小島健輔の最新論文

商業界2001年6月号掲載
『イトーヨーカ堂“減収減益”は止まらない』
(株)小島ファッションマーケティング代表取締役 小島健輔

落ち止まらない業績

 イトーヨーカ堂の業績悪化に歯止めがかからない。先頃発表された2001年2月期の単体決算見通しでは、売上高が2%減の1兆4800億円と2期連続の減収。前年割れ店舗は8割に達し、平均6%減と94年2月期以降、8期連続して既存店前年割れを続けている。年間坪売上も93年2月期の356.7万円をピークに2000年2月期は246.5万円まで低下。既存店売上から推測すれば2001年2月期は236.6万円と、ピークから33%強も落ち込んでしまった。
 売上減少以上に深刻なのが収益の悪化だ。営業利益は34.5%減の200億円と一段と落ち込み、二期ぶりの増益に転じたジャスコ(230億円予定)を下回る事が確実。85年2月期以降16年間守ってきたGMS業界営業利益トップの座からも転落する事になる。
 とはいえ、セブンイレブンからの配当金約120億円を含めた営業外収支は約220億円のプラスで、経常利益は420億円とジャスコの252億円の1.7倍近い。不動産収入とテナントゾーンの不動産コストを差し引いた実質営業利益も約242億円と、テナントビジネスで100億円近い利益を稼いでいると見られるジャスコの122億円の倍近い。イトーヨーカ堂の収益ポジションは本業の小売りでは依然としてGMS随一という事は間違いないが、実質営業利益が96年2月期の約700億円から5年でほぼ3分の1にまで減少してしまったのは異常事態と言うしかない。
 業績悪化の最たる要因が衣料部門にある事は間違いない。2000年8月中間期の既存店売上は食品部門の6%減、住居余暇部門の7%減に対して衣料部門は13%減と、2000年2月期(12%減)に続いて2ケタのマイナス。主力三部門中の衣料品売上シェアも96年2月期の35.3%から2000年2月期は33.3%まで低下し、2001年2月期は31%台半ばまで落ち込んだと推計される。
   弛まざる業革を繰り返して最強のチェーンストアと称されてきたイトーヨーカ堂だが、二期連続しての減収減益、実質営業利益が5年で3分の1に急落という事態をもたらした要因は何処にあるのだろうか。 

どんどん魅力を失っていくイトーヨーカ堂の売場

 販売効率悪化は同社に限った事ではなく、単価デフレ下の食い合いで大半のチェーンストアが同様な状況に陥っているし、日本型GMSというフォーマット自体が競争力を失いつつある事も否めない。が、イトーヨーカ堂の販売効率悪化は自らの商品政策が招いた顧客離れという面が極めて大きい。効率優先の絞り込みMDが品揃えの魅力を損ない、顧客の離反を招いているからだ。
 同社は昨春より品目数の絞り込みを本格化させており、例えば昨春改装した船橋店の衣料部門では品目数を改装前の6掛けの8500に削減し、代わりに色数を最大2倍に増やしてサイズも拡充。今春夏ではさらに絞り込み、大型店でも衣料部門のSKU数を前年同期の約半分の3万前後まで削減する計画だ。一連の絞り込みによってQRも強化され、自主企画商品では計画販売数量の約3割を初期投入し、店頭動向に応じて追加生産する体制を構築しつつある。
 卓上論では如何にも効率的な調達政策を追求しているかに見えるイトーヨーカ堂だが、顧客のみならず、同社の取引先からも『イトーヨーカ堂の売り場がつまらなくなった』という声が漏れ伝わってくる。顧客を無視した過剰な絞り込みMD、現場の声を無視してそれを強要するトップダウンによる志気の低下がその要因である。
 売れ筋の見極めが適確かどうかという以前に、効率を最優先して売れ筋に絞り込めば品揃えのバラエテイとウェアリングのコントラストが限定され、顧客を切り棄てる結果となる。売れ筋を魅き立てる周辺商品をカットすれば売れ筋そのものの動きも鈍くなるし、周辺商品から次なる売れ筋を発掘することも出来なくなる。
 フルサイズの量販店衣料部門の品揃えが三百坪ほどに過ぎない「しまむら」の半分にも満たないというのは、あまりに異常な姿ではないのか。専門店ならともかく、大型のゼネラルマーチャンダイザーとしては自殺的な顧客ニーズの切り捨て行為と言うしかない。
 効率化を狙って絞り込みMDを追求すれば、おのずと「ユニクロ」を始めとするベーシック商品系SPAや他のGMSの戦略企画と狙いが重なってしまい、価格競争は避けられない。問屋依存から脱却し切れず、ジャスコや西友に対しても商品開発力で遅れをとったと言われるイトーヨーカ堂が、縫製段階のオリジナル開発から踏み込んでテキスタイル、紡績まで遡ったSCM体制を構築しつつある有力SPA対して、一朝一夕に品質VS価格の競争力を確立できるとは考え難い。
 デザインスタジオを立ち上げてオリジナルMD開発体制を強化しているとは言え、メーカー並みにターゲット別のパターンや生産仕様を確立するには何年もかかるし、素材開発まで踏み込まない限り抜本的な競争力は得られない。おそらくはデザインスタジオの成果が出るまで相当の年月がかかり、その間もジリジリと既存店売上は低下していくだろう。
 イトーヨーカ堂は自社都合の効率を優先して大切な顧客を切り棄て、しかも強い相手の土俵に乗った売れ筋勝負という不利な闘いに踏み込んでしまった。行けば行くほど泥沼にはまり込むベトナム戦争状態に陥っている。現在のMD政策を踏襲する限り、売上回復は永遠にあり得ない。 

