中心の構成だから緊急事態宣言下でも客足も売上も落ちることはなく、むしろ伸びている施設が多い。『スーパーマーケットやホームセンターで衣料品が売れている』という報道は、そんな現状を伝えているのだ。

“都落ち”も“下剋上”も厭えない

これまで、そんな格落ち商業施設には目もくれなかったファッションブランドも背に腹は変えられず、緊急事態宣言下でも営業している生活圏のLCC商業施設やそこに展開する量販的な衣料チェーンに在庫処分の販路を求めてアプローチしている。

通常ならあり得ない“都落ち”だが、この状況下では尻込みしてはいられない。

生活圏立地で売れる衣料品は日常的なカジュアル中心で価格も「ユニクロ」の半値が目安だから、もとより手頃なSCブランドはともかく、百貨店ブランドや駅ビルブランドは価格がかけ離れて処分販路にならないと思われるかもしれない。

しかし、日に日に腐っていく季節在庫を抱え資金繰りに窮するブランドにとっては調達原価を回収できれば御の字で、7割引、8割引でも二次処分業者に叩き売るよりはマシなのだ。お手頃なSCブランドや駅ビルブランドなら5割引で折り合うのではないか。

実際、二次処分業者が買い取った放出在庫も、生活立地の量販衣料店やホームセンターの催事で売られることが多い。

ならば、大半の店舗が休業して店舗スタッフが浮いている今なら、自らLCC商業施設の空き区画で催事販売したり、量販衣料チェーンに売り込むブランドがあっても不思議はない。

むしろ、なぜやらないのかとさえ思われる。

実際に動いているブランドやアパレルチェーンもあるが、業界が抱えている在庫を処分できるほど広がってはいないし、生活圏商業施設の空き区画を埋めるにも程遠い。

著名ブランドの創業期には社長がリアカーを引いた移動販売で在庫を処分したという“伝説”もあるのだから、都落ちも厭えない窮状下、遊休スタッフを総動員して処分を急ぐのが商人の心意気ではないか。

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