絞り込みに逆行する出店とSC戦略の欠如

 同社は絞り込みMDを推進する一方で出店立地を徐々に郊外にシフトしているが、これが販売効率の低下を招いている。ルーラルからメトロポリス郊外に立地をシフトしつつあるジャスコの新店平均5キロ圏人口が97年2月期の8万6千人強から2001年2月期は17万人強と倍増しているのに対して、イトーヨーカ堂のそれは97年2月期の47万人強から2001年2月期は30万人と急速に減少している。商圏密度が薄まる(客数が限定される)中、MDを絞り込めば売上減少は必然だ。
 「ユニクロ」は商圏人口10万人未満のロードサイドから商圏密度が10倍以上の都心に進出してMDの絞り込みを成功させたが、イトーヨーカ堂はまったく逆の道を歩んでいる。商圏密度が薄い立地へ移動するなら、逆に品揃えのバラエテイを拡充して品目数を増やすべきなのだ。  郊外シフトを進めるイトーヨーカ堂にとって、SC戦略の欠如は致命的だ。同社はテナントを直営売場の補完業種に限定して自店と競合する様なテナントは極力避けて来たし、モール形態をとらずに旧態なコンセ型レイアウトの中にテナントを押し込めて来た。
 大型SC戦略を押し進めるジャスコの単体の総売場面積に占めるテナント売場面積シェアは推定31.6%(2001年2月期)に達するが、イトーヨーカ堂のそれは推定13.7%とジャスコの半分にも満たない。単体に含まれないモール部分の専門店まで加えればジャスコSCにおけるテナント面積はさらに大きいから、イトーヨーカ堂のテナント面積シェアはジャスコの3分の1にも満たない貧弱さが指摘される。
 イトーヨーカ堂は直営売場と集客力のあるテナントで顧客を魅き付けるというSCならば当然のMDミックス戦略を欠いているし、休日のファミリー客に応えるエンターテイメント施設や飲食スペースも不足している。施設総体の魅力ではイトーヨーカ堂はイオン系SCに明らかに劣っており、商圏拡張力も弱い。これは郊外戦略を進めていく上で致命的であり、食品、住余に較べて必要商圏の大きい衣料部門低迷の要因となっている。 

現場の声を聞かぬトップダウン

 かつてはバイヤー、ディストリビューター、スーパーバイザーによる調達・配分・販売の三権分立を謳ったイトーヨーカ堂だが、トップダウンの絞り込み圧力が高まる中で調達サイド主導のプロダクト・アウト体質が強まっている。店サイドの要望が反映されにくくなり、かつての栄光をもたらした品揃えのきめ細かい店舗対応も、状況に即応した売場の再編集運用も、見る影もないほど失われてしまった。
 本部が店を支援したかつてのイトーヨーカ堂とは似ても似つかぬ、本部が店に政策を押し付ける体質に変わってしまい、地域に密着した個店の魅力が削がれている。専門店ならともかく、総合小売業がここまで本部主導になれば顧客の離反は避けられない。政策のトップダウンが最優先され、店舗を支援する手段であるはずの商品政策が有無を言わさぬ目標にすり替わっているのだ。
 チェーンストアと言えども個店対応は不可欠で、商圏特性や競合環境に応じて最適の品種品目構成があるはずだが、品目数を減らす事に汲々としていては適正な品揃えは困難だ。このような現実を無視し、販売低迷を現場の努力不足として責任を追及しても、何の解決にも繋がらない。が、現実には数字が上がらないのは絞り込み政策を現場が徹底しないからだと、厳しい責任追求がくり返されている。
 多くの問題をはらむ効率優先の絞り込み政策が現場から検証されないまま、現場の責任だけが追求され続ける現在のイトーヨーカ堂では、店舗はもちろん本部の幹部までもが意欲を失っている。トップダウンの執拗な政策強要が組織を官僚化させ、現場の活力を削いでいるのだ。
 かつてのイトーヨーカ堂は“現場第一主義”が強みであったが、今一度その原点に立ち返って自由闊達な意見が飛び交う風通しのよい組織に戻らなければ、業績回復は困難なのではないか。 

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